臨也の朝は、早い。
どんなに遅くに寝ても、遅くて6時には目が覚める。これは既に習慣というものだろう。高校時代は授業をサボって屋上で昼寝したりしていたし、情報屋である今も、家で仕事をしているので寝ようと思えばいつでも寝られる。特に、優秀な助手を雇ってからは仕事の負担も軽くなった。
とはいえ、忙しくなることもある。
その証拠に、ここ数日睡眠という睡眠を取らずにパソコンの画面や資料とにらみ合い、電話で連絡を取り合ったりメールで情報交換をしたりと忙しかった。流石に助手の彼女をそこまで働かせる気もなかったので、彼女は定時で上がらせていて、仕事終わりの今日と、明日は休みである。
「ん……」
目を開けて、サイドテーブルの時計を見る。ぼんやりとしていた視界が焦点を合わせて行くと同時に、あり得ない時間に跳び起きようとして、
「って…!」
失敗した。起き上ろうとしたら腹筋辺りで何かによって阻止されたのである。
「なんなの……って、あぁ…」
臨也を背後から抱き枕のように抱えているのは、静雄だった。
いつものバーテン服ではなくスウェット姿の静雄は、臨也が起きたというのに全く気付かず寝ている。
……現在時刻、七時。起床時間の最高記録を達成してしまった臨也としては、起き上りたい。が、このバカ力に何を言っても無駄だということをも身をもって知っている。
静雄が来たのは、確か昨日の23時頃だった。波江は定時で上がっていていなくて、もう少し資料整理してから寝ようと思っていたのだが、いきなり来た静雄によって風呂に入らされ髪を乾かされ、あれよあれよという間にベッドに引きづり込まれたのである。
いったい何なのか。
そうため息をつきつつも、臨也は静雄の身体を揺らした。
自分だって正直まだ眠いとは思っているのだが、体にしみ込んだ生活習慣とは意外と厄介で、働けと命じてくるのである。
「しーずーちゃーん。この腕といてー。俺朝ご飯作りたいんだってばー」
「…ん…」
「静ちゃんだって食べるでしょ。ねーってばー」
背を向けていた体勢から何とか静雄と向かい合い、顔をぺしぺしと叩くが、それでも効果なし。
「静ちゃーん。平和島さーん。…………しーずーおー。起きてってば」
「……ん~…」
呼び慣れない名前で呼んでも、まともに起きてくれない。
これはあれか?新羅に言われて俺の睡眠薬服用生活改善計画第〇回としてきたわけでなく、ただ単に人を抱き枕にしに来ただけか。どっちも嫌だが後者の方が嫌だ。
とりあえず、何とかこの拘束から抜け出そうと動こうとした時だった。
本能で察知したのか、静雄の腕が緩かった拘束を強いものに変える。
「ブッ、ちょ、静ちゃん?!起きてんじゃないの?!」
「……るせぇな、眠ぃから……もう少し…」
「んぎゃっ!ちょ……」
抜け出そうとしていたためか、いつもは15㎝も開いていて見上げないと見えない顔が、すぐそこにあった。しかも、近い。
近い近い近い。
「……静ちゃん…?」
恐る恐ると呼びかけると、寝息だけが帰ってくる。どうやら寝ぼけていたらしい。
どうせなら寝ぼけて蹴り出してくれたらよかったのにと思いつつ、臨也は諦めたようにため息をついた。
心地よい体温と、伝わってくる心音が眠気を誘う。
先程まで動けと言っていた身体は、その命令を『眠れ』に変化させていた。
********************
「…ん…?」
静雄が目を覚ますと、時刻は11時を回った頃だった。つまり、約半日寝ていたことになる。
ボケっとしつつも腕の中を見ると、昨夜確保した臨也が熟睡していた。しかも、こちらに背を向けていたはずなのにいつの間にかこちらを向いていて、自分のスウェットをギュッとつかんでいる。
「……」
時々、こいつを可愛いとか思う俺は病気なんだろうか…。そうか、病気だな。新羅に見てもらおう。
そう思いつつ、そろそろと頭を撫でると、寝顔が笑顔に変わる。試しに、スウェットを掴んでいる手を離させようとすると、その顔は眉間に皺を寄せた。
……俺にどうしろと…。
しかし、そろそろ腹も減ってくる。
昨日の夜、セルティからまた臨也が睡眠薬に頼り始めたと聞きやってきたから、昨日の夕食・今日の朝食と二食分食いっぱぐれている。ここで昼食も食べれないとなると、自分としてはきつい。
「……臨也、おい、起きろ」
「…ん~…やぁ…」
「やじゃねぇっつの…昼飯食わないで呑みに行く気か?」
そう、今日は四人で、高校時代からよく行く居酒屋に行くという約束をしていたのだ。何も食べないで呑むのは身体に悪い。というのは、新羅の言葉である。
「おい臨也…」
「んにゃ…しずちゃ………」
…
……
……………
よし、やっぱり後で、いや今すぐに新羅に診てもらおう。
そう思いつつ、そっと唇に指をあてる。
「…ん…」
起きない。
ジッと見ていると、何だかその、意外と柔らかい感触に引き寄せられて。
気づけば、重ねていた。
「………いやいやいや待て俺」
今俺は何をした?意外と柔らかくて気…いやいやいやいやそうじゃなくてしっかりしろ。相手は臨也だぞ臨也!
