昔、セルティと会うより少し前、静雄と会うより前、僕は、一人真っ白な部屋に拘束されて日々を過ごす子供と出会った。
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「あれから、もう20年かぁ…」
『新羅?どうし…随分、古い写真だな』
「あぁ、君に出会うより前だからね」
その日、仕事も来ず休暇気分でいたセルティが見たのは、何枚かの写真を広げて懐かしそうにほほ笑む新羅だった。
のぞきこめば、壁が一つの絵のようになっている部屋で、幼き頃の新羅と、もう一人…どこか見覚えのある少年が、ベッドに腰掛けて微笑んでいた。
『新羅?この、もう一人は…』
「うん、臨也だよ。この部屋はね、臨也の部屋だ。ただし…病院の、ね」
『病院…?』
見れば、確かにそのベッドは病院などで見るもののようで、部屋の中も見る限り簡素なものだ。しかし、その背景にある見事な絵が、風景が、そこが病室ではないかのように思わせる。
「臨也はね、生まれた時から、というわけではないけど身体が弱くて。ずっとここにいたんだ。中学に上がる頃には学校で体育もできる程度の体力つけたけど、それでも結構病弱でね、薬とかで誤魔化してたんだよ」
『……静雄と元気に喧嘩しているように見えたんだが』
「高校時代かい?喧嘩をすると、すぐに僕のとこに来てただろ?あれは、治療もあったけど薬を飲む為でもあったんだよ」
まるで物語を語るように、新羅は語り出した。それは、幼い日の、小さな約束。
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その日、新羅は幼い父に連れられてとある大学病院に来ていた。珍しくマスクを装着していない父に少し目を丸くしつつも、案内されたのは他と少し隔離されたところにある、病室。
「ここのひとがどうしたの?」
「お前に会わせようと思ってな」
ガラ。と扉を開ければ、そこに広がっていたのは原風景のような光景だった。
「わ…!」
しかし、すぐにそれが絵だと分かる。しかし、それはまるで今にも動きそうなくらい、素晴らしい絵だった。
そんな部屋のベッドに、子供が一人座っていた。
「…おひさしぶりです、きしたにせんせい」
少し意外そうに目を丸くしたその子供、それこそが、折原臨也だった。
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「…というのが、まだまだ純真無垢、清楚可憐に見えていた臨也との出会いだったわけさ!あの頃は女の子みたいな恰好してたからね!」
『…確かに、少女に見えるが…』
「臨也の両親の知り合いがね、あまりにも病弱な臨也に贈ったのさ。病弱な男子には、小さい頃女装させると良いって言う迷信だったかな?それにすがってね。そんなもの気休めにもならないと僕らも知っていたけど、心配してくれるのは嬉しいからって、スカートは着なかったけどそれ以外のものは着てたんだ」
ほら。と他の写真を見せられれば、なるほど、どこか女の子のようなデザインの服を着ている。恐ろしいのは違和感のなさだろう。
『…?臨也の両親は、何故写ってないんだ?』
「さぁ、僕も会ったことないからねぇ。この時は海外にいたのは知ってるよ」
子供が病気で入院中だというのに、海外?セルティは分からず疑問に思うしかない。普通なら、側にいるものだと思うのだが。
「この頃の臨也は…というか、本来の臨也は凄いネガティブだよ。会った頃もさ、あんまり警戒して笑いもしてくれなくて」
『今は物凄いポジティブに見えるんだが』
「見せてるだけさ。【情報屋】の折原臨也は、こうでなくちゃいけない。と、臨也自身が決めたんだからね」
だから、臨也の妹達が今現在のようになったと聞いた時、その決心の仕方というか思考回路に、あぁ兄妹なんだなぁと確信した。というか実感した。その妹達は、確か臨也の身体が弱いことは知らない。というか、今この池袋で知っているのは新羅と森厳、そして、今この話をしているセルティくらいのものだろう。あとは、当事者の臨也だ。
