欧州・フランス。
そのとある屋敷の玄関先で、二人の青年がにこやかに話していた。
『日本に帰る、かぁ…寂しくなるね』
一人は、シャツにジーンズというラフな格好に、少し長い金髪を後ろで括っている青年。少しだけ生えた無精ひげのある顎を指でなぞりつつ、ほんの少しだけ目を細めた。
『一生戻ってこないわけじゃありませんし、妹達が来たいと言ってましたから連れて来たいとは思ってますよ』
もう一方は、外出着、といった感じの、上品なコートを羽織った、黒髪の青年。後ろ髪が半分ほどうなじを隠すその黒髪は艶めいていて、しかしそれより印象的なのはその赤い瞳だった。そしてその青年の傍らには、少し大きなキャリーバッグが置かれている。
『日本は今、桜の時期かな?いいね、お兄さんも見に行こうかな』
『東京は、もう少ししないと無理でしょうけど…京都や九州なら、そろそろいい時期だと思います。それこそ、あちらにいる方に聞いた方がいいと思いますけど…』
『うん、そうするよ。日本に行ったら花見がしたいなぁ。君も来る?』
『え?いやいや、俺なんか場違いですし…皆さんだけで、楽しんでください』
彼らが話すのは、現在地の言語であるフランス語だった。
金髪の青年はもちろんだが、黒髪の青年もまた、その言葉は流れる水のように躊躇いも迷いもない。
『あぁ、そろそろ出発しないと、飛行機に間に合わないっ…!』
『送ろうか?』
「あぁいや、大丈夫です。バス停の時間覚えてますから!それじゃあ、先生。また!』
『そうだね。またおいで。待ってるよ!!
イザヤ!』
黒髪の青年はキャリーバッグを引きずりながら、慌てて、しかし普通の人間よりもはるかに速いスピードで走っていく。身のこなしは相変わらずのようだ。
そういえば、彼の障害物をもろともせずに走りかけ抜くその技を見た時、自分のみならず、悪友や他の連中も思わず茫然としたのを覚えている。
バスに間に合うと良い。そう思いつつ、彼はふと、床に落ちている一つの手帳を見つけた。
パスポート…では、ないようだ。バッグから落ちたのだろう。
『おやおや…相変わらず変なところで抜けてるな、あの子は』
拾い上げて少しだけ中を見ると、自分が知るより若い、黒髪の青年の姿。
おそらく高校時代だろう。彼はよく、高校時代のことを話題にしていたから。
『菊にでも送って、届けてもらおうかな』
一番、多く写真の中にいるのは、染めた金髪の少年だ。何かを食べている写真が異様に多い。
あと、タバコを吸っていたりとか寝ていたりとか、やけに服がぼろぼろで…喧嘩をした後のような、恰好。
『どんな子なのかな?』
一番写真に多く写っているということは、それなりに親しくて大切な相手なのだろう。
恋や愛にはあまり興味がないといった顔をしていた子だったが…。
『この子がその原因、かな?』
フランシス・ボヌフォアは、手帳を手にくすりと笑う。
今頃、手帳がない事に気づいて絶叫しているかもしれないなと、黒髪の青年の様子を想像して。
そして案の定、フランス、シャルル・ド・ゴール国際空港にて。
「………手帳が…ないっ…!!」
友人の闇医者からもらった写真入りの手帳がない事に気づき、しかしもう飛行機に乗る時間なので、青い顔をしている青年―――――折原臨也の姿があった。
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