―――――しばらくお待ちください―――――
…よし、これは夢だ。寝よう。寝たら忘れているぞ俺。
そう現実逃避しつつ、もう一度寝なおす静雄だった。
が。
お約束というものは存在しているもので、目を閉じた静雄の下で、顔を真っ赤にして、それでも寝たふりをし続ける臨也の姿があった。
静雄が混乱していたからできたことだろう。
(…ゆ、夢だ夢夢夢夢。うん寝よう!)
………似た者同士である。
********************
「おい臨也、これも食え」
「え、ちょっと俺もうお腹いっぱいなんだけど。静ちゃん食べなよ。俺飲んでるから」
「ふざけんな。朝飯も昼飯もくわねぇで飲んでばっかいんな」
18時、池袋某所の居酒屋で、四人は予定通り飲んでいた。
うち二人は、一方的に箸で他方の口に料理を放り込んでいたが。
「いつもとは逆の光景だねぇ」
「だな。いつもなら好き嫌いするなって臨也が放り込んだりしてたな」
「んなっ…。何年前の話だよ」
つい六年ほど前の話である。
「静雄もなんだかんだ言って過保護~?」
「アホか。おら、臨也。これも食え。あとこれも」
「ちょ、口に突っ込むな。モグッ……」
あぁもう、これを池袋の住人達が見たらなんていうだろうか。阿鼻叫喚?空前絶後?世界崩壊?後はどんな四字熟語が似合うだろう。それなりに見知っている自分達には見慣れた…というか、そろそろ進んでほしいな~とも思う光景なのだが。
門田は、狩沢あたりなら食いつくんだろうかと、ちょっと遠い目をする。
「む~…あ、じゃあこれ。次食べる」
「ん」
いつもより、臨也が素直で、というか静雄をおちょくらない事もこうなっている原因だろう。だろうが…。
「んじゃあほら、静ちゃんも食べなよ」
「あ~はいはい」
頼むから、自分の箸で食べないか…?
そう、心の底から思う二人である。
ついでに、
「臨也…」
「ん?ふぁに、ひんら」
「え、あぁ、飲みこんでからでいいよ。その…さぁ、
何で、静雄の上に乗ってるのか聞いてもいいかな?」
ここは座敷なので、新羅も門田も、静雄も胡坐をかいたりして座っている。
しかし、臨也は静雄にその組んだ足の上に乗せられてから、ずっとそのままだ。
「知らないよ。昨日から静ちゃんこうだもん。俺はもう諦めたし」
「へぇー…昨日から………」
昨日から……?
新たに増えた悩みの種に、間が悪かったのかさっさと自覚の一つもしてくれないこの二人が悪いのかと思い悩む、新羅と門田だった…。
あとがき↓
どう閉めようか悩んだので、四人で呑んでもらって、新羅とドタチンに悩んでもらいました。保護者というか、この二人がいると書きやすい気がする。いつもより、というかいつも以上に密着度高め、静ちゃんのこれまでにない症状(?)を含めてお送りしましたが…これはいちゃいちゃになるのだろうか…。
ちなみに、書いてる途中で想像した場面↓
「新羅…この症状って何の病気だ…?」
「う~ん…それはねぇ静雄…」
『KO☆I』ってやつだよv
その言葉に、セルティと静雄の容赦ない拳が入った。
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