新宿を根城にする情報屋、折原臨也は、とてつもなく暇だった。
仕事は上客からの物もそう難しいものはないし、書類の整理などは優秀な助手のおかげもあってする必要はない。
さっきまで暇だ暇だと部屋の掃除をしていたがそれも終わって、依頼が来ていないかとパソコンなどを見ても、そう急ぐ必要のないものばかり。
いつもならここで池袋に天敵をからかって遊ぼうかな。などと思うのだが、何故か自然とそういう思考には至らなかった。
「む~…暇だな……」
眉間にしわを寄せつつ、臨也は財布を手に、いつも着ているのとは違うジャケットを羽織る。
「波江~。俺ちょっと出かけてくる~」
「分かったわ」
この時、彼女は予想もしなかっただろう。この後、雇い主が何をするのか。
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――――――――――ところ変わって、池袋。
渡草は車内で寝ていて、他二人は買い物。
そんな中、ワゴンに寄りかかりながら缶コーヒーを飲んでいた門田は、ふと震える携帯に目を向けた。
着信は…【折原 臨也】。
珍しいこともあるものだとその電話に出ると、そこから聞こえてきたのは心底困ったような声だった。
『ドタチン…久しぶり。今いい?』
「おぅ、大丈夫だ。どうした?」
もしや仕事でも頼みたいのかと思ったが、どうやら違うらしかった。
少々の唸り声の後、電話口から聞こえたのは、高校時代に聞いた懐かしいセリフ。
『ちょっと、作りすぎてさ……手伝ってくれない?』
その言葉に、門田は目を丸くした。
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数分後、(大量の本を買い込んで)ワゴンがある駐車場へと帰って来た狩沢と遊馬崎が見たのは、駐車場の入り口で何やらそわそわとしている門田の姿だった。
「門田さん、何してんですか~?」
「あぁ、ちょっとな…。そろそろ来ると思うんだが、あいつ、何でくる気だ…?」
「え?」
「何々?待ち人~?」
面白がって食いつく狩沢に、少し眉間に皺を寄せながらも門田は頷く。
待ち人と言えば待ち人だが、それ以前に鉢合わせしていないだろうかと不安である。……自分の取り分が減るから。
その時、狩沢と遊馬崎の後ろで青のスポーツカーが駐車場に入ろうとしていた。何度か見たことのあるそれは、滅多に車に乗らない人間の物に間違いない。
運転席の人間を確認して、門田は自分達のワゴンから一つ間を開けて止まった車の運転席の窓を叩いた。
「車で来たのか」
「これを電車で持ってくるなんて無理だって」
運転席の窓が降りて出てきた顔は、眼鏡をかけた臨也だった。
「で?」
「あぁ、後ろに入ってるよ。暇だからって作りすぎちゃってさぁ…。波江にあげたんだけど、それでもかなり余るし」
その言葉と共に、ガコ、とトランクが開く。そこにあるのは、大量の箱と、クーラーボックス。
流石に興味をひかれたのかやって来た遊馬崎達に、臨也は困ったように微笑んだ。
「狩沢達も、よかったらこれ食べてよ。俺もう味見でお腹いっぱいでさ」
「だったら作るなよ…」
「昔はこれだけ作っても食べるやつがいたじゃん。そのままの感覚で作っちゃったんだよ」
何だろう。と、狩沢がクーラーボックスの蓋をあけると、
「うわ…!美味しそう!」
「これ、全部作ったんですか?」
「ほぉ…」
「相変わらず美味そうだな。じゃ、頂きます」
「はい、どーぞ。俺一人じゃ一週間でも処理できないし」
そこにあったのは、ゼリーにプリン、レアチーズケーキなどのスイーツ。しかもご丁寧にスプーンやフォーク、取り皿も臨也は用意していた。
迷いなく門田が手を伸ばすのを見て、他の三人もそれぞれ手に取る。
「ね、イザイザ~。こっちの箱は?」
「あぁ、そっちはケーキ。まったく、ついつい作りすぎちゃったんだよね…」
や、作りすぎたっていう次元じゃないだろう。
そう言いたいが、一口、口に入れるとそれは市販のものよりも格段に美味しい。
「やぁ、ドタチンが出てくれて助かったよ。新羅の奴、仕事中なのか出なくてさぁ…」
「そうか…。あ、そういえば、あいつには連絡したのか?」
「?あいつ?」
用意してきたらしいコーヒーを手渡されつつ、門田が脳内に蘇らせるのは高校時代のとある光景である。
「静雄だよ。あいつは……」
「連絡以前に、俺電話番号知らないからねぇ。大体、静ちゃんが俺が電話したからって来るわけないじゃん」
「…そう、か?」
「そうそう。今頃真面目にお仕事しながら自販機持って、
「いぃぃぃざぁぁぁやああぁぁぁ!!!」
る…」
次の瞬間、門田と臨也の間を通り過ぎたのはコンビニのゴミ箱だった。幸い、ワゴンにも臨也の車にもあたってはいない。
ため息交じりで臨也が見た先にいたのは、池袋最強の男こと、平和島静雄だった。
後編へ続く…。
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