その日、集金もスムーズに終わって早々に暇になった静雄は、何とも気味の悪い雰囲気を宿し、西口公園のベンチで燃え尽きた某ボクサーの体勢をした新羅を見た。
効果音としては『どよ……』とか『ズンッ…』とか………まぁ、ようは落ち込んでいるのだ。
流石にここで通り過ぎるのも後が怖いと静雄が話しかけると、新羅は突然、
「静雄おぉぉぉぉおぉぉ!!!」
「っどわ!?」
盛大に泣きついてきた。
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「あ、違う違う。水もっと入れて。具が全部浸るくらい」
『…こう、か』
「そうそう。あと、調味料だけど……」
「……………何やってんだ?お前ら」
新羅が、
臨也が僕に頼んでた薬を取りに来たんだけどいきなりセルティが臨也にPDAを見せて何を言ったのか知らないんだけど何か頼んだらしくて臨也も頷いてそしたらセルティがあからさまに喜んでついでに何故かいきなり僕を追い出したんだよメールするからって言ってさ!!何やってんのか知らないけどあぁどうしようセルティが臨也の毒牙に何かかかったらあぁでも臨也に限ってそれはないしあぁでもセルティがもしかしたらあぁでも嫌だそしたらどうしようあぁあぁぁでもメールするまで帰ってくるなって言われたし頼む静雄二人が何してるのか見てきてー!!
と、少々わけのわからない事をいきなり言いだしたので、最後の一言を受けて静雄は新羅とセルティの住むマンションへやって来た。鍵は新羅から渡されている。
ドアを開けると何やら美味しそうな匂いが漂ってきたのでキッチンの方へ行くと、臨也とセルティがキッチンに並んで立っていた。
「あれ、静ちゃんじゃん」
『どうした?』
「……あ、いや…」
「どうせ、新羅にでも出くわしたんでしょ。だから言ったのに。正直に言って待っててもらえばいいじゃないって」
『いや、どうせならやっぱり美味しく出したいし、恥ずかしいんだ……』
仲良く言いあう二人に何かムッとしつつも、状況が分からないと静雄が唸ると、臨也は呆れたように語り出した。
「セルティが、新羅の為に肉じゃが作りたいって言いだしたんだよ。でもほら、実際に作ったことないから、ネットレシピとか見てもちょうどいい味かわからないだろ?で、俺に。ってわけ」
「そうだったのか…。で?」
「もうちょっとでできるよ。こっちは俺が先に煮込んだ方だけど……ん」
「ん。…おぅ、普通に肉じゃがだな」
『………』
この二人は本当に何なんだ……。新羅は付き合ってないしそういう関係でもないって言っていたが…。
自然に『あーんv(誇大解釈あり)』をやってのける人間を初めてみたセルティは、臨也に言われたあく取りをしながらも二人を呆然と眺めていた。
「あとはジャガイモが竹串に刺さるくらいになったら、調味料とニンジンを入れて…と。サヤインゲン入れる?」
『緑があった方がいいか?』
「色的にはね~…まぁ、新羅は君からのだったら何でも喜ぶと思うんだけどなぁ、ほんと」
ね~静ちゃん。
そう臨也が振り返ると、いつの間に皿に持ってもらったのか、臨也の肉じゃがを食べていた静雄が当たり前だろそれ。と頷いた。
「高校の時も、セルティの弁当だと一段とテンション高かったからなあいつ」
「あ~そうそう。あと、その日一日機嫌が良かった」
『……すまない』
あれは大変だった…。と遠い目をした二人に謝りながら、何をしたんだ新羅。と今はいない彼に問いかける。
それを二人に聞いたらこう答えるだろう。
その日喧嘩をしても、意地でも新羅の治療は受けないと決意するほどに、セルティのことを語りまくっていたと…。
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結局、その後静雄は別に何もなかったと判断し、新羅に『大丈夫だ』と一言メールしただけだったので、30分後、新羅はセルティのメールで帰宅した。
「ただいま~…って、静雄!どうせなら二人が何してたかも教えてくれよ!!」
「大丈夫だって送ったじゃねぇか」
「それでだって不安なんだよ!?」
静雄を見つけて、インドア派とは思えないほど素早く静雄に迫った新羅は、傍から見ていて面白いほどに混乱しているようだ。
出された緑茶をグイッと飲み干した臨也は、ため息をついて二人の間に入る。このままここにいるわけにはいかないだろう。
