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その日は、普通の日のはずだった。
喧嘩をして、飯を食って、喧嘩をして、帰る。そのはずだった。
ただ、修学旅行なんて言うめんどくさい行事の準備があって、クラス混合の為に見事、班分けでいつもの四人になって一悶着あって。
その後、やっと収まって昼飯、と、なるはずだった。その後、サボりでもして帰る、はずだったのだ。
バカな連中がお礼参りなんぞに来て、あのバカをあそこまでキレさせなきゃ。
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「あ~…修学旅行かぁ。定番の京都・奈良とはね」
「臨也はあっち詳しいだろ。どこがおススメ?」
「ん~…寺とかはどうせクラスで回るところに決まってるんだし、俺としては個人行動したいんだけど」
「悪いが、それはダメだな。目を離すなと言われている」
昼休み。
修学旅行の計画を三人は屋上でのんびりと過ごしていた。
「俺より静ちゃんじゃないの?」
「そうかも知れんが、お前ら二人と言われたんでな」
「え~…俺、知り合いに会いに行ってそのままちょっと…」
「それは修学旅行じゃねぇだろうが」
パンフレットや、提出義務のある班行動を記すプリントを広げていた臨也は、ため息をついた。
静ちゃんに寺社仏閣とか似合わないし、大阪で食い倒れツアーでもした方が楽かもしれない。
「…そういや、静ちゃんは?」
いつも隣で昼ご飯を食べている人間がいない。そういえば、最初からいなかったような気もする。いかに新羅達の目を盗んで個人行動をするかに悩んでいたから、全く気付かなかった。
「あいつなら…ほら、グラウンドで喧嘩中だよ。あれ、臨也じゃないの?」
「ハァ?俺じゃないよ。大っ体、俺が糸を引かなくても静ちゃんに喧嘩売るバカはたくさんいるって」
そう言われつつも、と屋上から見下ろすと、確かに、金髪の喧嘩人形が大立ち回りを繰り広げていた。
「元気だねぇー…」
「このままだと、昼は倍食べそうだよね。購買から買ってこようかな…」
「自分で買ってくるでしょ。…って、ン…?」
「臨也?」
携帯…?
メールでも来たのだろうか。そう思った直後、臨也は屋上のドアを勢いよく開けて、今まで見たこともないような速度で階段を駆け下りていく。
「ちょ、臨也!?」
「おい!?」
二人が慌てて上から見下ろすと、既に臨也は階段を飛んで降りたらしく、姿は見えない。
いったい、何が起こったのだろうか。新羅と門田は顔を見合わせる。
もしや、外に…?
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臨也は、階段を跳んで降りながらも、焦っていた。
原因は一通のメール。妹二人からだ。
内容はよりにもよって、
『学校今日午前だけだから、臨兄を迎えに行ってあげるね!』
ときたもんだ。
二人のせいで午後の授業をさぼることが決定するのはまぁいいとして、よりにもよって、今、外では………
「ちょっと、どいてっ…!」
奇特なことに下で見ていた野次馬をかき分けて、臨也は一番前に出る。喧嘩はまだ始まったばかりで、どんだけかき集めたんだと言うほど人数は多かった。
そして、その中で、自分にとって一番バカなことをしている奴が本当にいることを『視認』した、時。
不運にもその周囲にいた人間は、何かが切れるような音を耳にしたという。
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一方静雄は、卑怯にも小さな子供を人質にした人間と相対していた。周りは、それをいいことにニヤニヤと笑いながら自分の周囲を固めて行く。その前に、何故にランドセルを背負った小学生がこの時間にここにいるのかが疑問なのだが。
というか、この顔、どっかで見覚えが……
そう、記憶の中で探している時だった。
子供を抱えた男二人が、勢いよく吹っ飛んだのは。
「………は?」
見れば、子供二人はその場にしっかりと立っていた。捕まった時から全く変わらない、危険を感じていない顔。
しかしそれは、子供二人のすぐ横にいた男によって、パッとした笑顔に変わった。
「臨兄!みーつけたv」
「……帰(帰ろう)…?」
それは、臨也だった。そうか、臨也の妹か。そう言えば双子だと言っていたし、目の色は臨也と同じ赤。顔立ちもまぁまぁ…似ている。ついでに、度胸や食えない態度も兄貴譲りということだろう。
一方の臨也は、学ランの上着を脱いで上はシャツ一枚になっていた。屋上にでも置いてきたのだろうかと思ったが。よく見ると左手にそれを掴んでいた。
「臨兄?」
「……九瑠璃、舞流。ちょっとお兄ちゃん遊んでから帰りたいから…そうだな。この円から一歩も出ないで、周りの見通しが良くなるまで待っててくれないか?」
喧嘩を売って来た男が持っていた鉄パイプで、少女二人の周りにぐるりと円を動くと、臨也はにこりと笑った。
それは、静雄の背筋に悪寒が走るかと思うほど気味の悪い笑顔で。
周囲の人間も、臨也から静かに放たれている寒気で、動けずに固まっている。
しかし、空気を読んでいないのか読めないのか、双子は元気に頷いた。
「いいよ!臨兄、めいっぱい遊んでね!で、帰ったら私達とも遊ぶの!」
「……菓(おやつも)…」
「いいよ。あぁ、じゃあ学ラン預かっといてくれ。この円から出たら、お前達の負けだ。そしたら、帰ったらおやつはなし」
