正臣達に簡単な説明をして、何かあった時の為。と波江に渡したのと同じ小さな袋を渡して帰すと、臨也は再び寝る体勢に入った。気絶したように寝たので、あんまり寝た気がしないのだ。
「あぁ~…もう、不規則な仕事しといてよかった…」
これが昼間も時間を守ってやるような仕事ならば、今頃寝不足と栄養失調で倒れている頃だ。そして新羅の世話にでもなって、事情を話すことになって解剖させてくれとか言いだすに違いない。
「…あ、あり得る」
あの父にしてあの子あり。という言葉は、岸谷親子に結構あてはまると、臨也は確信している。まぁ、保険をかけているので大丈夫だとは思うのだが。
『リン、電話だ』
「電話~?波江は…あぁ、二人を近くまで送ってったんだっけ。うぅ、誰さ…」
『関空から、リュウだ』
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電話にでると、やけに明るい声が臨也の耳にはいって来る。いつもならば元気だな。ですむが、眠気が機嫌を左右している今、煩いの一言に尽きた。
『すまんなぁ、巻き込んでしもて!』
「まったく。いつならこっちに来れる?」
『今帰ってきたとこやから…早ければ三日後やな』
「三日後、か…リツとかはどないしてん」
『あぁ、明日帰ってくる予定や。何なら、ちょい遅れるけど一緒に行くか?」
大体、ほぼ全員国外っていう事態の方がおかしい。と思いつつも、臨也はそうしてくれと返す。ついでに、リツが連れてくる極度の方向音痴も。と。
「はぁ…」
『いつ来る?』
「五日後や…。これなら、仕事上がりのロウも一緒にやった方がえぇなぁ」
『大掛かりだが…』
「そこら辺は平気や。この街の一夜くらい、買いとれんでどないするん?」
自信たっぷりに、余裕を持ったその妖艶な笑みに、椿はため息をついた。まぁ確かに、場を整えるくらい、朝飯前と言うものだろう。
しかし、
『お前、自分を殺そうとする人間の存在を忘れていないか?』
「……あ。」
すっかり忘れとった。
そう呟いた椿に、介入されたらお前の仕事ができないぞ。と椿は苦言を呈す。しかし、臨也はしばらく考えた後、別に大丈夫だろうと頷いた。
『憑かれたら大変だが?』
「所詮、どんなに強靭でも、魂も容れ物も『人間』の範疇内。いっそ、憑かれてくれた方が楽やなぁ。そのままポイッと滅せるやん」
化物に進化した『人間』が、本物の化物の世界に挑むことはできへんよ。と、臨也は鬱蒼と笑った。
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「というわけで、久しぶりに夜の池袋に行ってきます」
「何が『というわけ』なのか知らないけど、行ってらっしゃい。あんまり遅くなるようだったら、私は帰るわよ」
「良いよ~」
黄昏時、逢魔時とも言える時間を過ぎた、夜21時。
情報屋としてのそれではなく、波江を助ける時に来ていたそれと同じ黒のコートを着た臨也は、肩に椿を乗せて街に出る。
黒づくめな上に黒猫なんて、怪しいことこの上ないわね。と思うが、臨也のその姿は、何故か他の人間の目には留まらない。話しかけられなければ、まるで空気のように認識してしまうほどだ。
そんな風にできるなら、いつもそうすれば平和島静雄と遭遇なんてしないんじゃないかと言ったことがあったが、臨也曰く、『情報屋は人間の範疇』らしい。まるで自分が人間ではないような言い方だが、あんな能力を持っていれば、己をそう認識するものだろう。
今でこそ『あぁ』な臨也だが、あのようなひねくれすぎた人間というものは、存外幼少時は純粋純真で、周囲の言葉を受け入れてしまうものなのかもしれない。それ故に、その言葉によって歪む。
俺は人間を愛しているけど、それは人間を左右するのが人間だからでもあるだよ。
人を左右するのは、その人格を、性質を歪めるのも正すのも人間。
実に臨也らしい言葉だが、確かにその通りだろう。
人が生きているおその空間を、世を、まるで裏側から眺めるかのように、臨也の瞳はすべてを見通す。
それは、人ならざる椿と同じように。
椿に言わせると、臨也の手伝いでくる人間達は大体こんな人間らしいが。
つまり、同じような人間が増えるのか…。
そんな事実に今更気付いた波江だったが、まぁ仕方ない。と、デスクに向き合って仕事……ではなく、デスクの端の写真立てを取って、とりあえず癒されることにした。
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夜の池袋。
常ならば、首出しライダーが走るその街は、実に静かだった。
例え人間が自分に気づかないとしても、妖精である彼女なら気づくかもしれないと、情報屋の仕事を減らすのと同時に、セルティへの運びの依頼をしなくなったのはそのためだ。
今頃、新羅と仲良く家でテレビでも見ているんだろうと、臨也は軽い足取りで街を歩く。
そしてその姿は、誰も目で追うことはない。
『リン、何故池袋に?』
「ん~、前にも言ったことはあると思うんやけど、この街は何かを惹きつける。九十九屋曰く生きもんや。そんな街やから、人以外も惹きつけられる…」
『…お前が、新宿に行ってもこの街に来るのはその為か』
「せやかて、質の悪い奴はすーぐおっきくなるんやもん。めんどいからしばらく放っておいて、一気にやることもあるけど…」
この街は、色んなものを惹きつける。その言葉と、臨也の視線に従うように椿も視線を巡らせれば、確かに様々な影から、こちらを好奇心に満ちた目で伺う陰がある。
「ふふ、な、面白い街やろ?」
『…そうだな。さぁ行こう。昨日まで散々目立つように歩いてきたんだ。外れでも当たりでも、何かは来るだろう』
椿の言葉に頷いて、臨也はトントン、と時折足でリズムを作りながら、奏でるように足を進める。
しかし、その足取りも楽しそうな笑顔も、誰にも見咎められることはなかった。
その、瞬間までは。
「……あれ、臨也、さん?」
そう、竜ヶ峰帝人と園原杏里がその姿を『視』てしまうまでは。
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