あれから何年経っただろう。時折家に一人でいると、ふとそう思うことがある。終戦より少し前、戦線を離脱せざる負えないけがをした自分は、二人の仲間に連れられてこの江戸、闇医者なんぞしている胡散臭いマスク医者の男に預けられた。
当時はまだまだ血気盛んで無理にでも戦場に戻ろうとしていた自分を、薬を使ったり殴ったりして意識を失わせながら江戸まで引きずってきた二人は、自分を置くと無事を確認する間もなく、笑顔で出て行った。
「臨也の奴は元気でやっているのか……」
その笑顔で俺を置いて行った一人、臨也とは、数年前に一度江戸で再会している。しばらくこちらにいたのだが、ちょっとした騒動が起きたのち、ふらりと消えてしまった。便りが来たのはその半年後、京都で暮らしているとのことだった。
「門田さん、親方がなんか呼んでましたよ」
「おぅ、わかった」
それ以来顔は合わせておらず、手紙のやり取りをしてはいるがあちらのことはあまり話さない。こちらの話題に返してくるだけだった。
一度、鬼兵隊の復活という噂を聞いて文を出したことがあった。しかし、返答はあったもののそこに欲しかった答えは何一つ書かれていなかった。それどころか、くだらないこと聞いていないで今の生活を大事にしろと書いてあった。
確かに、助けられてこの江戸で生活しているうちに、色々と考えが変わったとは思う。俺に情報を流すことで真撰組や幕府に漏れることも警戒してはいるんだろう。あいつは、味方にさえも情報を漏らすことを良しとしないやつだ。それに加えて攘夷活動をしていないただの大工。関係ないといわれても仕方がないのかもしれない。
「親方、どうしました?」
「おぅ、なんでも歌舞伎町の方に仮設の歌舞伎座を建てるとかで、手ぇ貸してくれねぇかと連絡が来てよ。ちょっくら行ってくっからついてこい」
「わかりました。…歌舞伎座?」
「何でも、京の奴らだとよ。随分と嫌がってたところを無理に頼み込んだとかで、向こうは手抜き工事しても構わんとか言ってるらしいぜ」
なんでも、頼み込んだのは幕府の上役で、京で評判の彼らの噂を聞きつけた将軍が観たいと言い出したことが原因らしかった。座長達は自分達は京以外で商売をする気はないと言っていたらしいのだが、上様の命だと高圧的に脅されればなす術はなかったらしい。それで嫌々来たらしかった。何でも、交換条件として公演日は座長側が決めるらしい。
「命令ではなかったんでしょう?」
「将軍の望みは命令と同じだってよ。座の用心棒が思わず武器手に取るくらいの脅しだったらしいぜ」
それはまた、苦労しそうだな。と門田はこれから会うであろう歌舞伎座の面々に同情を向けた。
まさか、見覚えのある面々だとは思わずに。
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久しぶりに来た江戸は、その自己主張の激しい人工物を見た瞬間に回れ右をしたくなるほど吐き気のするものだった。
空を飛びかう船に、街を行き交う人間ではない見た目のイキモノ。差別をする気はないが、区別はしたい臨也だった。
座長から役者は街見物というか、鬱憤晴らして来いと暇を出されたのをこれ幸いと、臨也は葉を入れていない煙管を咥え、財布を手に街を歩く。目的地は花屋だ。
久しぶりに来たのだし。と、饅頭屋でいくつか見繕う。
「あら兄さん見かけん顔だねぇ」
「江戸に来たのはひさしぶりだしねぇ。あぁ、花屋ってどこ?」
20個ほど包んでもらったそれを手に、教えてもらった花屋に足を進める。買うのは菊と、カスミソウ。頼まれていた勿忘草。あと、あれば嬉しいと思っているひまわり。
「公演日は全員一致であの日だし、これぐらいの嫌がらせはいいよねぇ」
演目は毎日同じものだが、最終日の楽日だけ意図的に違う演目にした。最終日は江戸で大きな祭りがある。それに行かずにこちらに来てくれるのだからと、特別に京で評判のいいものをやることにしたのだ。もちろん、幕府側にはまだそんなことは言っていない。というか、言う気はない。当日に急きょ変更したとする予定だ。
将軍が祭に顔だす最終日。嫌がらせにはもってこいだろう。
「あぁ、あった花屋」
仮設の歌舞伎座は江戸の大工にお願いするとのことだし、しばらく自分に仕事はない。あるとすれば、警護のためにやってきたとかいう真撰組の相手だろう。監察方だろうがなんだろうが、将軍が来る日以外に譲歩する気はない。
