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数ヶ月前から、静雄は何かが違うと、感じていた。
いつになく平穏が続く、しかし、日常のような騒ぎは絶えない街、池袋。
「おい静雄、次行くぞ~」
「っす」
平和島静雄は、その小さな変化を感じ取ってはいなかった。
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『なんだ、今日はこれから出かけるのか?』
「うん、ほんとは明日なんだけど、二泊したいっていうからさ。波江にまで手回しされちゃって」
池袋のとある路地裏。そこに、二人の姿はあった。
片や池袋の都市伝説である首なしライダー、片や新宿最凶の情報屋。しかし、その間にあるのは数か月前とは違うのんびりとした空気だった。
『なら、二人が来るまで私もいよう』
「えぇ、おね……いやいやいや、セルティに迷惑かけるわけにはいかないし、近くに車も停めてあるから大丈夫だよ」
『新羅から、お前の大丈夫は信用するなと言われているからな、それに、私が心配なんだ』
「…そう言われると断れないなぁ…」
はぁ。とため息をついた臨也は、お好きにどーぞ、とほほ笑む。セルティも、それに頷くことで返した。
路地裏なんだし、『お姉ちゃん』と呼んでくれても差し支えないと思うんだが…
にこにことこの後の予定を見ている臨也を見て、セルティは態度に出さずに嘆息する。。
数か月前、臨也の妹達と門田達によって運び込まれた臨也は、なんと女性だった。しかしそれは、怪しい薬とか新羅が出来心で調製したものだとかではなく、つまり、後天的なものではなく、先天的に、生まれた時から女だったというのだ。流石にそれには皆が驚いたし、少々、受け入れるのに時間がかかったものもいた。
その後、東京を出ての長期のリハビリを経て以前と遜色なく臨也がパルクールを使えるようになるまで二月ほどかかったのだが、セルティはその間、臨也がどこにいたのかは聞いていない。
しかし、リハビリ前に色々あって、何故だか姉妹のように接している。もちろん、仕事に関してはきっちりとお互いやっているが。
「そろそろ来る頃だけど…。あ、エンジン暖めてようかな。ちょっと準備してくるから、二人が来たらここで待っててって言っといて!」
『わかった』
目下、臨也の周囲の人間からしてみて、問題が静雄である。流石に臨也が女性と分かると、いつも通りの喧嘩に見えていても門田は止めようとしてしまうし、新羅もついついやりすぎないようにと言ってしまう。セルティに至っては、かち合わないように仕事の後に臨也を送り届けようとしてしまう。
臨也としてはくすぐったいしなんか変だしやめてほしい。とよく言っている。新羅が言う時とセルティが言う時とでかなり対応に差があるのだが、それはまぁ、割愛。
静雄に、臨也が女だと言えばいのだろうか…。
しかし、それは臨也の願いを無下にすることだ。慣れているのか普段通りにふるまっている双子達もだが、臨也は、静雄に女だと知られるのをよしとはしていない。聞けば、それで掌を返されたようにされるのが一番嫌いだと、告げられた。
双子達は違うようだったが、まぁ、似たようなものなのだろうとセルティは推測している。静雄は、基本的に女性を殴ったりしない。いくら臨也とはいえ殴…らないとは言い切れないが、その喧嘩の頻度は減るだろう。
折原姉妹も喧嘩が減るのは嬉しいようだが、それが静雄の我慢の成果ではなく、性別による認識の変化であるというのは、どうにも嫌らしい。
「そんなことしたら、俺が持てる情報力と暴力と謀略を持って、死んだほうがましと思えるようなことするけど、皆はそれでいいんだね?」
とは、ちょっとしつこく聞き過ぎた時に笑顔で言い切った臨也の言葉である。
臨也が起こる様というのは見たことがないと記憶しているが、あれを思う限り碌なものではないだろうと思う。静雄のように外に発散するというよりは、腸を煮えくり返しながら笑顔で対象を突き落とすタイプだ。絶対。
「そう言えばセルティ、明日は某ネズミの国にも行く予定なんだけど、お土産のリクエストとかある?」
『あっちに行くのか?それなら、撮ってきてほしいものがあるんだが…』
「あ、前に言ってたネットのあれね…。まぁ、俺とあいつらならすぐに見つけられそうだし、撮れるだけ撮ってくるよ」
『ありがとう』
車から軽い足取りで戻ってくる臨也の笑顔は、何だか以前と同じなのに、裏を感じられない何かがある。
変わってしまった関係性か否かは分からないが、セルティとしては、今の臨也の方が断然いい。当たり前かもしれないが。
