はっきり言おう。新羅は、数時間前の自分の行動をひどく後悔していた。
そして、そんな事態を引き起こした一人の青年は、池袋の街中でこれを見れば間違いなく阿鼻叫喚の渦となって人々を巻き込むだろうという格好で新羅の前にいた。
まぁ、ぶっちゃけ正座しているだけなのだが。
「静雄君…僕は高校時代に言ったはずだったよね?それ以降今までも、何度か言ったことはあったはずだ。君は勉学が苦手で見た目も中身も体育会系であるということは長い付き合いの中でよく知っているつもりだったのだけれど、それは僕の買い被りだったのかい?というか、僕以外、ドタチン達にも言われていたはずだ。君の弟君は…まぁどうか知らないけれど。再三再四言ってきたつもりだったし、君は理解していると思っていたのだけれど…力がある程度制御できるようになったからと言って、すべてがそうとは言えないんだよ?わかる?わかってる?」
「お、おぅ…だから、悪かったって、」
「正座を崩さない」
「はい」
フローリングにもう30分は正座している静雄は、正直慣れない体勢なもので足が痺れに痺れていた。しかし、それを申告しようものなら的確に痛くなる場所をメスかなんかでつついてくるに違いない。この友人はそういう男だ。
さて、静雄が何をしたかというと、
「いい?もう一回惨状を見てみるかい?
この、妖怪大血戦でも起きたかのように破壊しつくされた我が家のキッチンを!!」
岸谷家のダイニングを、かなり盛大に散らかしたことだった。
鍋は床に転がり、ところどころ生米がフローリングに転がっている。調味料類はふたを開けたまま放置してあるし、卵なんかは割るのに失敗したんだろう。いくつも三角コーナーに捨てられていた。
まぁ、別に、これくらいならいいのだ。頑張って掃除すればいい。問題は、何をどうやったらそうなるのか…ひしゃげたコンロに、以前臨也からセルティに贈られた包丁セットはすべてが折られ、大きめの圧力鍋は、圧力鍋なのに既に鍋としての機能を果たせない様相となっている。
そのほかにも壁がちょっと抉られてたり蛇口がちょっと変な形になっているが、そこは省略しよう。
「わ、わりぃ…」
「悪いで済んだらいいよ!というかね、怪我だけだった臨也が何でお腹壊して唸ってるのさ!セルティに看病してもらってるし!臨也そこ変わって!」
そこか。と決してセルティに対して歪まない新羅にツッコミを入れたくなった静雄だったが、それを言ったらまた怒りの矛先がこちらに来る。祟りなしだ。もう、被る立場だが。
セルティの影が手をかたどり、新羅の頭にチョップを入れる。それで正気に戻ったのか、新羅は怒り心頭という顔に戻って、門田に連絡して修理の手配を静雄に命じたのだった。
**********
そもそもの事の発端は、数日前にいつも通り喧嘩をしていた二人だった。
しかし、その日いつもと違ったのは、よけた標識、そのねじれた部分がちょうど尖っており、臨也の左腕に5cmほどの裂傷を作ってしまったことだった。
基本的に両利きの臨也だが、戦闘や書き物、料理となると、馴染みある腕が使えないというのはつらい。ついでに言えば、静雄は臨也の料理を食べられない。
いや、簡単なものなら作れるのだが、臨也はなんか違うと首を傾げて、家では波江の料理で過ごしていた。
それが今日、傷からの発熱が少々酷いということで岸谷家に来たのが、午前10時。解熱剤と、傷の具合も見るから客室で少々寝ておいで。と、眠くなりやすい薬だったためにそう告げた新羅は、昼頃に診察を頼まれていたので、鞄を持って出かけようとした。もちろん、臨也には言ってある。セルティは急ぎで入った仕事で出ているがすぐに戻ってくるだろうし、臨也が客室にいる旨も連絡しておいた。
まぁ、そこまでは、別になんてことない。しかしちょうど家を出る時、静雄が訪れたのだ。
仕事中に喧嘩をしたとのことできたようだったが、怪我をしているようには見受けられない。何でも重いものをぶつけられたとかで、上司に行けと言われたとのことだった。
