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新月の夜は気をつけて
天照大御神も 月読命も その御力を届けない夜だから
新月の夜は気をつけて
例え京の都ではないとしても 百鬼夜行は練り歩く
新月の夜は気をつけて
美味しそうなものがあったら
きっと 喰べてしまうから
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ネオンの光で、星空の望めない東京・新宿のとある高級マンションの一室で、一仕事終えてグッと背伸びをした臨也は、ふと、家の中に別の気配がある事に気がついた。
不思議に思ってリビングに行くと、ソファに腰掛けた波江が棚にあった家庭用プラネタリウムを作動させてなんとなしに見ている。
「…波江?帰ってなかったの?もう定時過ぎたけど」
「さっき終わったのよ…。何だか面倒だった書類。依頼人と連絡取れたから、貴方が一息ついたら渡そうと思って」
「え…そんな、俺に言ってくれればよかったのに。というか、もうそろそろ日付超えるよ?」
臨也が壁掛けの時計を見ると、短針と長身がもう少しで寄り添うところ。いくら東京は夜でも明るいとはいえ、危ないにもほどがある。
「あら、心配してくれるのかしら」
「そりゃ勿論。優秀な助手に何かあったら恐いしね。送って行くからちょっと待ってて。今日の夜は、きっと特に危ないよ」
「…………………じゃあ、お言葉に甘えるわ」
そう言うと、それが当然。とばかりに頷いた臨也が、コートを取りに自室へと戻って行った。
『今日の夜』。そういえば、一月ほど前にも同じようなことを言われたのだった。
その日はほぼ貫徹で明け方に帰ったのだが、帰り際の自分に、臨也はこう言った。
『夜が明けてからでよかったよ。昨日の夜は、特に危なかっただろうからねぇ』
それは、ただ単に夜だから危ない。という意味だったのかもしれない。しかし、それにしても妙なニュアンスだ。
夜は夜。何も変わりはしない。それとも、そう言う情報が流れているのだろうか?
「お待たせー。さ、行こう!何処のホテルだったっけ」
「結構近くよ。…あら、いつものじゃないのね」
「ん?あぁ…まぁねー」
臨也が身にまとっていたのは、いつもとは違う、すべてが黒のコートだった。ファーもついていないし、帽子もない。高級そうだが、どこか愛用している、着なれた雰囲気がある。
そして、何故かしっくりするほど、臨也にそれは似合っていた。
まるで、闇をまとっているかのように。
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「あ、ごめん、ちょっとコンビによっていいかな?時計の電池そろそろ切れそうだったんだ」
「えぇ、いいけど…」
「あ、中華まん半額。…波江、食べる?おごるよー」
「………………肉まん、半分なら」
「よっし!すみません、ぶたまん一つ~」
ニコニコとコンビニの店員と話す臨也を見て、波江はため息をついた。先程の、まるで闇の中にいるような錯覚は、ただ単なる、普段見ないコートのせいだったのだろう。
「臨也、先に出てるわよ」
「えっ、ちょ、波江待って!」
店員のありがとうございましたー。という声にかぶさって、臨也の焦ったような声が聞こえたが構うことなく波江は外に出る。少し歩けばコンビニの明かりも遠くなって、夜の闇が不気味に顔をのぞかせた。
「やっぱり…夏の終わりとは言え寒いわね…」
息が白くはならないが、時折吹く風は肩を竦ませる。そろそろ、秋物のコートでも準備しようか。そう、考えた矢先だった。
「お姉さん、どちらへおいでで?」
「っ!?」
いきなり、その何処からともなく耳元でささやかれたような声に、全身から汗が出てくる感覚がした。
しかし、振り向けない。動けない。……声が、出ない。
ただ、今までにない本能的な恐怖が、波江を支配していた。
何かの感触が、ふわりと自分を包むように、自分の影を踏むように伸びて行くのを小さな街灯から伸びる光で認めて、波江が目を見開いたその時、
