夏休みも終わった九月のある日の、池袋。
「おい岸谷、臨也はどうした?」
「やぁ門田君。臨也なら今週は用事があって休みだってさ。あぁ、池袋にはいるみたいだよ?」
見かけてもサボりだと思って怒らないでねってさ。と笑った新羅の言葉にため息をついて、サボりじゃないならまぁいいかと、門田は平和であるだろう一週間の学校生活を歓迎することにした。
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池袋の町中を、大小様々なケースを持った集団が歩いていた。それらは当然のごとく人々の目を引き、また話題の的となっている。
しかし、彼らは周囲からの不躾な視線も声も気に留めるどころかそよ風とも感じぬように振る舞い、王者のように歩いていた。
その様もまた、どこか視線を引く一因であるのかもしれない。
しかし、何よりも彼らが注目を浴びているのはその中の一人が、あの折原臨也であるからだろう。平日ならば着ているはずの短ランはなく、趣味のいい秋色でまとめられた私服は、一瞬彼が彼だと分からなくさせる力があった。服とはある意味魔法である。
また、平和島静雄との喧嘩や情報屋としてみせるあの憎たらしいまでの表情はなく、どこか年相応に近い表情もまた、周りがつい口を開いてあれは本物かと話し合う原因だろう。普段ふてぶてしい人間があぁも別人に見えるとは…元がいいのか顔がいいのか。それとも表情筋の神秘か、否か。
そして最後に一つ、彼らが視線を集める訳。
「あ~…暇やなぁ」
「うん。ヒマー」
「映画も面白そうなんやってへんし」
「それ以前にこの荷物で映画は見れへんやろ」
「コインロッカーに入れとぉないしなぁ」
「せやから、家でゆっくりしてたらえぇゆうたのに…外で時間つぶそうゆうたかて、何もあらへんよて言ったやん」
明らかに、この東京池袋で集団でいるには浮くと思われる口調だったこともあるだろう。しかし彼らはそんなことは気にせず王者のように歩くため、視線と言葉が彼らを取り巻いてはむなしく消えていった。
「リン、リン!」
「何?」
「ゲーセン!!」
少女の一人が、目を輝かせて指をさす。その先には、騒がしく音を立てるゲームセンター。行っていいかと視線で尋ねるそれに視線でいいよと促せば、その少女は小さな黒のバッグを少し大げさに振り回してゲームセンターへ走り出した。それを追うように、何人か駆け足だったり、少し早足で追いかける。
「楽器振り回すなおい!」
「急がんでもゲーセンは逃げんぞ~」
その様を苦笑しながら、疲れたように臨也は肩を落とした。これから一週間この調子は疲れる。そして、噂が広がればめんどくさいことになるだろう。
「な~に暗い顔でため息ついとんねん」
「リュウ」
「二時間後にはロウも仕事終わるし、暗い顔してる暇あらへんよ?」
「わかってる」
肩にかけているベルトをかけ直して、臨也はゲームセンターへとゆっくりと歩きだす。それを見て、リュウもその歩調に合わせて歩き出した。
「せやから、京都に戻って来い言うたんに、なんでこっちの高校にしたん」
「あの親に聞け。うちが知るはずあらへんやろ、当然のようにホイホイと家空けよって…」
呆れ声が愚痴に代わり、リュウはそれを苦笑でもなく普通に笑い飛ばした。そして、ふと路地裏の方に何かを感じて、臨也の肩を叩く。
「ん?」
「あっち、」
そう指されたのはただの路地裏だったが、池袋の地理を完全に把握している臨也からしてみれば、その路地の裏に何があるかは知っている。確か、奥に寂れた古本屋があったはずで、ついでにそこは臨也がよく行く本屋だった。
「なぁ!!」
「?おぉ、どないした」
「ちょお買い物してくるから、ゲーセンで待っとって?」
「えぇよ~。早めにな」
少し先を歩いていた少年にそう声をかけて、臨也とリュウは連れだってその路地裏へ向かうために横断歩道を渡った。ふと見れば、自分たち以外の全員がゲームセンターへ着いたらしく、奥へと入っていくのが見える。やるのは格ゲーかレーシングだろうが、飽きてきたらUFOキャッチャーでもしているだろうと行動に見当をつけた、その時。
「いぃぃぃざぁぁぁやぁぁぁぁぁ!!!」
今週いっぱい会わないで済むだろうと考えていた人物の声が聞こえて、臨也は肩の荷物を背負い直した。
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いきなりの大声に何事かと目を丸くしたリュウは、ぐるりと見渡したその先に、臨也の高校のブレザーを着た金髪の少年を見つけた。何やら怒っているようだったが、その原因などリュウは知らないので考えない。故に、リュウの平和島静雄に対する第一印象はこれだった。
「なんや、あの髪染めとんのか」
「……あ、そこ?」
「顔はえぇのに、怖い顔して残念な兄ちゃんやなぁ」
「…同い年だからね、リュウ」
疲れたようなツッコミの口調が標準語の方だったので、あぁ学校の知り合いか。とリュウは一人納得した。しかし、何故こんなにも怒っているのだ?
