「イーザーにーいー」
「?どうした」
「あのねあのね、お願いがあるの!」
「…お願い…」
「あぁ、いいけど…。俺に出来ることか?」
そう言った臨也に、双子は元気に頷いた。
**********
翌日。
昼休みの学校の屋上で、奇妙な光景が繰り広げられていた。
「……何やってんだ…臨也…」
「あ、おっはよードタチン。ちょっとね。頼まれて」
静雄がいないため静かな屋上では、門田と臨也の二人しかいなかった。それもそのはず、あと五分で昼休みは終わるからである。
「授業、始るぞ」
「あ、いーよサボるから。明日には持たせたいからね…っと!これで一人分おしまい!」
「……上手いもんだな」
臨也が畳んでおいたものを拾い上げた門田は、その出来栄えに感心した。可愛らしいそのバッグの右下には小さく名前が刺繍されており、また、小さなアップリケや花の刺繍模様が縫い付けられている。
「体操着入れ?を作れって頼まれてさ。市販のバッグを買えばいいって言ったのに、よりによって原料の布と糸買って来たんだよあの二人。しかも裏地までしっかり決めてさ」
「裏地?……あぁ、リバーシブルにしたのか」
「せっかくだからねぇ」
試にとひっくり返してみると、そこにもしっかり名前と、そして模様が刺繍されていた。細かい。というか、凄い。
「器用だな」
「自分の分を縫ってたらいつの間にかできるようになったんだよ。うちの親、ほとんど海外でいないしさ。俺が面倒みる以外ないでしょ?」
「それはそうだな…。普通はできないからな。凄いと思うぞ、本当に」
「………ドタチンは、無意識に紳士でタラシだと俺は思うよ。うん。来年のバレンタインが楽しみだよね。頑張って」
「?」
首をかしげつつも、門田は再び手に持っていたバッグを見る。九瑠璃。と、縫い慣れたように小さく縫われているそれは、何度も練習をしたりした証拠なんだろう。そうでなかったら、難しい字をここまでできるはずはない。
小さいとは言っても一文字3cmほどなのだが、高校生の男子がこんなスキルは普通身につけていないだろう。
いつも喧嘩ばかりしている手は、今だけは、家族の為に何かを作る、優しい手に見えた。
「喜んでくれるといいな」
「え?」
「妹達。これをもらって」
そういうと、臨也は照れたようにはにかむ。
いつもこうだったら静雄と喧嘩しないのではなかろうか。と思いつつ、門田は臨也の頭を撫でた。
まさか、臨也が料理の腕前までもがなかなかだとは知らずに。
**********
九瑠璃と舞流は、ご機嫌で街を歩いていた。
その手には、今日の朝、体操着を入れた状態でもらった、可愛らしいバッグ。
本当に作ってくれたのかと、朝見た時は嬉しさで胸がいっぱいだった。
「可愛いね!」
「うん…。名前もちゃんと、書いてある…」
「難しい字なのにね!」
ニコニコと笑って歩く可愛らしい双子の姉妹は、周囲から見てもとても可愛らしく、微笑ましいものだった。
「お礼…しないと……」
「あ、そうだね。何がいいかなぁ…。あ、そうだ!」
「?」
舞流は、九瑠璃を引っ張って、いつもよく行く花屋に入った。そこにいた、いつも優しく挨拶をしてくれるおばさんに話しかける。
「おばさん!あのね、あのね!」
「おや、どうかしたの?…あら、素敵な体操着入れね」
「えへへー。いざ兄が作ってくれたんだよ!」
「……夜なべ…?」
「あら、臨也君裁縫も上手なの!こりゃ凄い。おばさん抜かされちゃったかしら?」
ほら!と見せてくれたバッグを手にとって、その可愛らしさに高校生のはずの少年を思い浮かべる。最近、街中で喧嘩ばかりしているようだが、妹二人には相変わらずのようだ。少しだけ間違って何度も差したような跡があることを見つけ、やっぱりちょっと苦労したんだな。と、双子には気づかれぬようにそっと笑う。
