イタリアで開かれている、クリスマスイブのパーティー会場。
そのにぎやかな場所で、ルートヴィッヒは眉間に皺をよせながら携帯を耳に当てていた。
「ルートヴィッヒさん、いかがされましたか?」
「菊か…。い、いや。兄さんに電話して、明日帰ると言おうとしたのだが…でなくてな。散歩にでも出かけたのだろうかと思って携帯にかけたんだが…でないんだ」
「家に忘れて行かれたのでは?」
「いや、仕事の話が入るかもしれないからと、兄さんは常に持ち歩いているはずだが…」
もしや、何か仕事が入ったのだろうか。そう思ったが、肝心の兄が電話に出ない。
「とりあえず、メールで先に連絡をしていてはいかがですか?また後でかけ直せばいいですし」
フェリシアーノくんも、あちらで待ってますよ。
そう言われて視線を巡らせれば、ルートヴィッヒがこちらを向いたのを見て、大きく手を振ってくる。
「師匠のことですから、パーティーを楽しめとの無言の意思表示かもしれません」
「そうか?まぁ…メールだけしておくか」
明日には帰るとそれだけ打って、ルートヴィッヒは菊に促され、人の輪の中に入って行った。
********************
さて、菊の言った推論だが、
「あーったく、ヴェストの野郎はよ~。俺なんかほっといてフェリちゃん家のパーティー楽しめっての!」
「だからって、無視は…」
とっても当たっていた。
「良いんだよ!全く、あいつは…」
「はいはい」
君達のご主人は弟馬鹿だねぇ。と小さく呟けば、犬達には聞こえたのか、足にすり寄って肯定してくる。
うん。かわいい。和む。
「というか、ギルベルトさん、まだつかないんですか~?」
「もうちょい、だな!てかイザヤ。それ止めねぇ?」
「ん?」
ギルベルトが、アスターとベルリッツのリードを握り、臨也はブラッキーのリードを握りながらの冬のドイツは、なかなかに寒かった。
そんな中でも、臨也より薄着のギルベルトは元気そうにきびきびと動く。
「『ギルベルトさん』っての!もうその呼び名が定着してる奴らのは訂正しねぇけどよ~」
「え~」
「『え~』ってなんだよ。もっとこう…親しい呼び方でもいいだろ。お前が改めねぇんなら『イザヤ君』って呼ぶぜぇ?」
「あ、それや嫌です止めてください」
「即答か」
名前に君付けは、あまり呼ばれ慣れていない上にとある天敵がたまに使うから嫌だ。とは言えない臨也は、何かくすぐったいので。と返す。
「う~…じゃあ、『ギルさん』?」
「さんづけは確定かよ」
「だって年上でしょう」
別にいいのによ~と口をとがらせながら先を行くギルベルトの後ろ姿を見て、臨也は面白い人だな。と笑う。
初対面から思っていたが、子供のようだと思う時と、老成していると思う時があって、はっきりと分かれた二面性が、ある意味この人の魅力だろう。
……しかし、
「どんだけ歩くんですか…」
「ははっ。実はもう、目的地には着いてるぜ」
「はぁ?」
足元を見ろ!
そう言われて見てみれば、自分とギルベルトの間あたりの地面に、何かのプレートが埋め込まれていた。そして、その長方形のプレートは、他の地面のタイルとは別の、細いレンガのラインに沿っている。
「これは…」
「このレンガのライン。これは、ベルリンの壁の跡だ」
ベルリンの壁。
その言葉で思い出すのは、当時のニュース映像だ。つるはしなどを持って壁を壊し始める人々。壁の上に乗る人。
何処からともなしに歌われ、いつの間にか大合唱となっていた、光景。
「…壁って、もう全部ないんでしたっけ」
「いや、一部残ってる。他は売っぱらったりもしたんだっけか?日本にもあるだろ」
「あるらしいですけど…。見に行ったことはないですね」
ここに、壁があったのか。
そう思って見上げれば、自分にとってはそう障害にも見えない障害物がそびえたっている気がした。
「壁は、二重でな。溝掘ったりなんだりして、簡単には西に亡命できねぇようにしたり、色々工夫してたんだぜ。総延長は…155kmだったな。ここにずっと、肉眼じゃ視えねぇくらいずっと先まで、壁はそびえたってた」
そして、何十年にも及びそこにあった壁は、たった一つの切欠で坂を転がり落ちる石のように、あっさりと取り壊された。
「1989年なんて、思えば最近だよなぁ」
「日本では、年号が平成になった年・・・ですね」
「そうなのか?あ、日本といえば、壁の跡地に日本のキャンペーンで植樹した桜並木があるんだぜ?」
「桜並木?」
「この時期じゃ、流石に葉も何もねぇけどな…咲く頃になったら行ってみるか?」
「そうですね…。じゃあ、是非」
お花見弁当なんてどうでしょう。と臨也が言えば、ジャガイモとヴルストは忘れんなよ~とギルベルトも笑う。壁の跡に沿うように歩いて行けば、まるで壁に手をついて歩いているような気がした。
「クリスマスイヴに、戦争の話か…」
「戦争中に、クリスマスだからって一時休戦した話もあるんだから、良いんじゃねぇ?」
「あぁ、ドイツ軍とイギリス軍の…。あれ、サッカーしたって本当ですか」
「おぅ!」
まぁ、次の年からはむしろ攻撃しまくったからな。というギルベルトの言葉は、まるでその時その場所にいたかのような言葉だった。しかし、何故か臨也はそれを指摘できない。
懐かしそうに語るその顔が、楽しそうだからだろうか。違和感を、感じることができないからだろうか?
