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その日、その人を見かけたのは、本当に偶然のことだった。
放課後、掃除もSHRも終わって帰ろうとした時、何気なく窓の外をみた帝人の目に飛び込んできたのは、今、ここにいるはずのない人の姿だった。
「き、紀田くんっ!」
「どうした?帝人!とうとう俺のギャグ…」
「臨也さんがいるっ!」
「…は?この時間に臨也さんが学校なんかにいるわけ……」
帝人の言葉に正臣が外を見て、帝の指差した方向を見る。すると、確かに、その先にいるのはいつもの服装をした臨也だった。
中庭から、どうやら調理室などがある別棟の方に向かっているらしい。彼が辿ったと思われる方向を見ると、なるほど、来客用の駐車場には、彼の愛車が停まってあった。
「しっかし、何しに…」
「行ってみよう、紀田くん!」
「へ!?ちょ、帝人~!?」
時に大胆になる帝人の行動に、正臣はどうしようかと一瞬迷ったが、仕方がないと帝人の後を追った。
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一方、目的地に着いた臨也は、懐かしい人と談笑して歩いていた。
今向かっているのは、三階にある調理室である。
「来良になって、やっぱり校舎も新しくて…違和感ありますよ。何度来ても」
「あら、そう?まぁ、来神時代の子達はそうかもしれないわねぇ…。他の子達は元気かしら」
「子って…俺も他の皆も20歳超えてますよ、先生」
隣にいる女性は、臨也達が在学していた頃からの教師だった。ちなみに、担当教科は家庭科。臨也にとっては在学中最も世話になった教師でもある。
調理室の合鍵を躊躇いもなく貸してくれるなど、なかなか素敵な教師でもあった。
「オーブンとかはね、折原君達がいた頃の奴をそのまま使っているのよ」
「まぁ、買い替えたこと自体がおかしかったですからねぇ…。静ちゃん効果かな?」
「あら、この場合折原君効果じゃないかしら」
高三の時期、調理師学校に行こうかと考えていた臨也に多くの助言をしてくれたのはこの人だ。ついでに、静雄に邪魔されて怒り狂っている臨也をのほほんと見守っていたのもこの人ではあったが、親ほどに年の離れているこの教師に当たるほど、臨也も分別がなかったわけではない。
「でも、毎年ありがとう。こんな美味しいケーキ…」
「まぁ、別段忙しくなかったんで、別に。来良になって料理部も作ったって聞いてますけど、どうなんですか?」
「う~ん、折原君ほどの腕を持つ子はいないかな?」
「ははっ、それは光栄です」
調理室の隣にある教員の部屋のドアを開ける。
懐かしい調理室を覗いてから帰るが、その前にお茶でも。と誘われたからだ。
と、その時。
「やっぱり、臨也さんっ!」
「……帝人くん、と……紀田くん?」
息を切らしながら、そこには来良の二人組が立っていた。
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「園原さんは一緒じゃないんだね」
「今日は、用事があるとかで…。臨也さんはどうしてここに?」
「おや、母校に来て何が悪いのかな?……ま、あえて言うなら、先生に毎年恒例のプレゼントかな」
「?」
帝も正臣も、まだ一年生で調理実習はなかった。次の二年から家庭科があるので、家庭科教師とはあまり縁がなかったのだ。
まぁ、それでも知らないとは思うが。
「臨也くんは毎年、私に誕生日のプレゼントだって言って、ケーキとかを持ってきてくれるのよ。こんなおばさんの誕生日なんて。と思ってるんだけどねぇ」
「え~。いいじゃないですか。いつまでたっても祝い事は祝い事ですよ」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
穏やかに話す教師と、常に見られる情報屋としての臨也ではない、どこか優しげに話す臨也の姿に、二人は出された緑茶を飲みながらも目を丸くした。まぁ、無理はない。
「貴方達も食べる?折原君は…「作ってる時でお腹いっぱい」…だったわね」
まるで言う言葉を知っていたかのように二人被った言葉に、臨也は苦笑しながらも頷く。
「食べないんですか?」
「あぁ、まぁね~」
「折原君は昔からそうよねぇ。作ったけどお菓子は絶対に食べないで、平和島君とかに全部あげてたかしら」
「えぇ、主に静ちゃんでしたねぇ。最後の方なんて、めんどくさいから弁当もセットで作ってた日もありましたよ」
「そうそう!ここで作ってた時もあったわね。調理実習がない日とか」
思えば、あんな状況を一番楽しんでいた教師はこの人だったな。と臨也は回想する。そう言う意味では、来神時代だろうが今だろうが、教師で一番の大物はこの人だ。
「さ、どうぞ。折原君のお菓子は美味しいわよねぇ」
「はは。先生のだって美味しいですよ」
