何かがおかしい。と、感じた。
それは確証も何もないただの予感のようなものだったが、しかし、身体全身で感じることのできる予感だった。
仕事もないがと、久しぶりに池袋の街を走る。別に、異常はなかった。
―――――やはり、私の勘違いだったのか?
最近、臨也から仕事の依頼がなく彼自身が不気味なほどに大人しいせいなのかもしれない。
知らない人にはいつも通りの日常だったが、彼を知る人間にとっては静かすぎる日常だった。
―――――そういえば、最近は来良の二人もあまり見ないな。
お互い見かけるとよく話していた二人も、最近はよく会わない。まぁ学生だし、きっと忙しいのだろう。そう思っていたセルティは、その存在に気づかなかった。
―――――!?
いつの間にかすぐ隣にいたのは、自分と同じように漆黒を走る、闇に融けるような色のバイク。違う点とすれば、『それ』は普通のバイクのように動いている点だろう。
フルフェイスのヘルメットの向こうにあるその唇が、愉しげに歪んだのが見える。そして途端に、バイクは自分を追い越した。
気づけば、同じようなバイクがもう一台、今度は横に同じく闇色のサイドカーをつけたバイクがあった。
サイドカーに座るその人間は、フルフェイスではないヘルメットをかぶり、何か喋っている。その口の動きを読めば、その誘いはすぐに聞こえた。
『遊ぼうぜ、首なしライダー』
いい逃げるように加速したバイクに、馬鹿にしているのか、とセルティは彼らを追いかける。自分と同じ漆黒の二台のバイクは、初めて見るはずなのに、どこかすべてを知り尽くすかのように池袋の道を走っていた。
一般人からすればまるで首なしライダーが増えたかのようにさえ見える、その異様な光景。
いつしか、セルティは追うでも追われるでもなくただ速さを競って遊ぶようなそれを楽しんでいた。流石に、あの白バイの男ではこうはなれない。
やがて、二台の車は池袋西口公園の方へと入って行った。
慌てて進路を変えて追いかければ、近くの駐車スペースに三人の人間が立っている。顔は、ヘルメットで見えなかった。
「いやぁ、東京は池袋の都市伝説と手合わせできたのは嬉しかったね」
「まったく。来たその日に会えるとは思わなかったなぁ」
「はは。確かにね。…あぁ、初めまして首なしライダー?」
しかし、声から予測は出来た。男が二人と、女が一人。
もしや何か企んでいたりする奴らか、と身構えれば、サイドカーに座ったままの男がひらひらと手を振った。
「あぁ、獲物を出すのはやめてくれよ。俺達はただ、君と勝負がしたかった。正確にはこっちにいる奴がね」
「ついでに、ご挨拶ってのもあるけどね~池袋に来たのは仕事だったんだけど、貴女にいつかは感づかれるだろうって、リンの奴が言うからね」
「まぁ、そりゃそうだろ?『妖精』なんだ、こっちの世界に関しちゃ、普通の人間よりは敏感だろうさ。なぁ、リオ?」
「アイルランドの…『デュラハン』」
サイドカーに座る―――リオ、と呼ばれた―――男に、己がどういう存在か、それを言い当てられたことに、セルティは動揺していた。ましてや、もう一人の男は自分が妖精だと世間話でもするかのように語り、もう一人の女はそれを当然のように受け止めている。
―――――何者なんだ…!?まさか、ネブラの…
「あ~何か勘違いしてるようだから言っとくが、あんたの正体がわかるのはこいつ…リオの『眼』のせいだ。こいつは、あんたのような存在達が『何者』であるかを見極められる目を持ってる。まぁ、後付けされた知識も相まって、『図書館』なんて呼ばれてるけどな」
「驚かせたなら謝ろう。デュラハン。俺達が君に伝えたかったのはただ一つ。しばらく、この池袋が『こちら側』の事情で騒がしくなることだ」
『こちら側…?』
「化生、物の化、妖怪…言い方は様々なれど、ちょっと厄介なのがこの東京に入ったらしくてね。それを私達は追っかけてきたわけ」
「君が介入してこない限り、我々も君に迷惑はかけない。ただ、君と言う存在は『こちら側』の世界にことにはすぐに気づくと思ってね。事前に伝えに来たわけだよ」
『なるほど…本当に、私のことは巻き込まないんだな?』
「聞こえなかったかな?デュラハン…お前が介入しなければ、こちらも何もしないと言っているだろ?」
少しいらついたように、リオが喋る。すると、パキン、と何かが割れる音がした。
何だろう、と思ってまわりを見るが、別に違和感はない…いや、あった。いくら人通りが少ない場所とはいえ、人の気配が全く周囲にはなかったのだ。
―――――ここは…!?
焦って鎌を取り出そうとすれば、あーぁ。と、残念そうな、何かを邪魔されたような声が聞こえた。当然というか、間違うことなく、自分達と相対している彼らである。
「リオが集中乱しちまったから、人除けと空間の切り離しが解けちまったじゃねぇか…。この符、使い捨てなんだぞ?」
「エコになってないな」
「そういう問題か?くそっ…。じゃあな、デュラハン。確かに伝えたぜ!巻き込まれてからの苦情は受け付けねぇから!!」
『なっ、まっ……!?』
影で彼らをとらえようとした瞬間、空間がまさしく『捩れる』のを、セルティは見た。それはまるで映画やアニメの背景のように、周囲の光景であったはずのものを巻き込んでぐるぐると、捩れていく。
―――――っ……!!
思わず、影で己を包もうとすれば、一瞬で元いた場所…と言っていいのかは分からない。しかし、周囲に人の気配があふれるその場所へと戻されていた。二台のバイクも三人の人物も、もう、いない。
―――――なんだったんだ…。
愛馬にまたがり家へと帰宅しようとバイクを走らせたセルティだったが、『何か』が始まると、その焦燥感は、そして彼らと会う前に持っていた予感は、まぎれもなく真実であることだけは、理解していたのだった。
あとがき↓
久しぶりの幽玄です…。そろそろ進みます。次はー…昔に戻るです。
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