警視庁。
実はそこで働く人は地方公務員だったりするその場所では、最近とある叫び声が日常風景として受け入れられていた。
「いぃぃぃざぁぁぁやぁぁぁぁ!!!」
勢いよく科捜研のとあるドアが破壊され、壊されたドアが無残に床に落ちる。
それを見た通りがかりの職員は、あのドアだけ防弾仕様にできないか上に掛け合ってみようと考えた。
ドアを壊したのは、公務員とは思えないほどネクタイを緩め、上着は来ていない、細身の青年。彼はれっきとした捜査一課の一刑事だった。
名前は平和島静雄。警視庁内外問わず、『喧嘩人形』というあだ名をつけられた人間でもあった。
その右手に握られているのは、一つの紙。それは、徹夜明けのとある捜査本部に届けられた、とある殺害現場の、科捜研による分析結果だった。
「けほっ……ちょっと静ちゃん、朝っぱらからドア壊さないでよ。上がそろそろドアを無くすか防弾にするかで迷ってるんだよ?しっかもまぁ、徹夜明けの科捜研によくぞ殴りこめたものだねぇ?ごり押ししてきたからやってあげたってのにさぁ…部下に仮眠室行かせてせいかーい…」
「うっせぇ黙れ」
対して、その部屋の奥から現れたのは、更に細身の白衣を着た一人の青年。コーヒー片手にドアの破壊具合を見て天を仰いだ青年は、この部屋の主でもあった。
彼の名は、折原臨也。科捜研の影の支配者にして、様々なことに精通し、ついたあだ名は『情報屋』。その目の下には、不気味なほどくっきりと隈が存在していた。
目の隈と不機嫌な様子に一歩後ずさった静雄だが、そこはグッと踏みとどまって、手に持っていた書類を臨也の目の前につきだした。
「これ!このDNA鑑定結果。どういうことだよ!?」
「どうって…そのままの意味でしょーが。眠くて脳が回転しなくなったの?嫌だねぇ、少しは寝ないとさぁ…」
「て・め・ぇ・に・は・言われたくねぇ!!」
ぐしゃり。とまた紙が握りつぶされる。
あぁ、折角頑張って速くやったのに。と視線で臨也が訴えるが、静雄としては納得がいかなくてそれを無視して睨み続けている。
それを数分続けていたが、いい加減臨也も眠たくなっていたので、ため息をついて持っていたコーヒーカップを静雄に差しだして座るよう促した。
珍しく折れた臨也に、少々意外に思いながらも、睨み続けるのは時間の無駄かと静雄は促されるままに座った。
「で?」
「ん~…まぁ、簡単なことだけど、こっちとこっちじゃ、調べる方法が違うのね。で、詳しく語ると静ちゃんの脳がパンクするだろうから…」
「うるせぇな…。いいから話しやがれっ!」
そこには怒らないのか。と、初対面で科捜研の分析方法などをつらつらと語り言い負かすというより疲れさせた、もしくは威圧させた臨也は思いつつ、パソコンからその解析結果のデータを引きだした。
「こっちの方法だと、DNAは一致したわけ。でも、現場の目撃情報とかないし、色々と他に不審な点も出た。君達が今任意で事情聴取してて、自白したとか言うその容疑者にもさ、矛盾した供述があったんでしょ?」
「あぁ…。でも、上は錯乱してやったからだろうって…」
「それはどうかな?」
「あぁ?」
「犯人はさ、被害者の心臓を…こう、一発ではないけど、刃渡り30㎝の包丁でバスッとやったんだ。凶器は見つかっていない。被害者に争った形跡はなく、容疑者にも傷はない。あぁ、現場で転んだとかで鼻血出てたっけ?…まぁ、これからいって、錯乱するような状況にどうやって持っていくかという疑問も持てるわけ。被害者の爪に付着していた微量の血からDNA検査もしたわけだけど…」
「それが、このDNAの鑑定結果なんだろ?引っ掻いた傷なんてすぐに治るだろうが」
「ん…まぁ、ね。でも、現場の血痕から採取した物からも、同じ結果が出たんだよ」
そこで、そう言えば『爪に付着していたものからも検査をした』と言ったことを静雄は思い出した。
「……で」
