「臨也、」
「ん~?何静ちゃん。俺まだ何もしてないよね、今日」
じゃあこれから何かするつもりだったのか。とは聞かず、静雄はパラパラと流し読みしていた雑誌から顔をあげた。
「タルトって、作んの面倒なのか?」
「は?」
「や、家で……」
あぁ、そういえば、昨日の夜有名スイーツ店の特集番組とかやってたっけ。と、見てはいないが妹達がキャーキャー騒いでいたので知っている臨也は納得した。
静雄もそれを見ていたのだろう。
「で?」
「いや…こんなの家じゃ作れないって、親と弟が話してたから」
確かに、面倒ではあるが…
「俺がいつも行く、結構品揃えがいい店だと、タルトの生地が出来上がってるやつも売ってるよ?」
「そうなのか?」
「うん。業務用とか売ってる店なんだけどね。もう下の部分だけできてるやつ」
最初にタルトを作る時は下手に失敗したくないからと、それを使っていた記憶がある。
「へぇ…お前は?」
「ん?俺?今は全部自分で作ってるよ。その気になれば全部作れるし、後は慣れだよ。仕事で作ってる人とか、ちゃんとしたオーブンには敵わないけどさ」
とか言いつつ、静雄は臨也の作った菓子より美味しい物を食べたことはない。
臨也が作るという意外性なのか、それとも自分がそれ以上の物を食べたことがないからなのか。
「そうか、作れんのか」
「うん」
「俺んちでもやろうと思えばできるってことか?」
「多分ね~」
「で、お前も作れんのか」
「前に作ったことあるからねぇ」
「……じゃあ、今度作ってこいよ、タルト」
「あ~はいは…い?」
今何と言いました?
作ってこいと?そして俺、はいって言っちゃった?言っちゃった?!
「っし!んじゃ、明日な」
「明日ぁ?!ちょっと待ってよ、材料買って、えっと、明日の一限はサボっても大丈夫だから何時に起きればいいんだろ…えぇっと…」
言っちゃったとか思っている割に、要求を叶えるために既に時間の逆算をしている辺りがおかしいとは思わないのだろうか。
珍しく混乱しているのが顔に出まくっている臨也を眺めつつ、明日の菓子はタルトか。と、既に静雄は確信して雑誌に視線を戻す。
「あ~あ~…静ちゃん、中身のリクエストはっ!?」
「お前が作って持ってくるんなら何でもいい」
「あぁそうありがとう!俺次の時間サボって材料買いに行ってくるから新羅に伝言よろしく!!」
分かった。という暇もなく、臨也は屋上から既に階段を下りていた。速い。
おそらく鞄を持って、二階から飛び降りて帰るのだろう。
そして、新羅に伝えるということは次の時間は授業に出ろということか。
仕方ない。と、静雄は立ち上がったところで、ふと思い出した。
「あいつ、ボロボロの制服のまま買い物に行く気か?」
実を言うと喧嘩をした後だった。校内の廊下を余すことなく走りきっての屋上。自分はそこそこだが、臨也は既にボロボロの制服だ。
「まぁ……いいのか?」
静雄は知らないが、行くその買い物先は既に臨也のその姿を見慣れているので問題はなかったりする。それどころか手当までしてくれるほどの親切さだ。常連であるゆえだろう。
翌日。
「はい、これね」
「お~……いただきます」
不気味なことに喧嘩一つせず、可愛らしいレモンクリームのタルトを頬張る静雄と、それを一つ手に取りつつ、お茶を入れている臨也の姿があった。
「なぁ、他には何作れんだ?」
「えぇ?あ~……」
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