そろそろ夕暮れ時という、太陽の傾きが分かり始めた時間。
セルティは、異様な空気を池袋全体から感じ始めていた。
何だろう。どこか懐かしくも、恐ろしいと感じる空気。
もしやこれが、前日の三人組の言っていたことだったのだろうか?
少し迷ったものの、家へ帰る道筋から、セルティは逸れた。新羅に、少し遅れるとメールをしておく。
そして、異様な空気の中心と思われる場所へと、愛馬を走らせるのだった。
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新宿のマンションでは、少々分厚いメガネをかけた猫背の男が、折原家の一角を占領して大量の機材を組んでいた。…なんだろう、こんな光景をドラマや映画で見たような気がする。と思いつつ、正臣は重い機材を持ち運ぶ手伝いをする。
沙樹は、波江とともに通信機の具合を確かめている。
「てか、何でここでやるんです?池袋じゃ駄目だったんですか?」
「ん~?あぁ、まぁ…はっきり言って、それは俺の都合や」
猫背の男は、配線をいじったり解像度を調整したりしながらも、正臣の問いに答える。
「俺の家は池袋にあるんやけど、今まで仕事やったから足の踏み場がないんよ。機材はレンタル倉庫?やったかな。あぁいうとこにいくつかおいとるからいいんやけど、流石に、こっちの方が手間がかからんてことでな」
「はぁ…」
「それにま、この機材は今度から君らのもんやし。お下がりやけど、使い方覚えとき」
そう言って、鍵を渡される。機材を置く、新しく契約しなおした倉庫のものらしい。
「はぁ……ってか、俺らが鍛えられるっていうのは、決定事項なんすか」
「椿が乗り気やと、俺らは逆らう気ぃ起きひんし…まぁ、嫌なら断ってえぇよ?」
「え、いいんですか?」
「おぅ。どっちにしろ、それを選択するんは君の自由や。どんなに理不尽だと思う二択やって、『選ぶ』っちゅう『自由』は存在しとる。それは君らの、今池袋にいる子供らの自由や。ま、ホンマに嫌なら嫌って言えばえぇよ。今回の件はしゃあないから口外せんって約束してくれれば」
「はぁ……」
何だろう、この人は今までの人とはまた違う。今池袋に行っている大人達は、諦めろと首を振って肩を叩くだけだったのに。
どうしてだろうと考えるが、如何せん初対面でもあって、よくわからない。
「まぁ、現場向きって判断された子らが超乗り気やって聞いたから、あいつらは君が知らんぷりなんぞでけへんって把握しとるさかい、いわへんのやろうけどな~」
一応、選択肢があるっちゅうのはいっとくべきやろ~
そう言って男―――――西ノ宮之浪、ロウと呼ばれている男は、にやりと笑う。
……うん。この人は無駄に俺を混乱させて楽しんでるだけか。
結局、性格の悪さは臨也たちと同じくらいなのかもしれないと、正臣は肩を落とした。
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「リツさん、の、力ってなんですか?」
「ん?」
「あ、その、皆さん違うみたいですから……」
池袋駅前で、杏里はリツ…浅上六実と行動を共にしていた。コンビニで買ったアイスをパクパクと食べつつ進むリツに、少し駆け足で杏里はついていく。
「私はねぇ…なんて言ったらいいのかわからへんなぁ」
「そうなんですか?」
「あんたの刀みたいに、道具を介して力を使てる奴もおるし、そんなもんなくてもえぇ奴もいる。まぁ、うちは後者やな。ちなみに、リオは後者。リュウは前者。今日、新宿で合流したロウは、後者や」
「はぁ…」
「ま、道具がある方がイメージしやすいからってことでもあるし、道具があることで『力』の増幅や制御も楽んなるみたいやから」
そう言ってリツが見せるのは、両耳についている、小さなピアスだ。それも、五つ。
「…痛くないですか?」
「開けた時は痛かったなぁ。高校までは学校に持ってってもえぇものにしとったんやけど、いざ、学校出ると常に身に着けとくもんの方が楽やったし。それで、リョウ…今頃京都に帰って来とる奴に、開けてくれって頼んだ」
「はぁ……」
片耳に五つ。つまり合計10個のピアスはとても綺麗に輝いているが、それゆえか痛そうにも見える。イヤリングはダメだったのかと聞けば、そっちの方が落としそうで怖いと笑われた。
快活で、どこか紀田正臣に似ている気もするこの女性は、はじめてに近いという池袋の街を迷うことなく進んでいく。
そういえば、リオという男性もそうだった。迷っている素振りなど、全く見えない。
「あ、あの…」
「ん?」
「臨也さん、は、どっちなんですか?」
本当は、どこに向かっているのかを聞きたかった。でも、なんだかそれを聞いてはまた笑われてしまうかもしれないと思って、先ほどの話題に戻す。
すると、リツは少し迷ったように空を見て…まるで自分のことのように誇らしげに、笑った。
「リンは…うちとおんなじ、後者やな!でもまぁ、道具も使うで?それで色々と応用しとる」
「応用…?」
「ん~…リンは、何で情報屋っちゅう仕事、選んだと思う?」
「?面白そうだからと…人が好きだから、ですか?」
「ん、50点やな」
ちょっと不満げに、しかしどこか仕方ないと笑う。リツの笑い顔は、随分と多彩だった。
「まぁ、こーゆうオカルトな情報なんかも、面白がってるようにして集められるからやな。普通に集めてオカルト好きになってもよかったんやろうけど、夜闇の道は、裏社会に接しとる時もある。バカな呪いなんぞやる阿呆もおれば、かけられた阿呆もおる。そんなんを解決するんも、うちらの仕事やし」
他にもあるけど、これは言ったら怒られるしなぁ。とぼやいたリツは、今度はにやりと笑った。
「代わりに、えぇこと教えようか?」
「いいことですか…」
「そ。リンはなぁ。別に、人間なんぞ好きやないよ?『好きこそものの上手なれ』て、頑張って実践しとるだけや」
あんまり言いふらすとこの街でのリンのアイデンティティがなくなるから、内緒な?