「さて…あいつらはいつ来る…っ!!」
『!?』
臨也が腕時計で時刻を確認していたその時、ふと、厳しい顔つきで臨也は壁の凸凹を利用して上へ跳んだ。すると、聞き慣れた叫び声と共に、近くでしっかり仕事をしていたであろう標識が、臨也がいた場所に突き刺さる。
「い~~~ざぁ~~~やぁ~く~ん?真昼間の池袋で何やってんだ手前はよぉ」
誰が、なんて言う必要もない。それは、この池袋の喧嘩人形だ。久しぶりに間近で見る戦争現場に、セルティとしては戸惑うしかない。ちなみに、臨也は器用に廃ビルの窓枠に座っていた。
『し、静雄…?』
「おぉ、よぉセルティ。久しぶりだな」
『あ、あぁ……』
どうしよう、これはどうすべきなんだ私。
静雄を止めるべきか、我関せずを決めこむかの二択しかない。が、そんなセルティの心中をよそに、静雄も、そして臨也も通常運転である。
「で?何俺の許可なくブクロに入ってんだ手前」
「な~んで俺が池袋に来るのに静ちゃんの許可がいるの?いつからこの街は君のものになったのさ。誰も君の許可なんて必要としていないし、誰もそんなものいらないよ」
や~だなぁ、自信過剰で~
至極楽しそうにそう謳う臨也に、静雄の顔が引きつる。
ここまで静雄の神経を逆なでできるのはいっそ才能だなと、セルティは危なくならない限り傍観することにした。
「俺は、運び屋に仕事の報酬を届けに来たついでにうちの妹どもを待ってるだけだよ。それとも何?会う約束してるのにすっぽかして池袋から出て行けって?」
「…んなこたいってねぇよ」
「んじゃあ二人が来るまでくらい見逃してよね~。俺だって久しぶりのお休みなんだし」
『そう言えば、ここ最近缶詰だとこぼしていたな』
「……何で知ってんだ、セルティ」
『チャットやメールで、仕事の話もしていたからな。寝不足だとこぼしていたが大丈夫か?』
「だ~いじょうぶだって!最近新羅に似て来たんじゃないの?新羅もさぁ、なんか波江と共謀して俺の生活スケジュール組んでるみたいなんだけど」
『お前が不規則すぎるからだろう』
ポンポンと飛び交う会話に、静雄はちょっと唖然とした。なんだ、この二人ってこんなに仲良かったか…?
確か、セルティは嫌い…とはいかないまでも、臨也のことを好いてはいなかったはずだ。それが、いつの間に。
何となく面白くない。何が、誰が、とはわからないが、静雄は思う。
―――――――――――――――獲られた。と。
口を挟むことも、拳を振るうこともできずにいると、不意に臨也が、今まで見たこともないほど優しく微笑んだ。それに動じないセルティと、その表情に動揺する、静雄。
そして、
「おっ待たせ~!臨兄!」
「…待……?」
静雄の後ろから、常とは違い『黒』に抱きつくのは、臨也の妹の九瑠璃と舞流だった。
「そんなに待ってはいないよ。セルティと…静ちゃんもそこにいるしね、退屈はしなかった」
「そっか~!って、あ、静雄さんやっほ~!どしたの固まって」
「?」
「え、あ、あぁ…いや、何でもねぇよ」
「そう?じゃあ行こ臨兄!アトラクション絶対制覇するんだから!」
「…全…」
「あ~はいはい…。じゃあ運び屋。仕事のことに関しては、急ぎだったら波江によろしく」
『あぁ、楽しんでこい』
臨也が先に車に行ってるぞ。と言ってその場を去ると、セルティもまた静雄に仕事があるから。と言って愛馬にまたがる。それに何とか手をあげて返した静雄の目の前には、いつの間にか双子がにんまりとした笑顔で立っていた。
「どうした?」
「あのね静雄さん…
――――――――――ぜぇ~ったいに、あげないからね」
「……は?」
呆然とする静雄をよそに、二人は元気に手を振って去っていく。遅いと思って戻ってきたのだろう、臨也の手をとって。あぁしてみると、普通の兄と妹だ。
…いや、静雄は知っていた。
臨也が、何だかんだいって妹達を大事にしていることを。
新羅から聞いて、妹達を育ててきたも同然だということを。
だから、あんな風に笑っていても、おかしくないはず、なのに。
「なんだってんだよっ……」
ほんの少しだけ、『平和島静雄』ではありえない思いを抱いた。
高校時代、喧嘩ばかりしていなければ。
自分にこんな力がなければ。
もし……
あの笑顔が、自分に向けられたら。なんて。
「あり得ねぇ……」
そう、あり得ない。あり得ないんだと数回頭を振って、上司に合流すべく静雄はその路地から出る。
日常の中の小さな非日常が、日常に還される。
小さな兆しの、一欠片だった。
あとがき↓
リ、リクエストに添えた作品となったでしょうか…?どちらかと言えばシズ→イザな一品でしたが…。男だと思っているままにしてみました。楽しんで読んでいただけたなら幸いです。