幸せに、なってほしいと思うんだ。
できるなら笑顔で、寂しそうな顔をしないで。
助手なんて言う存在がいたことに驚いて、やっと、誰かを隣に置けるようになったんだと、そこまで、誰かを、『人間』を信用できるようになったんだと、思えたんだ。
性別なんて、瑣末過ぎて関係ない。男だろうが女だろうが、君は『折原臨也』だ。でも、それは俺達にとって当たり前すぎて、君にとっても、俺達からすればそれは当たり前すぎるくらいの言葉だ。
だからほら、祈ってる。
情報を手に生きる俺達は、情報に左右される生き物だから。
君の前に、情報なんて壁ぶっ壊して、抱きしめてくれる奴がいることを、祈ってる。
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「んじゃ、波江さんにもよろしくな!」
「はいはい…助かったよ。まぁ、助かった。ネズミの国はまた今度な」
「や、考えたら、U○Jで足りる。せやから、今度戻って来い!久々に、情報屋組合で遊びにいこ~」
「……………考えとくよ」
夜、21:00。
臨也のマンションの前で、二人は別れの挨拶をしていた。
六実は、これからちょっとした伝手を辿って、次の仕事先のアフリカへ行く。
仕事の内容は至極簡単、そこにいる、音信不通状態の友人を見つけ次第確保。
「俺も行きたいけど…この格好じゃね。またの機会にするよ」
「だなっ!あいつはいつでもどこでも迷うしな。言っとく」
ちなみに、六実は最初に池袋に現れた時と同じ、男装をしていた。
情報屋・浅上の姿は、基本これなのである。
「んじゃ、また今度!あの世じゃない事だけ祈っとく」
「…そう、だね。また、リツ」
ふわりと、寂しそうに笑った臨也の笑顔に、苦笑した六実はキャリーを置いてすっと一歩前にでる。
慰めるように、その唇にキスを贈った。
次の瞬間、物凄い勢いで、目の前の幼馴染が長身のバーテン服の男に抱きかかえられていたけれど。
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静雄がそれを見たのは、新羅に届けるよう言われた薬を持って臨也のマンションが視界に入った時だった。
マンションの前にいるのは、先日、池袋西口公園で会った男と、その男が落としたと思われるロケットを探していた少女。
「やっぱり、臨也の知り合いだったのか…」
しかし、男の方はともかく、少女の方には会った瞬間からよくわからない違和感があった。
見覚えのある顔、聞き覚えのあるような口調…。一度は臨也の親戚だから似ているのかと思ったが、今ここで、自分の何かがそれを否定する。なんだろう、『それ』は違うと、自分の中の自分が言った。
可愛らしい服の上に羽織っているのは、ここしばらく姿どころか声さえ聞いていない、このマンションの部屋を持つ、薬を届ける本人の物。
ふわりと笑ったその笑顔が、性別の違う、会っていないあいつの笑顔とダブって。
男が少女に口づけた瞬間に、訳も分からず走り出していた。
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臨也は、突然自分が瞬間移動したことに目を丸くしていた。
確か、六実からさよならのキス…というかまぁ、挨拶のキスをされた。ただそれだけだったのに、視界がぶれたと思ったら、先程よりも明らかに六実との距離が開いていた。
とうの六実は、面白そうに笑っていて、自分を大事そうに抱えている人間は、顔など見なくても分かる。先日、不運にも会ってしまった、池袋の喧嘩人形だ。
「手前っ…!臨也に何…!」
「え?」
「………あ?」
臨也も、その言葉を放った静雄本人も、その口からついて出た言葉に目を丸くした。
静雄は今、明らかに女性であるそれを見て、それを抱いて、『臨也』と言ったのだ。
「え?え、えぇ?なん、で…」
「え?あ、いや、そ、あれ?手前…」
「はいはい、そこまでー。とりあえず俺はそろそろ行かないと時間に遅れちゃうんで、俺行っていい~?飛行場に行ったら俺放置って誰もいませんでしたなんて洒落なんねぇし」
「ぁあ?」
「あ、う、うん。い、いい……って、ちょ、ま、リツ!」
「言質は頂いた!んじゃな、あとは頑張れ!」
そう言って、キャリーケース片手に、臨也のパルクール顔負けの身の軽さで、すぐにその姿は夜闇の中に消えて行った。
残された二人は、ほぼゼロに近い距離で茫然と立っていたが、ハッと状況に気付いた臨也が、わたわたとその腕から抜け出す。
「え、っと……あの、その、静…!」
「…………やっぱ手前、臨也、か」
つい口をついて出たその呼び名を半分で押しとどめた所で、静雄はその言葉を口にした。
それは疑問と言うより確信で。
驚きと言うよりは安堵の呟き。
一週間以上も何をしてたんだとか、そんな言いようのない怒りではなく、込み上げてきたのは本当に純粋な、嬉しさや安堵。
気づけば、静雄は目の前の少女を…臨也を、抱きしめていた。
「っ…」
「良かった…死んだとか、思ってたじゃねぇか……」
「し、ず、ちゃ……」
「ほんとに、よかった……」
そう言って、もっときつくと抱きしめて、お互いがその顔を、唇をもっと近づけようとした時だった。
ポン。とした音と共に、臨也の服の襟についていた小さなボタンから旗や紙吹雪が小さく舞った。
「…………」
「……あ」
臨也が気づいて、近くに石を重しに置かれた紙を拾い上げる。
『そう簡単にリンを嫁に出すか、ボケ』
「……」
「………リツ…」
いつのまに、ということを、二人は思わなかった。
思っても無駄だろうという思いなどが確信として根付いていたからであり、臨也にとっては今更な気もした。
やがて、小さな沈黙の後、臨也が静雄を見上げた。
「…え、と、それで…どうしたの?新宿まで?」
「は!?え、あ、いや、手前が…!」
「?俺、が?」
いつまで経っても池袋にはこねぇし、電話しても出ねぇから心配で来たんじゃねぇか…!
………とは、口に出さず、静雄は近くに落としてしまっていた、新羅からの薬をつきだした。
「し、新羅の奴が、届けて来いって…!」
「え…あ、あり、がとう……」
手に置かれたその薬をまじまじと見つめる。
…こんなもの、頼んだだろうか。
「じゃ、じゃあ、俺は帰るぞ!」
「え、」
「しゅ、終電のがしちまうからな。歩いて帰んのも面倒だし…」
「終電なら、もう、多分出たけど…」
その言葉に、静雄は時計を見る。
固まっていた時間が長かったようだ。時計の針はちょうど、終電の発車時刻一分前。
「…あ~…」
歩いて帰るしかないか。そう、思った時だった。
クイ、と、静雄の服の裾が引っ張られる。
「?」
「今日、は、波江いないし…客間、に、と、泊まって、く?」
不安げに見上げられて言われた言葉に、寂しそうなそれに、静雄は拒否するという術を持つことができなかった。
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「何だ、やけに楽しそうだな」
何とか間に合ってその機体に乗り込んだ六実に、そのパイロットは気味悪げにそう問いかけた。
「そうか~?今度はあいつ、どこら辺で迷ってるかと思ってさぁ」
さて、どうなるだろう。
まぁ、どうなろうがどうあろうが、あの男ならいいかな。と思う。
「…ま、嫌がらせの一つや二つや三つや四つ、覚悟しといてくれ。喧嘩人形」
大事な幼馴染を嫁に出すんだから。
んでもって、そんな簡単に、くっつけてあげようとは思わないけどね。
あとがき↓
甘くしすぎたので、最後の方でオリキャラの方にしめてもらいました。
もう少しで完結です。
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