今度は、悪戯が成功したかのように笑う。もちろん、その言葉はリツにとっては悪戯で、杏里を驚かすことには成功したようだった。
「リンからしたら、喧嘩人形とやらも、人の範疇の化けもんやしなぁ」
うちらみたいなのや、何百年も生きとる奴らみたいではないようやし。
慌ててこちらを追いかけてくる杏里から見えないように少し歩調を速めて、今度は鬱蒼と笑った。
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「……なんや、リツが変なこと吹きこんどる気ぃするなぁ」
「臨也さん?」
「あ、なんでもない。リオー」
「ん。大体いい…あぁ、そこは間違うてる」
「げ。あぁっと…ここの字ぃは……」
「何か……見えるのに見えないって、変な感じですね」
帝人は、リオに池袋を案内した後、臨也やリツと合流して、東池袋中央公園に来ていた。ちなみに、リツは「リン、アイス食いたい!」といきなり言い出したので、資金を渡して杏里を付けて出かけさせている。
いつもあぁなんですか、とリオに聞けば、リンは保護者や。とさらりと帰ってくる。同い年と聞いているのだが、そこは何の違いだろうか。
さて、帝人の前の前には、直径5mほどの大きな円が描かれていた。その周りには、小さな円とも、点ともとれるようなものが無造作に置かれているよう…に、見えるが、それがなんなのか帝人にはわからない。大きな円は、臨也が眉間に皺を寄せながら何かを書き直しており、その筆跡、と言っていいのか、書かれた部分は薄く明滅していた。
「リンの陣は、いっつもこうや。陣を作る線、点、その一つずつに色んなもんから見えへんように術をかける。いつ作ったかは覚えておらんけど、いつみても器用やな」
「はぁ…」
「君は、目が特別強いだけで、たいして戦闘能力はない。まぁ、耳はえぇみたいやし探知、感知能力は鍛えれば何とかなる思うけど…そこは、椿次第やな。あの女の子一人に戦わせてもえぇけど、サポート三人はバランス悪いか?」
「は、はぁ……」
これから、臨也達曰くの『仕事』が始まる。自分はリオとともに、杏里はリツとともに。この組み合わせは猫の椿が決めたのだという。
そういえば、椿は、何者なのだろう。猫…だから、猫又、という奴なのだろうか?
今更だが不思議に思ってリオに問うと、ニヤリと、愉しげに笑われた。
「それは秘密やなぁ。知ったら『繋がれて』しまうで?」
それがどういう意味かを聞く前に、鈴の音が鳴る。
「おっ!杏里ちゃん、始まるで~?」
「あの、アイス早く食べた方が…」
「さて、椿、いささか大げさな気もするんやけど…」
『大げさな方が、子供たちにはわかりやすいと思ってな』
「まぁ、全力全開でやったらあの公園無くなってしまうかもしれへんしなぁ」
「……冗談っすよね?それ」
「…………………やっぱり来るか、首なしライダー…仕事の邪魔は、勘弁してほしいんけどな…」
「ほんなら、ちょお派手に、始めよか」
鈴の音が鳴って、その世界は区切られる。
あとがき↓
書き足しの上に久しぶりなもので、なんでしょう、違和感感じつつ…。視点がコロコロ変わってますね。バトルという程のものではありませんが、多分、次はそんなお仕事の話になると思われます。ではでは。
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