「ノミ蟲てめぇ…こんなところでサボりとはいいご身分じゃねぇか?」
「変な言いがかりつけないでくれる?俺は今週一週間学校に休むって届けだしてるからさぼりじゃないよ。新羅に君にも伝えてくれるよう言っといたんだけど、聞いてないのかな?」
「聞く聞かない以前に、喧嘩吹っかけられて今まで蹴散らしてたんだよ!どうせまたてめぇのせいだろうが、おい一発殴らせろ」
「それこそ酷い言いがかりだねぇ。言ったでしょ?今週俺は学校休み。今週は君とも関わらないと決めているんだよ。それ以前に、何?俺が何か言わなきゃ誰も君に喧嘩売らないとか思ってるの?それって凄い自意識過剰じゃない?」
唐突に始まったその間髪入れない言い合いに、周囲はまた始まったと二人から距離を置く。が、リュウはおぉ変なキャラ作ったなぁこれはこれでアリやけど。と妙な思考を飛ばしつつ、恐怖も何も感じていないという風に臨也の隣に立っていた。
臨也と静雄の距離が後3m、といった位になったところで、止めた方がえぇかな~と二人の間に立つ。
「…あ?なんだ、手前」
「あ~…リュウ?」
「言い合いは結構やけど、リ…臨也には、今日俺らの東京見物の案内してもらっとるんや。邪魔せんといでくれるか?」
平和的に、穏便に。と言い聞かせつつの言葉に、あぁ言葉選んでる珍しい。と臨也は柄にもなく感動した。
が。
「ぁあ、そりゃ悪かったな。でも俺もそいつに用事があんだよ。だからあんたはちょっとどいててくんねぇか?」
「さっきの、喧嘩がどうのっちゅうやつか?そいつらが臨也の名前出したのかもしれんけど、それだってほんとかわからへんやろ。あんたの怒りこいつに向けるためのアホラシイ小細工かもしれへんし。それでこいつ殴るんはちぃと理不尽とちゃうか」
「そこのノミ蟲野郎の存在自体が理不尽だからいいんだよ」
流石の平和島静雄も、一般人らしき少年をすぐには殴れないらしい。まぁ、喧嘩を売っているわけでもないからそうだろう。周囲はそう判断して遠巻きに見守っているが、臨也としてはいつリュウもキレて静雄もキレて大惨事になるかわからないという不安がある。この場合、標識一本の犠牲では終わらない…きがする。どんな裏ワザ使ってでも早々に終わらそうと心に決めていると、携帯から着信が入る。どうやら、予想外に仕事が早く終わったらしく昼飯を食べに行こう。と書いてあった。他の皆がいるゲーセンに向かっているとも書いてある。ちょうどいい、と臨也はリュウの背をとん、と叩いた。
「そのノミ蟲てのも、なんなん?俺の大事なしんゆ……なに、リン」
「本屋は明日や。ロウの仕事が終わった。昼、食いに行くえ?」
「?……おぉ」
含ませた視線に、理解したのだろう。えぇよ。と一拍おいて笑みが返ってくる。
「…そいつとどんな関係かしらねぇが、あんまり一緒にいると痛い目見るぜ?あんた」
こちらを見てそう言った『喧嘩人形』に、リュウは笑って、こう返した。
「そんなこと、有り得へんから別にえぇよ」
「…は?」
「………………はぁ」
「リンといて痛い目ぇに遭うなんてありえもせんことやから、俺はこいつと一緒がえぇよ言うたんや」
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一瞬、静雄の視界が夕暮れに染まった。否、赤く染まった。
それは、なんだろう?アニメや漫画で見たことがあるかもしれない、圧倒的な、恐怖。
得体のしれない、恐ろしさ。
一瞬だと思ったのに、それは意外と長く続いた。赤く赤く紅い視界は、自分が今まで感じたことのないもので、自分が今まで心のどこかで絶対にありえないと思っていた『死』を、感じさせる何か。