「…静ちゃん…?あぁ、まぁいいや。俺の言い回しが悪かったねごめんね。簡単にいえば、犯人は被害者から、少量とは言え血が床に落ちるような傷を負わされてるってこと。そうじゃなきゃ、凶器で指をちょっと切ったとかさ。で、もみ合いにもなっただろうね。そうじゃなきゃ、被害者の爪に付着したりはしない。土が混じっていて、めんどかったけど」
「……」
現場で、実は遺体の左手だけ、その土をちょっとほろってしまったとは…言えない。言ったら何をされるかわからない。
実は同じようなことで一回、「新羅に解剖されたいの?」と本気で脅されたことがある。臨也の部下は、「よくあそこまで折原さんを怒らせられますね」と感心と言うか尊敬と言うか、ある意味バカにもされたが、そのおかげで今のところ、同じようなことにはなっていない。
マッド二人にかかれば、どんなに強靭な自分の身体もスパッと解剖されそうな気がしているので、申告もしていないし口止めも頑張っている静雄だった。
「で、結論を言っちゃうと」
「それを先に言え!!まどろっこしいんだよ手前はぁ!」
「それでも結局律儀に聞いちゃう静ちゃんがけっこう好きだよーvで、まぁ…もう一個の結果。こっちはねぇ、結果が違うの」
「…おぅ」
「DNAはね、一致したの。つまり、被害者と、容疑者、犯人で、二人分のが出たの」
「・…お、ぅ?」
そこでやっと、その結果の違和感に気がついた。
「こっちはねぇ…『三人分』でたの。DNAじゃなくて、血液型」
「血液型…?」
「そう。A型・B型・O型・AB型の、血液型ね。静ちゃんでもそれくらいは分かるよねぇ?」
「分かるっつの…つーことは何か、自供したあの親父は、誰かかばってるってことか」
「まぁ、そう考えたら簡単だねぇ…。近い血縁。奥さんはあり得ないから、子供か、男の兄弟とか?そこらへんは捜査本部のお仕事ですから俺は知らないけどね~」
「チッ…。分かった。トムさんに掛け合ってくる」
「いや、俺にそう言われても…。って、あぁ!俺のコーヒー!!」
「一杯じゃ眠気なんざ取れねぇんだよ!!」
そう言って、臨也の飲みかけのコーヒーまでグイッと飲み干し、静雄はドスドスと部屋を出て行った。
ちなみに、ドアはそのままである。
「……え、なに、間せ……いやいやいや。眠気でかなりキてるな俺。そうだ寝よう。そうしよう」
アイマスクを手に、臨也はパソコンの電源を落として部屋を出る。どうせ、あの叫びでドアが壊れたことは明白だろう。報告しなくても大丈夫だ。
「ふぁ…しっかし、静ちゃん…」
5日連続徹夜の俺に無駄な体力使わせたこと後悔しろよ…。
静雄は一日二日ほどの徹夜だろうが、最近科捜研は色々と忙しく混んでいて、珍しく臨也も働いていたのだ。まぁ、ちょっと趣味の実験に没頭していたのもあるのだろうけれども。
事件が解決したら奢ってもらおうかな。と算段を付けて、臨也は仮眠室へと入って行った。
一方。
「…あれ、最後の結論だけ言えば5分とかかんなかったよな…?」
上司の元へと行く途中、静雄は至極当たり前のことに思い当った。が、それでも臨也の言い回しがぐるぐると遠回しなのはいつものこと。
「顔色悪かったよな…あいつ……」
事件が解決したらどっかに飲みに行くか。と財布の中身を思い出して、静雄は再び歩き出す。
DNA鑑定結果云々は置いておいても、一週間も会っていないと何だかちょっと不安になるので科捜研に行ったのだが…。
「……まぁ、ぶっ倒れて放置されてなかっただけ、ましか」
何処に飲みに行こう。この間行った店は結構気に入っていたから、あそこに行こうか。
すでに、静雄の頭には事件の解決が確定事項として存在し、その後のことまで考える余裕ができていた。
これが、警視庁のとある日常。
あとがき↓
とりあえず頑張って臨也に語らせたけど…科学捜査って難しいですね…!!
何か違和感あったら教えてください。
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