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『折原臨也』の本業を知ったのは、彼が高校を卒業したその日だった。
卒業証書が入った筒を持ったまま、組の事務所に現れた彼は、世間話でもするかのように、ごく自然に口を開いた。
「四木さん、俺ね、『正義の味方』って奴なんですよ」
「ほぉ?全くそうは見えねぇがな」
最初は、ただの冗談だと思っていたのだ。子供らしい、否、今日卒業式を迎え、『学生』という肩書を脱ぐ、最後の子供らしさを脱ぐ、そんな冗談だと。
しかし、次の瞬間突きつけられたのは、裏の人間ならば誰もが聞いた事のある、名前。
「警察庁、特別犯罪捜査室」
「な……」
「親が、そちら関係の仕事をしてまして、中学の頃からアルバイトしてるんです」
この度、正規採用となりました。
そう、にっこりと笑ったその子供が、四木には不気味に見えた。初めて会った時よりも、ずっと。
しかし、何とか虚勢を保つ。
「そ、それはおめでとう。それで?もう情報屋は止めるのか」
「いいえ、続けます。『情報屋であること』が、俺の当面の捜査室での仕事なので」
「何…?」
臨也が語ったのは、池袋や新宿近辺で横行している麻薬や銃の密輸と取引、そして、臓器の不法売買などを手広くやっている、ブローカーのことだった。
確かに、四木も聞いたことはある。海外とのパイプもあり、警察も何の手がかりもつかめていない、性別さえ不明の人物。
それが、臨也が探し求める人間でもあった。
「俺は、その人物をあぶり出す為に、この池袋を起点として情報屋を、裏社会の人間として過ごします。それと同時に、裏の世界に大きな波を作って奴の尻尾を掴むために、多くの事件や騒動を東京に巻き起こす。…実は、今回はその事を先にお詫びしようと思って」
事も無げに、子供は笑う。
たった17歳の子供が、もしかするとその裏社会に通じたことで殺されるかもしれないというのに、何も知らない警察から逮捕されるかもしれないというのに、何故にこんなに笑っていられるのか。
事の重大さを分かっていないとは、四木は思わなかった。数年間、情報屋のこの子供に対応してきたのは自分だ。頭の回転の速さなどとうに知っている。
「…ヘマして殺されるかもしれねぇぞ?」
「たとえそうだとしても後悔はありません」
即答で返された答えは、俯いて言葉を吐いた四木を上向かせるには充分だった。
その先にあったのは、子供らしからぬ、慈愛でもたたえたような朗らかな微笑み。そして、哀しみ。
「……いたいと思う居場所があるんです。いたいと思う人たちがいるんです。彼らと共に仕事ができる、自分が何より好きになれた。だから…俺は後悔してません」
まるで懐古するかのようなその表情に、どこか、四木は違いを感じさせられた。
どんな違いかなど分からない。しかし、自分の組などに興味やあこがれ、または流されて入ってくるような若い連中とは全く違う、覚悟など通り越した思い。
「………そう、か」
「粟楠会も含め、情報屋の仕事中の情報は、本業のターゲット関連を除いてすべて警察には伝えない事を、上からも了承していただいてます。それで……あの…」
随分太っ腹な上司だ。
そう考えつつ、四木はソファから身体を起こし、テーブルを挟んで相対していた臨也の頭を、軽く叩いた。
「そう言うことなら、よろしく頼むぜ、情報屋」
そう言うと、臨也はパッと顔を明るくして、はい!と元気よく頷いた。
**********
そんな臨也が、情報屋も止める時も、唐突と言えば唐突だった。
たった一言、
『本業に、戻ることになりました』
それだけだ。
それに対して少しは驚いたものだが、情報の保護は保証してくれたし、今でもよく電話で話す。
最近臨也から聞くのは、情報屋時代に助手にした女性や、今共に住んでいる大学生となった子供達のことだ。流石に、仕事の事は話さない。が、たまに、こちらが欲しいと思っている情報の切れ端を、世間話のようにくれる。律儀な男だと思いつつ、撃たれた頃は周囲の過保護ぶりに対する愚痴だったのが、家族への自慢話になっていることに安堵を感じていた。
よって、今回の事に、自分を含めて粟楠会は一切関わってはいない。
「四木さん、あの、お電話が…」
「あぁ……情報屋か?」
「あ、はい…随分久しぶりにですが…」
一時は死んだかと思われていた折原臨也の本業を今池袋で知るのは、自分と、粟楠会の会長だけ。
それ故か、今現在の折原臨也の怒り心頭ぶりを知るのも、自分と会長のみ……。その事実に、四木はため息をつきたくなった。が、それを堪えて電話を耳に当てる。
「四木だが」
『こんにちは、ご無沙汰してます、折原です』
その冷たさを多分に含んだ声に、今回の事にうちは全く関係ないと伝えると、それが本当かはこれから確かめる。と告げられた。
『例え下っ端であろうが、そちらが手を貸したと分かれば、貴方方が切ろうが切るまいが、隠そうがその人物は捕まえます』
「そりゃ、承知の上だ…。警察庁のお偉いさんを誘拐なんざ、な」
『分かっているなら結構です。……あぁ、もうすぐ池袋なので、失礼しますよ。同僚が待っているので』
「…………来るのか、池袋に」
正確には来た。だが、そう言わずにはいられない。池袋の住人は、少なからず驚くだろう。
あの折原臨也が、警察官僚として、この池袋に来るのだから。
『えぇ…。あぁ、そうだ。今の所属も言っておかないといけませんね。
――――――――――警察庁、今は刑事局捜査第一課に所属してます、折原臨也です』
その言葉に、今はいる世界が違うなと四木は嘆息しながらも、この事件が早く終わる為なら協力するしかないと、痛く感じた。
あとがき↓
その内、ちょっと話の都合で臨也達の職場を警視庁に移動するかも…。