「ごめん、これから診察なんだ。もし大丈夫ならリビングで待っててくれるかい?一時間とせずに帰ってくる」
「おぅ、わかった」
そういって出て行った自分を、心底罵りたい。そんな気分に一時間後なるとは知らずに、新羅は仕事に出たのだった。
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さて、ここで一つ余談だが、別に静雄は料理が下手とか、壊滅的にできないとか、そんなことはない。
一応一人暮らしをしている成人男性として、焼く・煮る・切るなどなど、基礎技術は持っているのだ。器具が耐えられていたかは別として。
そんな彼が苦手とするのが、『誰かのために』料理をすることである。
高校の時分、あまりにもうまくできないという静雄に、調理室で紅茶片手にのんびりしていた臨也が、ならば。と言ったのが、これだった。
『なら、俺がいつも静ちゃんに作ってるお返しだと思ってやってみなよ。俺になんか作って』
基本的に、妹達がこれで食パンを焼いたりコーヒー淹れたりとちょっとした技能を身に着けていくのを見ていた臨也は、自分のためなら大雑把かつ下手であろうとも、誰かのためというなら、身長にもなるし上手くなるのではと考えた。
そう理由ごと言えば確かに。と静雄も頷いて、いつものお返し。とはいかないが、作ってみることにしたのである。多分、この時うまくできたら家に持って帰って家族にプレゼントでもすれば?という悪魔のささやきもやる気の一つだったのだろう。
が。それが後に、調理室が一新され最新設備の一室となる原因の出来事だった。
何故か元栓をねじり切り、慌てたところでつけていたストーブに引火。何とか止めたと思ったら、痛めていた野菜が黒焦げに。調味料の出しすぎで胡椒が舞い、小麦粉が舞ってあわや粉塵爆発etc......
掃除を終わらせて調理室に来た時、臨也が息も絶え絶えに叫んだ言葉を思い出す。
『二度と料理で張り切るな!』
他にも色々と言っていたが、最初に聞こえたのはこの一言だった。どうにも、普通やる気を出して慎重に、気を付けてやるだろうというところを、静雄は持ち前の身体能力と、誰かのためになにかをする。ということに慣れていないせいか、盛大に空回りしてしまうようなのだ。
あれ以来、やるなら自分の分のついでと思えと言い聞かせてきたのだが、臨也に怪我をさせて料理ができなくなってしまったのは自分のせいで、自分が菓子を食べれなくなった物原因を考えれば自分のせいと反省し、何がどうなったのか、看病とまではいかないが、何か作ってやろう。と、思ったらしかった。
その結果があれで、それを食べてしまった(完食)臨也は、寝込んでしまったということである。
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「とにかく!門田君が来るまで床を掃いて、散らばってるものも片づけるから。君も手伝ってよね!」
「おぅ…」
「…返事は?」
「………はい」
「くれぐれも、張り切って慣れないことしようと突っ走らないように!!」
ちなみに後日、キッチンの修理費は流石に自分の一端になってるからと、臨也から修理費一括払い+包丁セットのプレゼントがあったというのは…日常に埋もれた一コマである。
あとがき↓
お久しぶりです。久しぶりに短編書きました。ちょっと短いかなと思ったのですが、こんな感じでいかがだったでしょうか?やっぱり、静ちゃんは誰かのために何かをするっていうのにあんまり慣れてなくて、張り切ったらちょっと空回りするかな?という個人的な感想からこのような展開にしてみました。そして、たまには臨也さんの出番を少なめに。その分新羅に頑張ってもらいました。流石に、ドタチンも入れると説教される静ちゃんがかわいそうかなと思ったので、修理のために後から来るということに。
それでは、失礼します!
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