波江お手製の朝食を食べ、やっと頭の働いてきた臨也の脳は、その前と比べると格段に違う動きを見せた。
まず、何故こうなったかの原因を探るのではなく、仕事関連の面倒な物はすべてメールや電話で片づけ、人と会うことを無くしたのだ。
電話なら、声が多少違っていても風邪だと誤魔化すこともできるし、メールもまた然り。最初に向いた方向が仕事だったことに呆れていた波江は、、今現在女になってしまった臨也の服を買いに出かけていた。
ピンからキリまで…つまり、下着やら靴などの小物まですべて揃えてくると言っていたから、時間はかかるのだろう。既に二時間たっている。
「今日、静ちゃん泊りじゃなくてよかった…。いたらどうなってたかな…」
女の姿だから殴らないだろうか。それとも、『臨也』だから関係ないとでも言って殴るだろうか。それとも、何も言わず朝食のことを口にするだろうか…。いない人間のことを考えても無駄なことではあるが、そうなるかもしれなかったという可能性はあったのだ。何せ、三日前はちょうど来ていたのだから。
相変わらず、外では平気に殺し合い、ついでに何故か菓子をねだってくる喧嘩人形だが、相変わらず何故に自分の自宅に来て、平然とゲストルームに泊まったり自分の寝室にも来るのだからわからない。
やっぱりくたばれ静ちゃん。と呟きながら、臨也は波江の帰って来た音にパソコンの電源を落とした。
「おかえりー。随分長かったねぇ」
「えぇ、とりあえず、3日分の服は用意したわ。靴は似たようなものを見つけて来たけど…」
「ありがとー!それは助かる…け…ど……下着ってつけなきゃダメだよね…?」
「えぇ。つけなさい。それともつけてあげましょうか?」
「…………………頑張ります」
女性はこんなものをつけてるのか凄いなぁと、24年生きてきて今更なような気もすることを思い感動した臨也は、とりあえず。と渡された服と下着などの一式をもって自室へと入って行った。
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20分後。臨也の部屋のドアが、躊躇うように小さく開いたのを見て、波江はため息をつきながらソファに座った。
「どうしたの?サイズが合わなかったかしら。それともデザイン?」
「い、いや…さすが波江さんだけあって、何故かサイズピッタリ、デザイン素敵だけど…さ…。へ、変じゃない…よね…?」
ひょこりと頭の部分だけドアから出してこちらを向くそれは、髪の長さもあってか、ただの少女にしか見えない。この中にあの腹黒さが眠っているのか。そうか。そう少しだけ現実逃避して、波江はコーヒーのカップをテーブルに置いた。
「変かどうかを見るには、でてきてもらわないといけないわね。…着方が変だったら直してあげられるから」
「……う、うん」
そう言って躊躇いがちに出てきた、その姿を見た瞬間、波江は心の中で自分の見立ては間違ってなかったとガッツポーズをした。
「…な、波江…?」
「大丈夫よ。…ちゃんと、可愛く着れてるじゃない」
黄色やオレンジなどの柑橘系色のチュニックに、下はデニムのショートパンツ。サイズを図った時足が綺麗だなと感じて、あえて長い物は買わなかったのだが、これは正解だった。
下に着ている白のキャミソールのリボンがちょうどチュニックのVネックの部分から出せてアクセントになっているし、これでヒールの高い、ロングボーンサンダルのようなデザインの物を合わせたら楽しいのかもしれない。
「大丈夫…?」
「えぇ、可愛いわ」
弟は流石に着飾れなかった波江なので、この際、と頑張って選んだかいがあった。
当人には悪いが、人を着せかえて遊ぶというのはなかなか楽しい。
「座りなさい。そうなった原因を探らなきゃいけないんだから」
「う、うん…。それでさ、俺、一つ思い出したんだけど…」
「?」
臨也は服を着替える前、自室の中をぐるりと見渡した。寝ている間に人体改造など普通はできないので、誰かが侵入したとは考えづらい。そうなると、考えられるのは自分が体内に『何か』を摂取させられたという可能性だった。
そこで、とりあえずここ五日の食べた物をメモに書きだしていたのである。
「…もしかして、それで20分もかかったの?」
「う、はい…」
しかし、それと言っておかしなものはない。
三食ほぼすべて己で作るか、もしくはよく行く露西亜寿司での外食。あとは、波江が作ってくれたり波江と作ったり。それくらいなのだ。
「私が盛ったとは考えないのね」
「?波江が何で俺に盛るのさ?」
「………そう、ね」
無条件で、とはわからないが、臨也は波江が盛ったとは考えなかったらしい。もしくは除外したのだろう。
確かに、どう考えてもメリットもデメリットも波江にはなく、むしろデメリットの方が大きい。
「で?」
「うん。で…あとは…その、新羅から一週間前にもらった睡眠導入剤…くらいなんだけど…」
新羅。岸谷新羅か。
波江がその名で思い出すのは、その男が、己の弟が執着する『首』の本体…と言っていいのかわからないが、『首』の本来の持ち主の、恋人であるということである。
闇医者で臨也とは中学時代からの付き合いだとは聞くが、会ったこともない。よって、その印象だけが強いのである。
「…で?」
「え…や、昨日…飲んで寝た…なぁ…って?」
みるみる機嫌が下降していく波江に、臨也としては触らぬ神に祟りなしの状態である。何故怒っているのだろうかと不安げに見上げると、その視線に気づいた波江が慌ててその怒りを消し去った。というよりは、仕舞った。
「ごめんなさいね、不安なあなたに少しやつ当たりしたわ」
「…う、うぅん」
臨也としては、今自分の目の前にいるのが波江で本当に良かったと思っているのだ。
もしこれが妹達だったら…とか、静雄だったら…とか考えると、本当に波江でよかった。あえて代わりにとあげるならば門田だが、もれなく狩沢達も来そうなので却下である。
「それじゃ、行くわよ?」
「…………え、えぇ?」
「車の運転は私がするから、キーを寄こしなさい」
「あ、はい。…って、どこに?!」
慌てていつものコートを羽織って波江の後を追いかけた臨也に、波江は振り向いて笑った。
「決まっているでしょ。貴方をそんな風にした、原因の男のところよ」
予測や憶測ではなく、どうやら本当に波江は新羅が犯人だと思っているようだ。まぁ、誰だってそう考えるだろう。臨也は、食べるものには殊更気を使う。そんな中、あやしむ事もなくその口に入れるのは、薬だけだ。
臨也の怪我の治療も含めて、これから先その男に任せるのは危ないかしら。とつらつらと考えながら車に乗り込む波江を、顔を真っ赤に染めた臨也が呆然と見ていた。
慣れない、久しぶりの車で色々とチェックしている波江は、幸い気づいていないようだった。
「…波江、それ反則…」
ちょっと本気で、嫁にしてくれって思っちゃったよ俺…。
紅い顔を手で冷やしつつ、臨也も後部座席に乗り込む。
なんとか冷やされた顔は、波江から見ればいつも通りだったようだ。
あとがき↓
新羅さんの家に行く前に、プチファッションショー(?)でした。
女の子が女の子に『カッコいい!』って思うのって、恰好とかもあるかもしれないけど、立ち居振る舞いとか、言動とかでも思うことってありますよね?私だけだろうか…。
そんなわけで、静ちゃんより先に臨也さんに胸キュン(…?)させた波江さんでした。
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