その日も、池袋の街では標識が振り回されていた。
「手前臨也っ!当たりやがれぇっ!」
「ヤダよ当たったら痛いじゃん静ちゃんのバーカ。そんなことも分かんないなんてそろそろ脳の筋肉化も夢じゃないねっ!」
「手前ぇぇぇぇっ!!」
そして、誰もその喧嘩を止めなかった。否、止められないという方が正しいのかもしれない。
人通りの少ない場所とは言え、あの二人が喧嘩をしていると聞けば物好きが数人…否、数十人は集まるというものだ。
さて、今日は平和島が一発入れて折原を昏倒させて終わるか、はたまた折原が口八丁で、そしてその身の軽さですべてかわし切って新宿へ帰るか。
最早賭けの対象と化しているその喧嘩は、今日はそのどちらで終わることもなかった。
ppppppppp
「…」
「……」
「…静ちゃん」
「…なんだ」
「……電話、出ていいかな」
「…おぅ」
二人がお互いに少々遠い距離をとったその時、攻撃が止んで静まり返ったそこに響いたのは、着信音。それも臨也のジャケットからだった。
静雄に許可をとると、じゃあお言葉に甘えて。と臨也は電話をとる。
何故喧嘩が中断されるのかというと、以前電話に出ることを許さずに臨也を殴って気絶させた時、臨也の妹二人が双方風邪でダウンし、小学校から迎えに来てくれという連絡だった。という事があってから、お互いに電話が鳴ったら少し止まろう。という事になったのである。
そんな高校時代を思い出しつつ電話に出た臨也の耳に飛び込んできたのは、意外な人物の声だった。
「はいもしもし?」
『よぉ、今忙しいか、折原』
「なっ、つ、つく、…?!」
落ち着いた、少し低い声。昨日スカ○プのチャットで会話した故に覚えているその声。
「な、何であんたが電話してくるんだよ。ま、待ち合わせは夕方じゃなかったっけ?」
『存外早く片付いてな。…どうだ、前に行ってみたいって言ってた店、今空いてるみたいなんだが』
「え、あ、あのコーヒーショップ?」
『あぁ、来ないか?』
予想外の相手からの存外嬉しい申し出に、しかし今は喧嘩中だと思いだした臨也はどうしよう…。と返答をすぐに返さなかった。
仕事関連ならまだしも、完全にプライベートのお誘い…。
「おい臨也、さっさと電話終わらせろや」
「ふぇっ!?あ、あぁ。ごめんちょっと待って」
「……」
次第にイラついてきた静雄が促すと、なんと、臨也が素直に謝った。この事実に、流石に静雄も仕事関連ではないと気づいたらしい。仕事関連なら、助手から連絡が来るのだ。いつもと対応が違う。妹達でもなさそうだ。
そう思って、静雄は標識はそのまま。臨也の方へとゆったりと近寄って行った。しかし、臨也は気づかない。
「え、えっとね、俺今ちょっと…」
『どうせ、あの平和島静雄と喧嘩中だろう?そんなのさっさと煙に巻いてこい。あぁ、怪我はしてないか?かわいい顔してるんだから傷なんか作るなよ折原』
「かっ、か、かわ???!?」
「……おい、どうしたノミ蟲」
誰からの電話だ。と聞こうとした瞬間、目の前の臨也の顔がボンッと赤くなった。それはもう、耳まで。
流石に挙動不審すぎる。
『あぁ、お前には綺麗の方が良かったか?別にどっちでも俺は変わらんと思うんだが』
「ちょ、そ、そう言うセリフは女の子に言うべきであってね。俺みたいな男に言うべきじゃないと思うんだけど?!」
『事実を言って何が悪い?本当に、そうやって反論してくるところが可愛いな』
「ま、また言った!また言ったぁ!言うなっつの!」
『ははは。からかいがいがあるなお前は』
完璧に遊ばれている。もう嫌だ…。と呟いてしゃがみ込んだ臨也は、そこでやっと静雄がすぐそばに来ている事に気がついた。慌てて顔をあげると、静雄は何故かあっけにとられたような顔で立っている。
「………静、ちゃん?」
何だろう、少しづつだが、怖いオーラがにじみ出ている気がする。
これは逃げるべきだろうか。と一歩後ろに後ずさった時だった。臨也の携帯を、臨也の手ごと静雄は掴んで電話の向こうの相手へと声をかけた。
それに対して聞こえて来たのは、少しだけ臨也と似ているような、そんな気がする声。
「おい、あんた誰だ?」
『…おや、喧嘩人形がお出ましか。やっぱり喧嘩の最中だったか。邪魔して失礼』
「そう思うんだったらさっさと切れ」
『悪いが、折原と約束をしててね。君に構っている暇があったら早く来てほしいんだ』
「……ぁあ?」
思わず携帯を持つ手に力が入るものの、臨也が手が潰れる!と叫んだ事によって携帯ごと手が潰れるという事態は回避された。
しかし、その体勢は変わっていない。
「……手前…」
『ははは。何だ、さっさと池袋から出て行ってほしいんだろう?俺が今いるのは銀座なんだ。それで君はよし。俺も折原とちゃんと会えるし、折原も君とこれ以上喧嘩しない。いいことだと思うが』
「ふざけんな。喧嘩に横やり入れやがって」
『入れた覚えはないんだが…。気に障ったのなら謝ろう。だが、君がどう思おうが折原が決めることだ。折原は君の激情を消化するための玩具でも何でもないんだからな』
「んなっ…!!」
「はいはーい、おしまいおしまい!!ごめん、今から駅行って一番早いので行くからさ、先に中入って待っててよ!」
流石にヤバいと感じたのだろう。静雄のこめかみに血管が浮き出るのを見た臨也は、するりと手を取って九十九屋にそう返し、相手から了承をとると電話を切った。
「おいこら、手前…!」
「ごっめーん静ちゃん、そんなわけで俺はほら、今日は…いや、しばらく池袋来ないから。安心して取り立てでもしなよ。じゃ!!」
「待ちやがれ!」
静雄がその翻るジャケットをとるより一瞬早く、臨也は野次馬の上を見事に飛び越えて出ていく。
「あっのっ野郎…!」
この苛立ちが、誰に向けての物かを静雄は理解する事が出来なかった。
しかし、臨也があんな風に頬を染めて、どもって、動揺して、でも嬉しそうにしているのは、初めてみた。
「次、池袋に来たら絶対殺す……!!」
それもこれも、すべて臨也がいなくなれば終わることだと、静雄は無理矢理感情に区切りをつけて、その場から去る為に歩き出した。
あとがき↓
さて、ちゃんとできたかな…。口説く…。口説くってこんな感じですか…!?
というわけで、九十九屋さんに登場していただきました!!!
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