「あ~。まーまー。ほら静ちゃん帰るよー。あ、新羅薬ありがとね。お代はセルティに渡しといたから」
「へっ!?ちょ、臨也?!」
「おい、いざ」
「セルティ、俺が作ったのは持って帰るよ~。ほら、静ちゃんも立つ!」
『わかった。今日はありがとう』
「へ!?作ったって何。ちょ、臨也~?!」
わたわたと追いかけてくる新羅に苦笑だけを返して、臨也は静雄を引っ張って外に出る。右手に持つ袋には、タッパーに入れた肉じゃがと、新羅に頼んでおいた薬が入っていた。
「おい、何で出て…」
「空気読もうよ静ちゃん…俺らあそこにいてもお邪魔虫な上、野暮でしょ…。や・ぼ!」
「へっ……あ、あぁ。そういやそうか」
やっと納得したらしい。まったく、空気を読まない静ちゃんも静ちゃんだが、『いてくれ』オーラを出すセルティにも困ったものだ。いくら俺でも、馬と新羅に蹴られるのだけは御免被る。
「ほら、帰る…って、別に俺と静ちゃんが同じ方向に変える必要ないのか。んじゃ、静ちゃん。俺は新宿に帰るよ」
じゃ!と手を挙げて駅へ行こうとすると、ぐっと強い力で引き返される。見れば、右手首を静雄が握っていた。
「…静ちゃん?この手は何かな?」
「……肉じゃがよこせ」
それかい。
そう心中つっこみを入れつつ薬の入った紙袋を取り出して渡そうとすると、今度はそれを阻むように左腕を捕まれた。
「……静ちゃん?」
「あ?」
「何で左腕を拘束するのかな~?なんて……」
「手前、それ何の薬だ?」
ギク。
そんな音が相応しいかのように肩が強張ったのを認めて、静雄は臨也の右手を放して引きずり始めた。
何処へって?――――――――――もちろん、自宅へ。
「ちょ、静ちゃん!?」
「睡眠薬を飲むなって何回言ったらわかるんだ手前は」
「や、睡眠薬じゃなくて睡眠導入剤ね!そこニュアンス違う!意味も違うからね!?」
「どっちにしろ、どーせ徹夜ばっかして寝れなくなってんだろうが」
ずるずると引かれつつ、珍しく臨也は反論できない。まったく、何故に新羅と同じことを言うのか。しかも言ってないのに悟られるから嫌いだ。
「うるさいなぁ、寝れればいいんだよ俺は」
「俺がよくねぇ」
………はい?
「ちょ、何処行くの!?」
「俺ん家に決まってんだろうがバカ臨也」
「はぁ!?」
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そんなやり取りを二人がしているとは知らず、新羅は出された肉じゃがに感動していた。なるほど、それで臨也に頼んでいたのか。
『お前の口に合うかは、分からないが…』
「誰も味見しなかったのかい?」
『二人とも、お前が一番最初に食べるべきだって、言って…』
言っていたのは臨也だが、それに静雄も頷いていた。確か、『新羅に味見とはいえ食べたって言ったら殺される気もするからね』とも言っていた気がする。
「…そっか。ありがとうセルティ。いただきます」
ジャガイモを口に入れると、ちょうど良い柔らかさと、ちょっとのしょっぱさが口に広がる。だが、美味しい。
有難う臨也……。君のおかげでセルティの料理を堪能してるよ…。でも今度からは事前に教えてくれ。
そう感動しながらも考えつつ、ご飯と一緒にどんどん口の中に入れて行く。
『…ど、どうだ?』
「…あ、ごめんセルティ。あんまりにも美味しいから箸が進んじゃって…。美味しいよ。さすがセルティだね!!」
『そ、そうか?』
こうして、池袋の夜は更けて行く。
本当にその日は幸せだったよ。セルティも、臨也から教えてもらったのかあれからも色々と作ってくれてるしね!!
ん?あの日、あの後静雄と臨也がどうなったか?やだなぁ、それ、僕が言ったら二人に殺されちゃうじゃないか。
あぁ、でもこれだけは言える。
あの二人は、奥手で、どっちもどっちな鈍感だってこと。
さて、セルティが呼んでるから僕は行くよ。
本当は臨也に習わなくたって、僕は君の味なら何だって好きなんだけどね!!
あとがき↓
新羅視点って初めてかな~?と思いつつ。
最初はお菓子にしようと思ったのですが、何だか肉じゃがが食べたくなったので二人に肉じゃがを作ってもらいました。
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