九瑠璃と舞流は、池袋の街を走っていた。
珍しくも早起きして出かけようと思っていた二人は今、予想外の事態ゆえに、駅へと向かっていた。
しかし何故こんな朝かというと、本当ならば新宿に行くはずだったのに、兄の助手からの連絡で、仕事の都合で池袋の外れにあるマンションに昨日は泊まったはずだと来たのだ。
それは拙い。そう思った二人は、兄が駅に向かう前にと走っているのである。
そして、
「あっ、クル姉!いたよいた!門田さんと一緒にいるよ、臨兄!」
「……眠(ねむそう)…」
駅にほど近い、東口の駐車場。そこに、ワゴンの周りで話している兄を見つけた。今日はまだ、静雄はいないらしい。
「イッザッ兄~!!」
「……朝…(おはよう)」
「あぁ、九瑠璃、舞流。おはよう。お前ら何でこんな朝っぱらから…」
舞流が勢いよく飛び付いたにもかかわらず、臨也は涼しい顔でそれを受け止めた。
その顔に、舞流が怒ったように顔を近づける。
「臨兄が悪いんでしょ!?もう、今から臨兄の家に行くところだったのに!」
「…電……池袋…(波江さんから、池袋にいるって教えてもらった)」
「そうは言われてもなぁ…てか、波江……よし、昨日の残業代カットだな」
「処、行?(これからどこかに行くの?)」
「ん?新羅のところにね。ドタチンも一緒だけど。同級会のお知らせが来てたらしくてさぁ…幹事が新羅なんだよね。恐ろしい事に」
新羅が幹事=静雄も臨也も強制参加。である。ちなみにこれは門田の時も適用されるのだが、今回、臨也はどうしても外せない用事があるのだ。
「で、それで断りにね…。まったく、日が被るとは思わなかったよ」
「何処に行くの~?」
「…外?」
携帯のカレンダーを見つつ唸る臨也に、門田もまだ聞いていないらしく首を傾げた。
同級会の日程は、予定では三ヶ月後なのだが…そんなに、早くから決まっている仕事があるのか。
「あぁ、うん。ちょっととある紛争地帯に行ってこようかって「待て」……なに、ドタチン?」
物騒な単語に、思わず門田は臨也の肩を掴んだ。
「紛争地帯ってなんだ。お前、そこに行って何をするんだ!?」
「ん~…観光?」
「観光!?」
「俺一人じゃないよ。戦場カメラマンの知り合いについて行くんだ」
「いや、観光じゃないだろそれ!」
「観光だよ。その帰りにアフリカ行って、南米行って、ちょっと戻ってヨーロッパに行って、で、日本に帰ってくるから」
「どれだけ日本にいない気だ!!」
「…………半年?」
だってほら、俺にも本業というものがあるんだよドタチン。いつも情報屋をやってるわけじゃないし、たまには遊びに行きたいじゃないか。
そう笑顔でのたまう臨也に、思わず門田は脱力した。もう、駄目だ。何を言っても無駄だ。当人の妹は「面白いお土産あったらよろしくね!」とか「………写(写真ね)」とか言ってるし。これは日常なのか、折原家の日常なのか?!
「…で?朝っぱらから、お前らは何で波江に連絡とって俺に会いに行こうとしてたの。ちなみに俺、今日は車だから駅には行かない予定だったんだぞ?」
「え、そうだったの!?じゃあラッキーだったねクル姉!」
よく見れば、駐車場の奥には臨也の愛車がある。なるほど、ここに停めていたから朝からここにいたのか。
「じゃあ、臨兄!はい!」
「……贈…(贈り物)」
「「??」」
臨也も、臨也の後ろで見ていた門田もまた、二人が背後でごそごそしているので首を傾げた。そういえば、九瑠璃は珍しく抱きついてこなかった。
大きいものなのだろうか。そう思った矢先、臨也の目に飛び込んできたのは、赤やピンクの、
「「Happy Mother's Day!!My Mother!!」」
「カーネーション…?って、あぁ、今日って母の日か…」
「そうだよー!だから、一番に渡したかったの!」
「……母…感謝(お母さん…有難う)」
「誰がお母さんだ」
そう言いつつも、臨也はその花束を受け取る。赤やピンクのそれは、そう言えば毎年、必ずと言っていいほどもらうものだった。
…そして何故か、本当の母に渡したのを見たことは、ない。
「……でも、ありがとう、九瑠璃、舞流」
「へへー」
「…五日…柏…餅(子供の日には、柏餅もらったし)…」
「それは関係ないだろ」
そう言って臨也が二人の頭を撫でると、二人は大人しく撫でられ、そして寝なおす!と言って朝の池袋の街中へと消えて行った。
「………………臨也、お前、それ毎年もらってるのか?」
「?うん。ドタチン達に会う前、それこそ、新羅と会うより前からね」
ということは、小学生の時…から。