「でね、あのね!いざ兄に、何かお礼したいの!」
「前…お花…喜んでた……」
「あら、それは素敵ねぇ…」
あげた花は、道端に咲いていた小さな花だったのだが、それでも臨也は喜んでいたのだ。なら、ちゃんとした花をあげたい。
そう力説する双子に、おばさんはぐるりと店内を見回して、ふと、ちょっとした悪戯心を呼び起こした。
「ねぇ、もうちょっと待ってからのお礼でもいい?もうちょっと待つとねぇ、素敵な日があるのよ」
「?」
「どんな日?」
「ふふ……いつもありがとうって言う日なんだけど、この花をね、贈るのよ」
おばさんのその手にある花を見て、双子は目を輝かせた。
**********
早いけど今日持っていく!と、双子は持っていたお小遣いで二輪の花を買い、ウキウキと家へと向かっていた。
「喜んでくれるかな?」
「喜んでくれるよ!絶対!」
そろそろ、兄も家に帰っていることだろう。夕飯の用意をしてくれているかもしれない。今は両親ともにいないから、兄の帰宅時間は早いのだ。
早く帰ろう!と二人は駆け出す。
その時、路地裏から、一本の長い『何か』が飛び出してくるとは知らずに。
**********
「……臨也、どうしたんだそれ」
「え?」
次の日、屋上に臨也を呼びに行った門田は、昨日縫っていたはずのバッグをまた縫っている臨也を目撃した。
しかし、よく見ればそのバッグには裂けたような跡がある。
「何かね、昨日の帰り、路地裏から標識が飛んできて、何とかよけたらしいんだけどバッグが破れちゃったんだってさ」
「……お前、それ「ちなみに、俺はその頃家で夕飯作ってたので無実だよ」……そうか」
眉間に皺をよせながらちくちくと縫って直す臨也の機嫌は、何やら低いようだ。
そこで、そう言えば、静雄が何人かに喧嘩売られていたなと思いだす。
「帰って来たとたんボロッボロに泣きだすから何かと思ったらさぁ…静ちゃんも、一般市民への被害の配慮を覚えた方がいいよね。俺、これでも考えてやってるんだよ?学校の物はあんまり壊さないようにしてるし、個人の私物は利用してないし」
「…個人は、利用してるけどな」
「あぁ、それはほら、半分本人の意思だから」
ちくちくちくちく。
臨也は、傍らに置いてある弁当に手をつけずひたすら縫っていた。
その隣に座って、まだ直されていないバッグをなるべく慎重に手に取る。
そうか、標識で布が切り裂けるのか。と、妙な関心を持ちつつ。
「昼飯は食わないのか」
「ドタチンには悪いけど、これ直したら速攻で家帰って洗濯してアイロンかけてあいつらの部屋に置いておく予定だから」
「……わかった」
つまり、午後の授業には出ないということだろう。
そういえば、朝と一限目には出ていたが、二限目の体育からは姿を見なかったなとため息をつく。まぁ、欠席よりはましだ。
「新羅と静雄には何か言っとくか」
「静ちゃんに死ねって言っといて。あと、このことは言わないでおいて。ムカつくから」
「………………わかった」
暗に何も言うことはないと言っているのと同じだ。と悟りつつ、門田は立ち上がる。
ふと、バッグの傍らに置かれた携帯の待ちうけに、意外なものが写っているのを見つけた。
「臨也?これ……」
「?あ、あぁ…。それ買ってきたから遅くなったんだってさ。バッグのお礼だって。ねぇドタチン。ちょっと失礼だと思わない?俺、女でもなければ、あいつらを生んだ覚えもないんだけどさ」
「…でも、いいんじゃないか」
悪態をつく臨也の顔を見れば、それは言葉とは正反対に、嬉しさと戸惑いの色を浮かべていた。
携帯の画面に写っているのは、小さな花瓶と、二輪の、花。
あとがき↓
…あれ?長くなった!?
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