温度差のある空気が混じり合って、何だか怖い。
しかし、その原因である臨也は淡々としていた。
そして、そこから先は、人数差など無視した、喧嘩というよりは、ただの、一方的な『征圧』。
僅かなりとも妹二人に見せていた笑顔が消え去ったかと思うと、臨也は俊敏な動作でまず一人目を投げ飛ばした。
それによって、固まっていた空間が一気に動いて、周りの人間も一斉に臨也に殴りかかる。
「っ、臨也!」
加勢した方がいいのだろうかと、固まっていた自分も手当たり次第に周囲の人間を殴り飛ばして進むと、6人ほどの、入れ替わり立ち替わり代わる喧嘩相手に、息も上がらせずに立ちまわっている臨也がいた。
入れ替わり立ち替わりとなるのは、臨也が殴り飛ばし、あるいは鉄パイプやナイフを奪って気絶させたり相手の急所に近い部分を躊躇いもなく切って、戦闘不能にしているからだ。
静雄は、茫然と立ちすくむ。
意外だった。臨也が、自分のナイフを使わずに相手を殴り飛ばして蹴り飛ばして、まるで自分のように『喧嘩』しているのだ。
しかも、あの人数相手に圧倒的優位に立って。
思わず手を貸そうと一歩踏み出すと、冷静な声が後ろから聞こえた。
「止めた方がいいよ~」
「…お前、臨也の……」
「ハジメマシテ、平和島静雄さん!臨兄から良く聞いてますよ~?貴方と、新羅さんって人と、ドタチン?えっと…門田さんって人のこと」
ニコニコと喋る双子の片割れも、大人しくその隣にいるもう一人も、臨也の言いつけを守って描かれた円からは一歩も出ていなかった。さっきと違うとすれば、ランドセルを降ろしているところだろう。
「お前ら、逃げた方が…」
「……兄…不出(お兄ちゃんが…出るなって言った)…」
「そう!臨兄が出るなって言ったんです。だから私達は出ません。それに、あの状態の臨兄に逆らって、私達は良くても、貴方が無事とは限りませんから」
「んなっ…。あぶねぇ!」
その時、静雄が先ほど殴って昏倒させたはずの男が起き上り、鉄パイプを振りかぶった。狙うのはもちろん、この中で一番か弱く見える、二人の少女。
だが、静雄がそれを阻止するために相手を殴り倒す前に、人が『飛んで』きて、その男をもう一度夢の世界へと旅立たせた。
「……」
「ね?臨兄の言うこと、守ってないと危ないでしょ?」
「………あ、あぁ、そうだな…」
気づけば、数は一ケタに減っていた。臨也の表情は、良く見えない。笑っているのか、怒っているのかさえ。
「静雄さんも、臨兄の神経逆なでするのは簡単なんですよ~?そしたら、臨兄、火事場の馬鹿力付きで、本気で静雄さんと殺し合いしますから」
「あ…?」
「……殺(私達を殺すって、言えばいい)…」
「実行に移すともっといいね!ね、簡単でしょ?」
その言葉は、自惚れているわけでも、妄想しているわけでもなかった。真実だった。
それが、先程吹っ飛ばされた男によって証明されている。
そして、いつの間にか、その場で立っているのは、静雄と、双子と、そして臨也の四人しかいなかった。
「あ、終わった~?臨兄~!!こっから出るよ~?」
そう大声で言ってから、双子はランドセルを手にとって、死屍累々となっているその中で唯一立っている臨也の下に、何も恐れることなく駆け寄った。途中、倒れた人間を、堂々と踏みつけて。
「あぁっ!臨兄怪我してるよ。唯一の目に見える長所が!!」
「……治(手当しなきゃ)…」
「…そう、だな」
双子のランドセルを臨也が持って、臨也の学ランは双子二人が持って。
「…ごめん、静ちゃん!俺今日帰るねー」
こちらを振り向かずにそう言った臨也の声に、咄嗟に声を返すことしか、静雄はできなかった。
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「…と、いうわけで、臨兄は怒ると結構怖いんだって皆言うんだよね~」
「そうなの…でもまぁ、あの平和島静雄も固まるっていうんなら、相当なんでしょうね」
臨也のマンションのリビングで、九瑠璃と舞流は波江相手に臨也の高校時代のことを語っていた。ちょうど、物色していた臨也の自室から卒業アルバムを発見したからだ。
「あなた達は、怒られたことないの?そんな風に」
「ん~…叱られることはあったけど、あんな感じに『キレられた』ことはないよ。ね、クル姉?」
「……無(一回もない)…」
「へぇ、そう…。あら、お帰りなさい」
「ただいま…って、来てたのか」
出かけていた臨也がリビングに入ると、テーブルに広げられたアルバムに眉間に皺を寄せる。
どうやら、勝手に部屋に入られたことを悟ったようだ。
「お前らなぁ…仕事関係には触ってないな?」
「うん。これ見たかっただけー」
「……何(それ、何)?」
九瑠璃が、臨也が持っている箱を指す。書いてあるそのロゴは、銀座に新しく出来たケーキ屋のものだった。
「新しく出来たっていうから、試しに買ってきた。食べるんだったら勝手に食え」
「やりぃ!ありがとうございます臨也お兄様v」
「調子に乗んな」
なんだかんだと言って、臨也は妹二人の世話を焼く。下から世話焼きタイプなのか、親の代わりに面倒をみることが多かったからなのかは知らないが、時折親子に見えるほどには、そんな距離が似合っている。
「波江も食べるでしょ?」
「えぇ、せっかくだし、いただくわ」
まぁ、簡単に言えば、臨也は殊更、妹二人には甘いということなのだろう。
簡単に、その逆鱗に触れるほどには。
あとがき↓
…折原家に、夢見すぎた気もします……。
ちょっと、長くなりすぎたかな?