今まで『昇華』といったら、化学とか、そういう意味でしか打ってこなかったような、そんな気も今更しています。こんな形で思いを描くのは、とても失礼なことかなとも、思いますが…。
一応、死にネタを含みますので、苦手な方はご遠慮ください。拍手返信は土日にとさせていただきます。申し訳ありません。
『死』とは何か。
呼吸をしなくなること、心臓が止まること、五感が機能を停止すること、脳が機能を停止すること…それが正しいのかもわからずに、彼は、ただ、考えた。
彼は、身近な人の『死』を体験したことがなかった。日頃散々暴れているにもかかわらず、間接的に人を『死』に追いやっているやもしれぬというにもかかわらず、彼自身はそれらを感知しないまま、この二十数年間を生きてきた。
そしてまた彼自身が『死』とは縁遠い存在であったからこそ、彼は、それが何を意味するのか知らなかった。
「…どうして、嬉しがらないんだい?」
「なんで…って…」
友人の問いに、彼は明確な答えを返せなかった。何故そんな問いをしてくるのかもわからなかったが、それ以前に喉が渇いていた。
「君は、まぁ、彼もだけど、散々お互いに『殺す』だの『死ね』だの言って来たじゃないか。毎日のように戦争して。君が直接手を下したわけではないけれど、君が間接的に手を下した。君は、君の望みを叶えたんじゃないのかな?だったらさ、君はその感情に則って、嬉しがるべきなんじゃないかい?」
友人は、コーヒーを飲みながら穏やかにそう言った。奥の広間には、入れない。『彼』の家族が、秘書が、彼の知らない人々が多くいるからだ。
彼が『彼』を間接的とはいえ死に至らしめる原因となったことを知るのは、彼の目の前にいる友人しかいない。いや、彼の恋人もまた、知っているのだろうか。
「あぁ、心配はしなくていいよ。『彼』の友人…私も少ししか会ったことのない人達は、今日は来ていない。来ていたとしても、君に八つ当たりするような人達じゃないさ。裏社会で生きている彼らは、僕らは、いつ誰が死のうと、後悔しないよう生きているからね」
君を許しはしなくても、君に怒りをぶつけたりはしないよ。
そう静かに語る友人に、お前も、俺を許しはしないのか。そう問おうとしたが、口がうまく回らなかった。
「君も…焼香にだけ来た彼も、意外そうな顔でこの家に出入りする人々を見ていたね。確かに、『彼』は人から信奉されやすい半面、恨みもとことん買いやすい奴だった。でも、それと同じくらい、『あいつ』は…愛を返されていたんだろうねぇ」
どんな気まぐれでも、盤上の遊戯の上であろうとも、助けられた事実があり、救われた事実もあった。
「これで、池袋の街も変わるなぁ…『彼』以上に情報の統制に長けた奴なんていない。君も、気をつけた方がいい。街中で自販機や標識を手にしてたら、すぐに警察に睨まれる『日常』が、やってくるかもしれないんだからね」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。他の…不本意だが僕の愛しい恋人も含め、君らは『彼』の悪い面しか見えてなかったんだね。…まぁ、付き合いの長さを引き合いに出されると、悪くは言えないけれど」
考えてご覧よ。何故、今まで池袋の日常が非日常であれたのかを。
そう言ってマグカップを片づけようと立ち上がった友人に、彼は、やっぱり怒っているんだろうと少し咎めるように聞けば、友人は、こちらを振り向かずにポツリと言った。
「……惜しむらくは、約束を叶えてくれなかったこと、かな」
その時は、どういう意味かなど知らなかった。しかし、それは数週間経ってから分かる。
せっかくの年末の中学校の同級会が、中止になったらしいと友人の恋人であり、自身の友人でもある女性から聞いた。何でも、企画者も参加者も、全員同意してのことで、来年の5月4日に、改めてやろうという話になったらしい。
友人と『彼』が同じ中学の出身であり、一緒に行こうと治療時に話していたのだと、聞いたのもその時。
あぁあれはそのことだったのかと、本当に『ここ』には『いない』のだと、ならばどこにいるんだと、時間差でやってくる罪悪感と疑問と悲しみに、彼は、涙を流すことさえできなかった。
『どうして嬉しがらないんだい?』
あの言葉が、『死』を理解するまで泣くなと、言っているように思えた。
あとがき↓
固有名詞一切なしですが、まぁ、全体的なシリアスは久しぶりでした…。
PR