若くして警視なんて偉くなってるんだからさぞやいいところに住んでいるんだろうと思いきや、双子に案内されてやってきたのは、なんと官舎だった。
一戸建てだが、普通の家だ。双子二人は慣れたようにスリッパを取り出して、リビングのドアを開ける。
「ごめんね!今、臨兄買い物行ってて…」
「いや……てか、親は…」
「いないよー。私達が小学生の頃に、事故で死んじゃったんだ。知ってる?八年前の飛行機事故」
「え?あ、あぁ…詳しくはしらねぇが」
「ちょうど、仕事でアメリカに行くところだったらしいんだけど、その時にね。私もクル姉も、小さかったから良く覚えてないけど」
「……兄…独…(…臨兄が…一人で全部やった…)」
「臨也が?」
意外だ。としか言いようがない。
静雄はてっきり、どんな親が甘やかしてあんな性格が形成されたのかと想像していたのだが、すべて外れてしまった。
つまり、臨也は自分と同い年で、妹をしっかり養っているということか。
何だか、自分とはえらい違いだな。と静雄は少しだけ臨也の評価を上方修正する。
あいつも、いいとこあんだな……。まぁ、性格破綻者だとは思うが、身内には甘いってことか。
「静雄さん?」
「え?あぁ、いや…。てか、あいつ出歩いて大丈夫なのか?一昨日退院したばっかりだろうが」
「え?あぁ、止めたんだけど、冷蔵庫の中見たら顔引きつらせてスーパー行っちゃった」
「……菓…山…(アイスとか、お菓子ばっかり入れてたから)」
その時の光景を思い出して、双子はこっそりと笑う。確か、止めようとした自分達に、兄はこう言ったのだ。
『臨兄!ダメだよ寝てなきゃ!』
『…傷、開(傷口が、開くよ…)…?』
『あ・の・な・ぁ……あの冷蔵庫の中身で、今日の夕飯どうしろって言うんだ!?傷が開く以前の問題にお前らの健康が心配だよ俺は!!』
と。臨也が入院して、しばらくは波江などが作り置きしていてくれたのを暖めて食べていたのだが、最近はもっぱら外食か弁当で、それは冷蔵庫を見てすぐに分かったらしい。
波江に言われて、野菜室の恐ろしい代物達を事前に処分していて良かったと二人は痛感した。もしアレもそのままだったら、かなり大変なことになっていただろう。
少し遠い目をしていた二人は、気まずそうに口を開いた静雄の言葉によってハッと現実に戻された。
「親戚とかは?」
「ん~…親の財産目当てとかが多かったよ?五分の一くらいむしり取られたけど、あとは臨兄がスイスの銀行に全部移して無事だったんだ~」
「…良、事(グッジョブ)」
グッと親指を立てる九瑠璃と、自分のことのように誇る舞流に、静雄はため息をついた。
その頃から腹黒だったのか。
「でも、あいつ大学出てたよな?」
「高校を中退して、バイトしながら大検受けてたよ?」
「……朝、晩。日(朝から晩まで、一日中)」
「…へぇ」
まさか、そこまで苦労していたとは思わなかった静雄は、中学の同級生だったと言っていた新羅に、聞いてみようかと思考をめぐらせた。もしかしたら、門田も知っているかもしれない。交通課に行った時、結構親しげだったし。
「何処の高校だったんだ?」
「ん~、夏休みに入ってすぐに止めちゃったんだけど…来神高校って言うの。池袋なんだけど知ってる?静雄さん」
「…………は?」
それは、聞きおぼえがあるも何も。
「…マジか?」
「マジ」
「真(本当)」
静雄が三年間過ごした、母校でもあった。
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「ただいま…あ~、重かったぁ…。ん?」
「臨兄、お帰りぃ~!うわ、いっぱい買って来たね!今日は何にするの?」
「………鍋(鍋にするの)?」
「ちょっと、俺これ以上台所に立てるか分かんないからね…。お前らがやれよ。好きな具買ってきたから」
「わーい!」
「…切…盛(……切って、盛るだけ)」
そう言ってスーパーの袋を手に台所に走る二人をゆっくりと追いかけた臨也は、リビングで何やら放心状態となっている人間を見て、目を丸くした。
「……靴があったからまさかとは思ったけど…何でこの人放心状態なわけ?」
「ん?あ、なんかねー、お話してたらいきなり!」
「お前ら変なこと言ったんじゃないだろうな」
「……誤(言ってない。私達は無実)」
そう言う妹達を見て、もう一度、臨也は静雄を見た。手を目の前で数回振るが、反応なし。
「………………おーい?」
反応なし。
意識が飛んでいるようだ。
「……何なの?おーい、静ちゃん、鍋食べようよ鍋ー」
その後、鍋をリビングに置いたガスコンロにセットして、最終手段で波江が忘れて行ったメスを臨也が投げつけて強制的に石化を解除するまで、静雄は固まったままだった。
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