久しぶりに更新です。やっとこさ森厳さん登場。時間軸は現代。
ガスマスクな方なので、表情を表せないのが難点…。
『首』。
それは、己がかつて盗み、そして、友人に奪われたそれ。
その首も、今は息子の友人…と言っていいのか分からない情報屋の元にあり、手を出すことはできない。
その気になればその存在ごと消すことは可能なはずなのに、そうしようとすると、体が芯から冷えるような悪寒を覚えるのだ。
それが何故かは、覚えていない。わからない。しかし、かつて首に宿った魂の半分を封じて大人しくさせるために夏の京都をかけずり回った苦労が、もう水の泡だとしか思えなかった。
『身体』であるセルティを解剖できた事が唯一の行幸であり、『首』の所在を把握できている事が救いなのかもしれない。
脳裏にこびりついて離れないのは、夏の京都、そこでであった、顔も、声も、姿かたちすら覚えていない、しかしその『モノ』が自分に告げた言葉。
――――――――――岸谷森厳。これは契約。そう…先日まで西洋にいた貴様に言わせるなら、メフィストフェレスとの契約と同義。貴様は、我らの姿も、声も、何も覚えない。その代わりにこの言葉が契約の鎖として貴様を縛る。契約の終了は、貴様の死。そして、『我ら全員』の死。川を渡らぬ限り、契約は果たされ続ける。
それは、真実だった。
首の『魂』を封じた仕組みに興味を持って調べようとするだけで、言葉の主達を捜して解剖しようと関西に脚を向けただけで、心臓は軋み、頭が割れるように痛み、果ては様々な偶然が命を狩り取ろうと自身を襲った。
それを数十回繰り返して、やっと、それが真実であり、様々な痛みや偶然の事故も、契約によってなされる必然であると理解したのだ。
『首』を奪われ、その契約がどうなったかは知らない。しかし、考えないようにしているのは事実だ。矢霧製薬を吸収合併したものの、結局『首』は情報屋の手元。
「どう、すれば……」
あれから、もう20年ほど経つ。『首』に封印をかけてもらったのは、その数年後。
今や、森厳が『首』に対して思うのは、この契約の対象が己であるのか、違う人間になったのかである。
契約した『モノ』達が、どれだけの数いたのか分からない。一人ではなく、しかし二人や三人と言った数ではない。
少なくも、しかし多いとも言えぬその数の『モノ』達は、人外とも言える力を持って、『首』を見守っているに違いないのだ。
その力にさえ魅力と興味を感じて、解明したい解剖したいと感じるのに、手を伸ばす前に、染みついた契約の恐怖が身を襲う。
絶対にその『モノ』としてあり得ない人間達しか、狙わないようにしているのは、自分が直接的だろうが間接的だろうが関わって、それによる苦痛を恐れたからだ。
いつもいつも、命を取られる寸前で止まる、契約ゆえの生と、契約ゆえの苦痛。
それが、十数年前から森厳が抱えているものの一つであった。
********************
「臨也、宅配便が来ているわよ」
新宿の、折原臨也のその事務所に、『それ』は唐突に届けられた。
そろそろホテル住まいも危ないか。という臨也の一声で、波江はこのマンションの、事務所と臨也の自室である回のちょうど中間にある部屋を買ってそこで住むことになった。つい先日の事だ。
玄関先で渡されたそれは、重くもなければ軽くもなく、あえて言うなら、百科事典一冊分ほどの重さ。
「宅配?」
「えぇ。随分小さな箱で…京都から。となっているのだけれど」
「ふぅん…。依頼先は?」
そう言われて伝票を見ると、そこには京都の住所の下に、人名ではなく、どこかの施設名が書かれてあった。名は…
「六つの楽しい園…『六楽園』って、書いてあるわ。児童養護施設、六楽園」
「え?うっわ珍しい。いつもなら家の方に送ってくるのに」
園の名を言うと、臨也は仕事の書類を置いて波江の元まで小走りで寄って来た。その伝票を見ると、確かに『六楽園』と書いてある。
「どういうところ…なの?」
「保育所も隣接してる、結構大きいところだよ。今も情報屋としての給料の七割はそこに仕送りしてるし…」
「七割!?」
「うん…。あれ、何か変なこと言った?」
臨也の年収は、下手な大富豪なんぞ足元にも及ばないだろうくらい高い。人を雇った事がないからと言って、波江に出す給料の値段を躊躇わずに出すほどだ。一瞬、桁が多いのではないかと思った事は秘密だが。
そんな臨也の年収の、七割。どういうところなんだと思ってもばちは当たらないだろう。
「い、いいえ…。それで?」
「あぁ、それで、小学校まで俺が暮らしてたとこ。えぇっと…『なまもの』?何送ってきたんだろ…」
がさごそと荷物を開ける臨也に、波江は意外な事実の連続で口を挟む暇もない。だが、その住所が京都だという事は、その間に、先日の臨也の京都弁は身についたのだろうと、ぼんやりと思った。
「さぁて…と。何がはいっ……て…」
「?臨也?」
臨也の声が固まった。それに気づいて、座りこんでいた臨也の手元を覗き込むと、その臨也の手元にあったのは。
「………猫…?」
全身が真っ黒な、黒猫。子猫から大人へと成長するちょうどそれくらいの体躯をした、鮮やかな毛並みの、黒猫。
目をパチパチと瞬かせて、その猫は臨也をじっと見つめていた。
しかし、ここで問題がある。
先程波江が荷物を受け取ってから臨也に渡すまで、少なくとも箱が動くとか、何かが居るようなといった気配はなかったのである。しかも、考えてほしい。これは『宅配便』で送られてきたのだ。トラックに、もしくは飛行機に積まれて、この新宿に、京都から。
……この猫は、それなのにやせ細った気配さえない。
「……何で、ここにおるん?椿…」
呆然としながらも呟いた臨也の言葉に、猫はニャア、と一声可愛らしくないた。そしてそれに被るように、まるで頭に響くように『声』が響く。
『久しぶりに、お前に会いたくなった。リン』
あとがき↓
幽玄の続きをお送りしました~。前半森厳さん。後半情報屋です。
今回登場した猫の椿は、02でも登場したあの猫さんです。宅配便はとある…アニメ?からネタをお借りしました。猫の椿が持ってきたとある『問題』が、今回のお話。
次は、ちょこっと時間が撒き戻って、臨也さんが東京に戻って来た時の予定です。
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