嬉しそうに花を眺めている臨也に、「小学生の時から母の日にプレゼントをもらってたのか?」とは、流石に聞けなかった。
故に、違うことを口にする。
「さて、そろそろ行くぞ。岸谷に連絡はしてたんだろ?」
「運び屋の方にね。これ、新羅の家にいる間どうしよう…車に置いとくと駄目だよね」
「多分な…。そういえば、昔」
「?」
「妹達の鞄の時にも、お前、カーネーションもらってたな」
少し早いそのプレゼントは、臨也の携帯の待ちうけとしてしばらく使われていた。
それは、妙に鮮明に覚えている。
あの時も今も、妹達にとって臨也は『母親』であるのだろう。
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「…それで、その花束かい」
「うん。毎年おっきくなってる気がするんだよねー」
新羅は、その花が臨也に贈られるのは見慣れていた。
中学校の下校時に、一度だけ、ランドセルをしょった二人が、紙で作ったカーネーションを臨也に渡すのを見たことがあったのだ。
その時は、意味もわからずあげているだけだと思ったのだが、それが次の年になっても、高校に入っても、卒業しても続いていて、しかも年々ラッピングや花束の大きさがバージョンアップしていくのをいると、最早驚くこともない。
ニコニコと花を眺める臨也は、いつもの腹黒さがなくてうん、目の保養といえるレベルだろう。あくまで、中身を熟知していなければの話だが。
「あ、で、同級会…」
「あぁ、分かったよ。しょうがないから君は欠席にしておく」
「ありがと新羅」
いつもこう、素直だったらいいのになぁ。と、遠い目をしたのは別の話。
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「ただいまー…あれ、珍しい組み合わせだねぇ。波江と静ちゃんって」
新宿の自宅へ帰ってきた臨也は、そのリビングで世にも珍しいものを見た。といった顔で固まった。
しかし、一方はそれを黙殺し、助手の方は呆れ顔で立ち上がる。どうやら、帰り支度はもう済んでただ待っていただけらしい。
「そう?私はもう帰るわよ…。本当なら、今日は休みだったんだから」
「うん。お疲れ。ついでに明日も休みにするよ」
「分かったわ…。あら、カーネーション?」
「うん。もらったんだ」
優しく抱きしめて心底うれしそうに笑う臨也に、嫌味をいう気力も失せたのか、波江は呑んでいたコーヒーカップを流しにおいて帰って行った。
「…で?静ちゃんはどうしたのさ」
「別に…」
「や、別にでくるわけないでしょ」
そう言いつつも、臨也は花瓶にカーネーションを入れて、静雄に見せた。
「ど?綺麗にできたでしょ」
「……誰からだ、それ」
「?」
何やら、眉間に皺が妙に深く、多い。
何か怒らせることをしただろうかと思いつつ、臨也は妹達からだよ。と答えると、更に眉間の皺が深くなる。
え、なんで。
「お前、誕生日とかまだだったよな…」
「うん。何言ってんの?静ちゃん。今日母の日じゃん。それであいつらがくれたんだよ」
「………は?」
「あいつらは、母の日とか、俺にくれるんだよ。毎年毎年飽きずに、ね」
そう言って花を見ながら目を細める臨也に、静雄は脱力した。
何だ、母の日か。
………………………………って、何だって何だ!まるで俺がノミ蟲が花もらったのが気にいらねぇみてぇじゃねぇか!!
「…静ちゃん?」
あまりの挙動不審に臨也が声をかけるも、思考の迷路に見事、ハマった静雄は全く気付かない。
臨兄、あげるー!
学校で作った……
あぁ、ありがとう…カーネーション?
お母さんにね、いつもね、お母さんにいつもありがとうって言ってこれを渡すと良いって、先生が言ってたの!
……お前ら、『お母さん』の意味、分かってんのか?
…ご飯作って、お弁と作って、勉強見てくれて、一緒に寝てくれて、…えっと、いつも一緒にいてくれる、人。
……(何となく当たってるから否定できない…)あの、なぁ。本物の母さんは今家にいないから、これは、母さん達が帰って来た時に上げてやれ。俺は気持でじゅーぶんです。
え、ダメー!
だめ。
え、なんで。
だって、ママは『いつもありがとう』じゃないもん!『いつもありがとう』は臨兄だよ!
……だから、臨兄にあげるの……
……はぁ、分かったよ…。ありがとう、
ありがとう、二人とも。
HAPPY MOTHER'S DAY!!!
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