新宿の情報屋、折原臨也が、世間にその姿を現さなくなって一週間が経った。
死んだかと噂が流れるかと思ったが、しっかりと仕事はしているし、電話やメールにも応えるので、波江が想像していた以上に、そのようなものが流れることはなかった。
そして、
「矢霧さ~ん。コーヒーと紅茶はどっちが好き~?」
「そう、ね…。久しぶりに紅茶でも飲もうかしら」
「分かった~」
臨也の幼馴染であるという関西の情報屋、浅上六実は、臨也とほぼ互角の、優秀な情報屋だった。
臨也が相手の神経をわざと逆なでたりしてその口を滑らせたり、行動を把握することをして情報を得るならば、六実はその巧みな話術で対象の人物を舞い上がらせたり混乱させて、甘く深く誘いだして情報を得るタイプだった。
しかしまぁ、その後どん底まで落とすので、上げて落とす分性質が悪いとも思えるのだが。
「それじゃあ、私は帰るわね」
「うん。誠二君によろしく~?」
仕事が早く終わり、昼食前の11時に、波江は玄関にいた。
今日は、久しぶりに誠二と会う約束をしていたのだ。
六実の協力もあって、仕事は忙しさも軽くなった故に行けるのだが。
「それじゃあ、また明日ね」
「うん」
臨也のマンションを出てすぐに、思考が弟へとすべて向いた波江は、到底予想できなかっただろう。
この後の、物語の加速を。
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波江が帰った後の家では、臨也と六実がのんびりと昼食を食べていた。ちなみに、今日のメニューはぺスカトーレのパスタである。
二人の話題は、大抵この臨也の変化や、昔の話だった。
「しっかし、その姿見たら莉真が調べたがるだろうなぁ」
「あぁ、今学会でヨーロッパだっけ?」
「帰りにオーストリアに行って思う存分クラシック聞いて帰ってくるってさ。他の奴らも仕事でいないし。昔は、悪ふざけで男装したり女装して小学校行ったよねぇ」
「行った行った。小学生くらいだとさ、誤魔化しも結構きくよね」
「それ以前にノリのいい先生だったし。…恩師だわ」
やがてそれは、今日本にはいないらしい友人達への話題に移る。
「ノリの良さと言えば、今でも来雅は仕事の為の女装するよね」
「そうそう。高校の時の学祭、メイド喫茶で男一人メイドだった…。あぁ、その来雅の奴がさ、この間、中央の紛争地域に行って来たとかで、なかなか面白いもの土産にくれたんだけどさぁ。メディアに売っぱらったらいくらなると思う?」
「それよりも、そっちの奴らに売った方が金になると思うけど?」
「や、それだと表に出ないじゃん。表に出るルートにしろって言われてさ。その約束で一割上げるだけってことにしてもらったし」
「ふ~ん…」
話題が少々、物騒な気もするが。
「コメさんちの議員のスキャンダルもいくつかあるけど」
「上?下?」
「下」
「ざんね~ん。俺上。しかも癒着」
「くぁ~っ!そう来たかぁ…」
いや、かなり物騒だ。
しかも、会話はどんどんエスカレートしていき、小さな笑い話から絶対に世界経済が傾くような話までしたい放題である。
そこで、六実が思いついたように顔を明るくした。
「そうだ!!ひっさしぶりに笑えるネタを入手したんだよ。ちょっと待ってて、今取ってくる!」
「え、何?」
「笑えるネタ~」
ニヤニヤと笑う六実に苦笑して、臨也は残ったパスタを食べ終える。六実に合わせたからか、ちょっと多かった。
しかし、笑えるネタとはなんだろう。某国のお偉いさんの浮気がばれての夫婦喧嘩か、それとも実現不可能なクーデターの計画書でも持ってきたのだろうか。
普通の人間が聞けば、スケールがでかいとか、笑うごとじゃないと言って怒るかもしれないが、こんな仕事をしていると、笑い事にして片づけないとやって行けないと割り切ってしまう。
特に、六実は仕事に関係ない『笑えるネタ』をかき集めては、他の情報屋に安値で売っているという物好きだ。
「全く、相変わらず物好き………。?」
その時、客間から青い顔をした六実が焦ったようにでてきた。その顔は、明らかに『ヤバい』と訴えている。
「リツ…?」
「リ、リン…ヤバい、どうしよう…」
「?」
「失くした……!」
「え、データ?」
他に仕事の情報も入っていたのだろうかと首をかしげたが、その問いはすぐさま否定された。
「データのチップ…ロケットに入れたまま、ロケットごと失くした……!」
「………は?」
ロケット。
その言葉に、臨也は服の中に入れていた、首から下げている銀のそれを取り出す。
その中に入っているのは、その用途通りの、写真だが…。
「…これを?」
失くした?と言外に言うと、青い顔のまま頷かれる。
臨也の口元は引きつり、六実は床に手をついた。
「…………ほんとに、やばいわ」
あとがき↓
心配するところ違う!というツッコミはなしで。
以前、拍手でいただいたコメントに、臨也の『友人』関連で素敵なお話(?)を頂いたので、それを少し入れてみました。類は友を呼びます。いいことです、はい。
はった伏線は回収するのが使命なので、頑張りたいと思います。
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