そう言って差し出されたのは、シンプルな苺のショートケーキだった。良く見ればスポンジの間には、生クリームと共に小さくカットされたフルーツがいくつか入っている。
フォークで小さく切ってパク。と食べると、ほどよく口に広がった甘さに二人は目を見開いた。この間も池袋の街中で、皆が食べている中にお邪魔して食べたが、これはまた美味しい。
「ね、美味しいでしょ?」
「は、はい…。本当にお上手なんですね、臨也さん」
「ありがと。この間のはもう急いで作ってたからねぇ。今日はそれ一つだし、一年に一度ってことで色々こだわってるから」
「…あら、前にも食べたことがあるの?」
教師の問いに、帝人と正臣は先日の池袋の街での出来事を離した。すると、教師は嬉しそうに手を叩く。
「あら、平和島君と仲直りしたの?折原君」
「してませんよ。周りが勝手に言ってるだけです。静ちゃんだって、相変わらず自販機とか標識持って追っかけて来ますよ」
「あら、でも一緒にいるだなんて!一時期顔も合わせなかったんでしょう。それくらいには仲直りしたんじゃないの?」
「………………ご想像にお任せしますよ。もう」
ニコニコと嬉しそうにそう言う姿に、臨也は脱力したようにため息をついた。その姿に、他の双子以外にも臨也さんが負ける存在がいたのか。と二人はケーキをもぐもぐと食べながらも感心する。
「折原君、カロリー計算とかも完璧よねー。私の授業聞いてからって言ってたけど…」
「まぁ、一応『女の子』な妹もいましたからね。気にした方がいいのかな。と。あれからカロリー計算は完璧ですよ。もちろん、味だってしっかりやってます」
こだわったら極めるものねー、臨也君。と教師が感心する中、二人は同時に同じことを思った。
お嫁さんにほしい…。
まず男だから嫁には行けないだろう。というツッコミは無効である。
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「たっだいまー。波江~?」
「はいはい。お帰りなさい…。随分遅かったわね。来良にいる恩師にケーキ届けてくるだけって言ってなかったかしら?」
「来良の子達に偶然会ってさ。ちょっとお喋りしてきたんだー。っついでに、その先生が来良の子達に俺の作ったケーキをおすそ分けしたもんだから、何を思ったのかあの二人と先生の談議が始まって…抜け出せなかった」
「…へぇ」
「…?波江?」
「何でもないわ」
普段作っているものより、数倍手間暇かけて臨也があのショートケーキを作っていたことを、波江は知っている。
高校時代の恩師で、俺が料理の腕が上達した要因の一人。と言われれば、それも納得したので、余ったからと同じ材料で作られた、カップの小さなショートケーキをふるまわれて満足していたが…。それを、誠二と同じクラスの子供達が食べた。
手間暇数倍のレアなケーキを。
「…波江さん?」
オーラが怖いよ~…と臨也が小さく呟くが、波江には届かない。
臨也が、そのケーキは毎年料理部の子達と先生が一緒に食べていると言えばまた違っていただろうが、あいにく、臨也は波江が何を思ってそこまで怒っている…のか分からなかった。
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一方その頃。
学校を出て街をぶらついていた帝人と正臣は、偶然遭遇した静雄や門田達に、そのことを話して…しまっていた。
「この間食べた時よりも美味しくて!ほんと、何であれで情報屋やってるんすかね~?」
「あ、それは確かに思うよねぇ。今度聞いてみたら?」
狩沢や遊馬崎、渡草は何も気づかず談笑しているが、門田は隣にいる静雄から噴き出ているオーラが怖くて何も言えない。
静雄も門田も、臨也が毎年、あの家庭科教師にケーキを贈っているというのは初めて聞いたが、当時からあの教師にだけは、臨也も結構なついていた…と言っていいのかわからないが、そうだったので、納得しよう。
しかし、静雄としては、目の前の二人がそれを偶然とはいえ食べた。という事態が気に入らない。……何故かはわからないが。
「…静雄」
「ぁあ?」
「………殺人だけは、やめてくれよ」
ヤバい、自覚してないがあの二人に対して凄く怒っているし…おそらく嫉妬しているんだろう。
静雄の、臨也の菓子への執着(?)は、自覚していない感情の一部が突出したものだと門田と新羅は分析しているので、厄介なことになる前に逃げたい。と内心頭を抱える。来良の二人に、ちゃんと話しておくべきだった。
「……ヤるか」
ぼそりと呟かれた言葉を耳が拾い、叫ぼうとするが何とか踏みとどまる。
池袋と新宿の間で、最強(最凶?)のコンビが期間限定で成立するのは、そう遠くない未来かもしれない。
あとがき↓
悸崋様、こんな感じでいかがでしょうか?あんまり二人が一目ぼれする感じのところは出せませんでしたが…。あの呟きを声に出すかは迷いましたが、そうなると二人の間でまず戦いが勃発しそうなのでやめました。