真撰組の監察はなかなか優秀と聞いたが、こんな平和ボケの江戸で優秀ならたかが知れているだろう。
「すみませーん」
とりあえず花だ花。墓参りの花だ。
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突然だが、空から小型船が降ってきたらどうすればいいだろう。新八も神楽もいない万事屋でのんびりとしていた銀時の前に振ってきた小型船と屋根の残骸と船の操縦者を前に、またか!と叫ぶ前にそう思うしかない。
そんな銀時を前に、操縦者…坂本辰馬は豪快に笑うだけだった。
「すまんすまん!まーた酔い止め忘れちょった!!」
バシバシと背中を叩かれたところで、ハッと現実に戻ってきた銀時はすかさず腕ひしぎを決めてお登勢に怒られるであろう元凶に修理の要請とその金額の全負担を約束させるのだった。
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「まったく、てめぇはいっつも言ってんだろうが!言っとくぞ、お前んとこに!」
「じゃからさっきからあやまっとるじゃろ?明日には直るき、」
「そーゆー問題じゃねぇ!!」
怒り心頭の銀時を宥めるために、辰馬は甘味屋へと向かっていた。お登勢には謝罪したし、修理の金も持つといっておいたが、この友人はまだ怒り冷めやらぬ状態らしい。いや、自分のせいだが。
「俺は今日家でダラダラごろごろする予定だったんだぞ?!それをお前は…」
「いやぁ。ヅラとおんしを誘って飲みに行こうとおもたんじゃが、陸奥に見つかってしもての、逃げてきたんじゃ」
あっはっはっはっはと笑う辰馬に、あ、これ死亡フラグじゃね?と銀時は思う。二階が破壊された時に電話も壊れたから、ヅラを誘いに行くというならその時ヅラに連絡してもらおう。
「んじゃま、とりあえず甘味屋だな」
「おぉ、あの花屋の隣にできたあんみつ屋がうまいとおりょうちゃんが言うちょったぞ金時」
「……辰馬くん?」
意気揚々と進む辰馬を追いかける形で、銀時も歩く。普段俺はボケキャラのはずなのに、何故こいつといると突っ込みにジョブチェンジするんだとため息をつきながら。
まぁいい、たらふくあんみつおごらせてやると意気込んで、ついでに神楽達の土産用にも何か頼もうと考える。自分だけ行ったなどとあとで何をされるかわからない。
「おい辰馬、神楽達用に――――――――――
「それじゃ、ありがとう!おまけまでしてもらっちゃって悪いね」
「いいのよいいのよ!こんなにたくさん買ってもらうんだもの、少しくらいおまけしちゃうわ!」
……」
あんみつ屋の隣、夫婦で営むその花屋から、大量の菊やヒマワリを手に出てきたのは、大店の主人のような上品な着物と羽織をまとった、青年。黒く長い髪は後ろでくくり、風に遊ばせている。上品な服の割に、その振る舞いはどこか子供のようだった。しかし、服に着られているという印象は持たない、どこか上品さが感じられる。
花屋のおばちゃんと話す横顔から見えた瞳は紅で、とこか深くくすんだ黒みがかった色。
しかしこれが、感情が高ぶったりすると明るい鮮やかな紅に見えることを、銀時達は知っていた。
あぁその袖口に、仕込みナイフが何本も入っているのだろうと、理屈じゃなく感じた。
その煙管は吸うためだけではなく武器でもあるのだと、昔から知っていた。
自分は弱いからと、全身を武器で固めた、そんな人間であることを、知っている。
「き、金時、ありゃあ……」
隣で、自分と同じく気づいたのだろう辰馬が驚いたような声を上げる。それに浅く頷いて、銀時は歩を進めた。
やがて、花を抱えなおしたその青年がこちらに気づいて、少し驚いたような顔をした後、嬉しそうに、レア中のレアな満面の笑みをたたえて、口を開いた。
「お久しぶり、です」
異人の建てた歪な塔の下で、歪な街に歪に生きる。
あとがき↓
土佐弁わかりません。
少々短かったかと思いますが、進めました。以前再会シーンだけ書いたものがありましたがあれとは別バージョンで。大人達だけで会わせました。いやー、しかし、久しぶりに書くと難しいですね……。
リクエストありがとうございます、いかがだったでしょうか?では、また。
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