「……昔、日本じゃ『朝鮮特需』とか言って、戦争による特需があったんですよね。まぁ、何処もそうかもしれませんけど」
「あぁ、軍需産業が一番もうかるだけだけどな」
「それと、昔聞いたことがあって。どんな時でも、やろうと思えば、そういう『仕組み』の作り方さえわかっていれば、常に儲かるのは戦争なんだって」
「…あぁ、そうかもな」
戦う人間達、死ぬかもしれない恐怖にさらされる人間達は別だが、その為の『商品』を作る奴らからしてみれば、どっちに売りつけようが儲かれる。
所謂武器商人達は、戦いこそが、商売の場だ。
「でも、それで行くと…他の商売に比べて、一番人を泣かすのも…戦争、なんですかね」
「難しいなぁ…。でも多分、それでいいと思うぜ」
ギルベルトは、かつて戦ってばかりだった自分を思い出す。
愛された記憶も、笑いあった記憶もあるけれど、その傍らには常に戦いがあった。
でも、戦っている時、そんなことは全く思いもしなかった。だって、その時はそれがすべてだったから。
「振り返らねぇと、わからねぇもんだけどなぁ」
とりあえず、来年の春には、花見の為に、壁の跡を歩こう。ギルベルトの脳裏には、壁を越えられずに死んでいった者達の顔が、まだ焼き付いている。
「そういや、イザヤ…」
「?はい」
「桜の下には死体が埋まってる…なんて迷信が、日本にあるのは本当か?」
「は?」
壁の上に立つ桜は、死体ではなく、志袋(したい)であるのかも、知れないけれども。
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さて、突然だが時間は流れてクリスマス。
何とかアルフレッドの誘いを断ってルートヴィッヒの家に来た菊と、それについてきたフェリシアーノ、そして家主であるルートヴィッヒを迎えたのは、何故か、三匹の犬達だった。
そう、ギルベルトが、いない。
代わりに、リビングに昨日は仕事があるから無理かも、とパーティーに出席していなかったエリザベータがいた。
「えぇっと…兄さんは、どうしたんだ?というか何故ここに?」
「友達連れてクリスマスミサにでも行ってくるって、昨日の夜に出かけたわよ?その友達って、私も知り合いでね。ヒマなら作りすぎたから早いですけどご飯どうですかって」
あぁ、忘年会の時にでも、フランシスをフライパンでぼこ殴りにするから、先に言っておくわね。
と、告げられた言葉の意味は分からなかったが、まさか来客があったなどと知らないルートヴィッヒは、大丈夫だったのだろうかと首を傾げた。あの兄が、接客できるかというのは究極の不安事項である。
「まぁ、犬達も懐いてたし、一緒に昼食と夕食を食べてゲームして、ちょっと賑やかだったくらいよ。その子送りに駅まで行って来るって言ってたから、帰りは遅くなると思うけど」
「そ、そうか…。しかしどこのミサに行ったんだ?今は朝方なんだし、夜に行っても何処もやってなんか…ん?」
まーるかいて地球~♪まーるかいて地球~♪
「ヴェ、ごめん、俺だよ~兄ちゃんからだ~。は~い」
『よぉ、もうジャガイモん家か』
「うん。もう着いてるよ~兄ちゃんどうしたの~?」
『いや、今ヴァチカンにいるんだけどよ…。ジャガイモ兄が来てんだ』
「え、ギルベルトが?」
「何っ!?」
予想外のところからの予想外の知らせに、ルートヴィッヒの眉間の皺が深くなる。よく聞いてみれば、後ろから確かにギルベルトの声と、アントーニョの声もしていた。
そして、小さく聞こえる青年の声。
ルートヴィッヒが困惑しているだろうと電話の向こうの状態を察したロヴィーノだったが、別にいいかと、それじゃあ楽しんでこいよ。と一言言って電話を切る。
後ろでは、三人が黒髪の青年を囲んで賑やかに話していた。
「お、ロヴィーノ、電話終わったん?」
「おぅ。で、何処行く?」
「まだ流石にはじまんねぇからな~飯でも食って、ぐるぐる回ろうぜ~」
「徹夜ミサの方で眠くはないか?」
そう、昨日の夜にイタリア行きの列車に乗り込んだギルベルトと臨也は、ヴァチカンの徹夜ミサに参加したのだ。もちろん、色々と手伝う羽目にもなったが。
「あ、大丈夫です。ギルさんが隣ですっごい真剣にやってましたし」
「あぁ、ギルちゃんなら…って、ちょいまちぃ!いつの間に『ギルベルトさん』から『ギルさん』になってんねん?!」
「ふふん。昨日からだ!いいだろ~」
「ちょ、なんか不公平や!親分も『アントーニョさん』なんて他人行儀なんは嫌や!」
「わがまま言ってんじゃねぇよトーニョ」
「せやかて~!」
ギルちゃんばっかずるい~!と叫ぶアントーニョに、じゃあ、トーニョさんでいいですか。といえば、パッと明るくなったアントーニョが笑顔で抱きつく。
それをギルベルトとロヴィーノの二人にべりっと引きはがされながらも、四人は朝食を調達しに朝のローマへと歩き出した。
ちなみに、同じような騒動が、フランシスによっても起こったのは、まぁ、別の話。
あとがき↓
最後は、ちょっと賑やかにしてみました。
何処か、戦争に関しての記述に間違いがあったら、申し訳ありません。
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