「波江!!」
その影とも、夜の闇とも違う黒が、波江の視界に入る。
「臨…也?」
「あぁ、ったくもう、待ってって言ったのに何で先に言っちゃうのさ。だから言っただろ、今日は特に危ないって!」
「そんなこと言われても、何なのこれ…!?」
不気味な影がどこに行ったのかは知らないが、その感覚は波江にいまだ残っていた。命を狩り取られると感じるよりも恐ろしい、芯から凍るような感覚。
「あ~…本当ならここで波江を走らせてホテルまで行って欲しいけど…無理だよね」
「無理にきまってるでしょう!」
情けないが、腰が抜けた。いつの間にか掛けられていた臨也のコートを握り締めつつ、波江は叫ぶ。すると、臨也は仕方ないなぁ。といった体でほほ笑んだ。
「波江なら信用できるし、まぁ、いいかな。と思ったので、これから見ること聞くことは、黙っていてほしいと思う。理解の範疇超えたなら言ってくれ。記憶消すから」
「……は?」
「恐いのには、早々に退散願った方がいいでしょ」
そう言うと、臨也は肉まんの入ったコンビニの袋を波江へと渡し、ついでに。と、小さな袋を渡してきた。
それは、臨也に雇われた時、何故か渡されたものと同一のもので。
「これ…」
「まぁまぁ、いいから持ってて。どうせ今持ってないでしょ?」
そう言うと、臨也は数歩前に出る。そして、次の瞬間波江の耳に聞こえてきたのは、少々目を瞬かせるものだった。
「ほら、さっさと出てきぃや。往生際の悪い子ぉやなぁ。お行儀が悪いとか言われへんか?」
関西、弁。
波江からは臨也の表情はうかがえないが、発している言葉は、間違うことなく関西弁。…多分。
「うちはあんまり、無駄なことしとぉないんやけど…とりあえず、逃げるか来るか、さっさと決めてくれてくれるとありがたいんやけど」
パン。という音と共に、白がのぞく。それは、扇子の白だった。闇の中に、扇の形の白が目立つ。
「それとも何か?うちの方から来てほしいとか。…随分、内気な子やねぇ。えぇよ?そう来るんやったら、」
その扇子が、横真一文字に閃いて、
「蜘蛛の糸で絡め取るだけや」
その瞬間、波江の目に写ったのは信じられないものだった。
淀みのような、黒。形も姿も分からない。しかし、夜闇とは違う、何かの集まりのような、黒。それが、臨也が扇子で宙を切った後、小さく巻き起こった風と共に、姿を現した。
「お前…俺が見えるのか」
「見えるも何も、さっきから出ておいでて言うとったやんか。見えてへんのに、あんたの方見て喋れるか?」
「…そうだな…。お前も美味そうだ」
「それはよぉ言われる。でもな?」
淀みからの言葉に、臨也は扇子で口を隠して、しかし気配で笑った。
次の瞬間、淀みが大きく広がって、臨也の眼前を覆う。
「臨也!」
「でもなぁ、
その後で、そいつら全員、退治したんも俺なんや」
パン、と、また音が聞こえる。
閉じられた扇子は、まるで流れるように空気に文字を描いて。紡いで。
「波江は美人やし、なかなかえぇもんもっとるから危ないなぁと思ってはおったんやけどな…。うちが甘かったわ。あんたのおかげで確認できた。おおきに」
「きっさ…ま……!」
「嫌な捨て台詞は真の悪役にのみ似合うもんや。ほんなら、さっさと『滅びて去ね』や」
次の瞬間、再び扇が開く音と共に風が吹き、淀みの黒も、視界から消えさっていた。
「………な……」
「あ~…やっぱ、新月の夜は危ないわ。京界隈の方が昔は危ないとおもっとったけど、今は東京も危ないなぁ。むしろ、怨念詰まったもんが多そうで嫌やわ」
コキコキ。と肩を鳴らし、首をまわしてこちらへとやってきた臨也に、波江がこう叫んだのは仕方がないだろう。
「臨也…あ、貴方……」
「?」
「何者なの…!?本当に!!」
一方の臨也は、少し予想外の問いに、少々目を丸くしたのだが。
あとがき↓
臨也さんの周りで知ってなきゃいけないって言ったら、やっぱり波江さんかな。と。今度、展開次第では情報屋ファミリーを絡ませてみたいと思うけど…。とりあえず、メインは決まってるから考え中です。