いきなり変わった画面に、誰もが釘付けになった。アルファベット二文字がくるくると回りその画面は、どこか、人々にその場から離れることを許さず、足を止めさせる。
「一体何なんだ?」
「?どうかしたんすか?門田さん」
「何々?……『R'S』?」
外の変化を感じ取った狩沢と遊馬崎が本を閉じて外へと出てくると、つられる様にして渡草も運転席から出て、その画面を見つめた。
「知ってるのか」
「え、ドタチン忘れたの?『R'S』は、ほら…」
「おい、画面が変わったぞ?」
狩沢が何か言おうとしたその時、渡草の言葉で二人は画面を見上げる。
その画面は、確かに先程の、ロゴがまわるだけの映像から、どこかのライブ会場のようなところへと変わっていた。
薄暗い中、楽器のきらめきだけが、反射している。
そして、
「あ、あれ、臨也さんじゃないっすか?」
「ん?あぁあと、あれは……」
静雄の弟だな。と言おうとした時だった。
意外な組み合わせである二人が、実に楽しそうに笑いあったのを認めて、門田が大きく目を見開いた、その瞬間。
まるで鳥肌が立つかと思うような歌声が、脳に響いた。
**********
それから、数日。あの時、騒然となった池袋で臨也の姿を捜したのだが、共にいた静雄の弟の姿と共に消えていた。兄である静雄に聞いてみようとも思ったのだが、聞いた瞬間、臨也の家に殴りこみに行きそうで聞けていない。
そんな門田の下降気味のテンションとは反対に、狩沢や、連日のテレビ報道は過熱するばかり。
静雄はあまり知らないと言っていたが、あの日、いきなりビルの大画面に現れたバンドを、目にしていない人間は少ない。
『R'S』
それはどういうものなんだと狩沢に聞けば、答えはすぐに返ってきた。
「R'Sっていうのはね、ドタチン!関西とかじゃ有名なバンドグループ何だけど、それだけじゃないの!アメリカでは、映画のスタントとか音楽プロデュースに、オペラの舞台とか、色々やってるんだよ!」
「…見たところ、六人ぐらいなんだが」
画面に連日映るのは、二人のボーカル、ギターにベースと、ドラムにキーボード。トークは一切ない。ニュースでただ、その歌声などが届けられるだけだ。
「R'Sは、あのバンド参加の中心メンバー六人のニックネームのイニシャルがRだったからR'Sなだけで、『R'S』自体はもっと人数がいるの。普段は会社員の人とか、普通にどっかの楽団で楽器弾いてるとか吹いてるとか、そういう人もぜ~んぶひっくるめて、『R'S』らしいの。私も、関西にいる同志から聞いただけなんだけどね。関西では、他も混ぜて別の呼び方するらしいけど」
そもそも、バンドや舞台なども趣味が高じたもの。というのが、R'Sを元から知る人間の共通認識だ。
だから、変に騒ぎ立てたりしないし、年に一回必ずあるアリーナコンサートは完全に燃焼される。アメリカの方は、日本よりは知名度が高いかもしれない。
とにかく、日本ではガセネタが多く、彼らの始まりである京都・大阪近辺でも、正しい情報を持っている人間は少ないのだ。
狩沢も、これが正しいかはちょっと自信ないけど。と付け加えた。
「別の呼び方ってのは?」
「うん。それは教えてもらえなかった…。でね、その中心メンバーの一人にして、楽曲の多くを手掛けてるのが、「リン」なん…だ………って、あれ?」
聞き慣れた、しかしこの数日で画面の向こう側に行った声が、狩沢の後ろ、門田の目の前に、いつの間にか現れていた。
その傍らには、茶髪の、あの時画面の中で歌っていたもう一人の青年が、携帯を慣れた調子で打ちながら車に寄りかかっている。そして、その横では、あの時臨也の隣にいた、静雄の弟…。羽島幽平が立っていた。
「や。面白そうな話題だしてるねぇ♪」
「い、臨也…!お前」
「いっやぁ、狩沢にちゃんと言っとくの忘れててさぁ。まぁ、そんなわけでこうなっちゃったんだよ☆」
「よく分かんないけど、次のライブチケットちょうだい!イザイザ」