「たまに思うよ。臨也が人間愛を叫ぶのは、羨ましいからだろうなってさ」
『羨ましい?』
「五体満足、内臓機能も何もかも、【当たり前】に産まれてきたことをさ」
その言葉に、セルティは言葉が見つからなかった。【当たり前】という言葉が、何故か重く感じたからである。
「昔、臨也はネガティブさを前面に出しててね、何回か聞いたことがあるよ。
『生まれてきちゃいけない人間っているんだね』
ってね。そんな事ないっていったけど、一人に慣れ過ぎてる臨也には馬耳東風もいいところだった」
『………』
「それと同時に、父さんが治療に少しでも関わっている理由がわかったよ。あの人の好奇心が、いつか臨也を治してくれるかもしれない。俺もそう思ったからね」
でも、臨也は外から見れば普通に見えるものの、その実、内情は全く変わっていなかった。
一緒に登校できるようになろうが、どんなに外の話をしようが、臨也は変われなかった。
不規則な仕事を選んだのも、ある意味突然倒れた時、大きな拘束なく過ごし、また死ねるためだろうとも、新羅は考えている。
「だからね、幼いながらに思ったのさ。完全に治療ができなくとも、その痛みを取り除けないだろうかってね」
それが、ある意味医者への一歩だったのかもしれない。その後セルティと出会い、静雄と出会い、門田達と高校時代を過ごし、ここに至っている。
『臨也が切欠か…』
「おや、意外かい?」
『まぁ、意外といえば意外だ』
セルティの臨也への印象は、ふてぶてしい、嫌な男だろう。でも、これをきっかけに崩れるだろうなと、少し新羅は思うのだ。
「多分、セルティも『情報屋じゃない』折原臨也に出会えれば、わかるかもしれないね」
アレは基本構って欲しがりだから。
そう言って笑う新羅は、どこか頼もしく見えた。写真を見れば、同じような笑顔で幼い新羅が笑っており、少しぎこちない笑顔で、幼い臨也が笑っている。
少しだけ新羅を見直したセルティだったが、次の瞬間それは脆くも崩れ落ちた。
「まぁ、病気なのを知られるのが嫌ならそう思われないくらいふてぶてしく見せたらって言ったのも僕なんだけドゴフッ!」
鈍い音と共に沈む新羅を冷ややかに見つめつつ、そうか、臨也の性格がねじ曲がった原因もお前なのか。ともう一発殴ろうとしたその時、セルティの元に着信がなった。差出人は、今話していた折原臨也である。
『あ、運び屋?ごめん、仕事頼まれてくれないかな。緊急だから報酬はずむよ』
そう言って告げられたのは、情報の依頼。と、人を池袋西署付近まで運ぶ依頼。何でも、産業間でのスパイ云々での仕事らしい。いつもよりまともな仕事だな。と思いつつ、セルティは沈んだままの新羅を置いて仕事へと出かけた。
「いったたた…愛が痛いよセルティ…」
ちなみに、見事に急所に入っていた為に新羅が目覚めたのはその五分後だった。新羅も、何だかんだ言って打たれ強い人間である。
散らばった写真を集めて、再び見始める。確かに性格がねじ曲がった一因は自分にもあるが、一番の原因は静雄だと思うのだ。
「それまで、あんまり喧嘩とかしない方だったのに…。僕が言っちゃったからかなぁ…」
臨也が、静雄に会った時何を思ったのかまでは流石に知らない。でも、少しだけ予想できるのは、羨ましいという感情。【当たり前】を突き抜けた丈夫な体に、臨也は一瞬でも思ったはずだ。
「……まぁ、ほんと、死なない程度に喧嘩しなよ…」
静雄が知ったらどうなるんだろうな。と、口止めされている身としては、さっさと知ってほしいなんて思う新羅だった
あとがき↓
突発なので、ちょこっと微妙…。この後、ほんの少しセルティと臨也が仲良くなんてなったら面白い。そんで、ぼこぼこにしたところで静ちゃんが知って何か落ち込んでたらそれはそれで面白い…かも?
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