目の前に誰がいるのか、わからない。
「俺は、仏より気ぃ短いで?」
その声がどこから聞こえてくるのかさえ、わからなかった。
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「いてっ」
「あほか。ヒト相手に術つこてどないすんねん」
「…えぇ~……まぁ、つこた、ゆうても幻術もどきやし、体に影響ない思うで?」
「そういう問題やのうて…」
「えぇやん。あの兄ちゃん見るからに肉弾戦得意そうやし。俺ヒト相手の喧嘩苦手やもん。これが一番穏便穏便!!」
静雄が現状に気づいただろうその頃臨也とリュウはゲームセンターのすぐ前まで来ていた。今頃静雄は何が起こったのか、それ以前に誰と対峙していたのかさえ曖昧になっているだろうと、臨也はため息をつく。
「周囲にも軽く目くらまししたし、えぇやん別に」
「あ~まぁ、そうやけど…」
面倒なのは九十九屋からうるさく言われることであって、別に攻撃系統でなければ普段臨也もそこまでうるさくは言わない。しかし、相手はあの喧嘩人形。普通は何も起こらないことでも何か起きそうで怖いのだ。
否、予測がつきにくくて気味が悪いというべきか。
「とにかく、反省しぃや」
「ん~…それは無理」
「…………はぁ」
とりあえず、新羅に街で出くわしかけたからちゃんと静ちゃんに今週はいないし何もしないと念を押してもらおうと携帯を開く。今週は壊されたくないものを常時持っているのだ。
「お、ホンマにおった。仕事早いなんて珍しいなぁ」
「ほっとけ!」
肩にかかる重みをそのままに、臨也は右肩を見やる。そこには、先ほどまではいなかった黒猫がいた。
「あぁ椿、お帰り。人多くて騒がしいやろここ」
『ただいま。…まったくだ』
決して周囲には…池袋の人間には聞こえないそのうんざりしたような声に、メールを送信しながら臨也は笑った。
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昼休み、来神高校屋上。
「あ、メールだ」
「臨也からか」
「そう。『静ちゃんと出くわしそうになって、しかも連れと喧嘩しそうになったから、ちゃんと静ちゃんに今週はいないってドタチンと一緒に念を押しといて』だってさ…なんで門田も一緒に?」
「お前だけだと信用されないと思ったんじゃねぇのか」
そうして、非日常の中の邂逅は記憶の中に埋もれて消えていった。
あとがき↓
怒っている静ちゃんが難しい…!!ついでにあんまりVSというか…恋愛っぽい方向にならずすみません…!最初と最後はまじめに学校に行っている二人にしてみました。多分、この後静ちゃんは学校行って、臨也が今週いないと言われると思う。そしてどこかもやもやすればいいと思う。で、そのもやもやをイライラだと思っちゃうと更にややこしくなっていいと思う…。
幽玄らしさを出したくて、椿と、あとどこか幽霊というかホラーっぽいところも入れてみました。ヒト相手。っていうところも幽玄だから入れられるかなと入れてみました。
…さて、いかがでしょうか。あんまりこう…引き離してる。って感じではないですが、設定で高1の秋をイメージしているので、無自覚無意識ってことでご了承いただければと思います。それでは、改めまして、リクエストありがとうございました!!
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