「次はいつかは分かんないけど、東京でやるんだったらいいよ~」
臨也は、いつもの服とは違う装いで立っていた。
身体の線が分かりにくいような服を着ており、どちらかといえば中性的な服装。いつものジャケットもきていない。
「臨也、どうしたんだ?…仕事、か」
「うん。これからちょい知り合いとね。あ、紹介するねドタチン、これが、リツ!本名は浅上六実。あ、女だからねこれでも」
「……お、んな…!?」
「わ、めっちゃ失礼。そりゃ、今日はこっちの仕様だけどよ。男装趣味とか変な眼で見るのやめろよな。不愉快極まりねぇから」
「リツさん…」
「羽島くんは知ってるよね?」
「あぁ、静雄の弟だろ?」
流石に知っている。と答えれば、それならいっか。と臨也は笑い、この間の映像どうだった?と狩沢に事も無げに聞いてくる。
こっちは混乱するしかないってのにチクショウ。
「最高だったよ!アレはいつの?」
「半月前かな?あんまり昔の流すのもなって」
「それで、その……あれはやっぱり、お前なのか」
「うん。そうだよ?」
あれ、俺に見えなかった?と首を傾げる臨也に、見えたから混乱してるんだ。と返せば、それもそうか。と苦笑される。
できれば説明が欲しい。と言いたいところだったが、臨也の言動からしても、あまり説明してくれるような雰囲気ではなさそうだ。
「それでね、ドタチンはさ、ほら。前に俺が女だって、狩沢が原因で知っちゃってたじゃない?他の二人も」
「え?あ、あぁ……そう言えばそうだな」
すっかり忘れていた。
そう言うと、臨也は眉間に皺を作りながら、それって俺は女にどうやっても見れないってこと?と返してきた。
慌ててそういうわけじゃない。と手を振って否定すれば、何故か、臨也の後ろにいる『リツ』という青…否、女性からの視線が痛くなる。
「それでさ、その時はなんか流れ的に言えなかったけど…結果的に、騙してたようなもんでしょ?」
それで、怒ってないかなぁって、見に来たんだ。
そう言って笑った臨也は、意外なことに少しだけ哀しそうにほほ笑んでいた。いつもならここで、どこか楽しそうに哂うのが『折原臨也』だろうに。
「俺はね、もう『折原臨也』じゃいられない、『臨美』に戻ったんだ、『リン』にね。でも、できればドタチン達と、新羅やセルティみたいに、これからも仲良くしていきたいと、思う……。どう、かな」
「…」
すぐには、答えられなかった。
確かに、今まで騙されていたと言えばそうなのだろう、考えてみれば水泳の授業には出なかったし、一緒に修学旅行で風呂に入ったこともなかった。それは、そうだったからなのだろう。
そう思うと、今までの自分の何かを否定されたような、そんな気もしてくる。
「…別にいいよ。すぐに言わなくて。いつかでいいから、できたらお返事、聞かせてね」
そんな自分の迷いを、たったの数秒とはいえ臨也は見抜いたのだろう。口を開く前にそう返されては、何も言えない。
「それじゃ、そろそろ行くか。これ以上ここにいても、注目の的になりそうやし」
「そうですね、俺が運転してもいいですか?」
「あ、じゃあ俺助手席~。それじゃ、狩沢。こっちでライブやる時は連絡するよ」
「うん。よろしくねイザイザ!!」
「えっ、あ、おい臨…!!」
「俺、これからしばらくこっち来れないから!聞きたいことあったら、新羅もある程度知ってるから聞いてみて!!」
そう言って、臨也は他の二人と共に来た時とは正反対に、その痕跡を綺麗に残して去って行った。
「というか待て…岸谷は知ってたのか……?」
画面の中の笑顔も、『リツ』や静雄の弟にかける笑みも、どこか、門田が知るものと少しだけ違う、『折原臨也』ではない笑みだった。
あとがき↓
久しぶりすぎて何かちょっと忘れてます…!!えぇっと…。とりあえず、ドタチンは女の子だよってことは知ってたということで。タイトルは、騒動の発端を見た直後&最後の心情より。
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