セルティは、朝からバイクを走らせていた。
新羅からの頼みで、新宿の臨也の家までだ。
運んでいるのは、昨日臨也からもらったケーキのお礼として、新羅が買ってきた気に入りのコーヒー豆だ。
美味しそうに食べる新羅は、ケーキにまつわるいくつもの話をセルティに話したものだった。
高校時代、調理実習をきっかけにほぼ毎日臨也がお菓子を作ってきては、それを食べていた静雄。
それを一緒に食べていた新羅と門田。
文化祭で出し物が喫茶店になった時。
弁当に珍味のお菓子。
プロポーズ疑惑事件。
最後の一つだけは新羅も詳しく教えてくれなかったが、今度ぜひ聞くとセルティは決意している。いったい誰が誰にプロポーズなどしたのか気になるところだ。
そう考えているうちに、新宿につく。この時、セルティは予想もしていなかった。
臨也の家に、予想外の人物がいるということを……。
チャイムを鳴らすと、パタパタと走る音が聞こえてくる。
流石に、情報やという仕事言えど規則正しい生活はしているのかとつらつらと考えていると、ドアがガチャリと開けられた。
「や、運び屋さんいらっしゃい。ごめん、今ちょっと朝ご飯作ってるから中に入ってくれる?」
出てきたのは、藍色のエプロンをつけた、いつもコートの下に着ているのとは違う服装の臨也だった。
セルティが頷くのも確認せず、臨也は鍵は閉めてね、と一言告げて再び奥へと行ってしまう。仕方ないかと、セルティは言われたとおりに鍵を閉めて家に上がった。
初めて入った臨也の家は、なるほど、彼の性質通り綺麗で、きちんと掃除もしてある。
無機質すぎて少し寂しくも感じるが、そこは何故か臨也らしいと感じられた。
「おい臨也コーヒー…って、セルティ?」
『……静雄?』
居間はどこだろうかと少し迷いながら歩いていたセルティの前に現れたのは、いつものバーテン服の白シャツと黒ズボンの平和島静雄だった。片手に白いマグカップが握られている。
「どうした?お前がここにいる何ざ珍しいな」
『…仕事だ』
お前がいる方がよほど珍しい。と書きたかったが、何故か怖くて書けなかった。どうしてここにいるのか全く想像がつかないからだ。
「はいはい、メーカーに入ってるから勝手に…あぁ、静ちゃんコーヒー入れたら運び屋さんから荷物受け取ってよ。新羅から昨日のケーキのお礼だってさ」
「へぇ…何入ってんだ?」
『ただのコーヒー豆だ』
臨也これ飲みたい。
自分で淹れれば?俺今オムレツ作ってるんだから邪魔しないでよね。
・……………
なんだこの、新婚ベタ甘に聞こえる会話。
何故だろう、この二人は仲が悪かったんじゃないのか?
会えば死ね殺すといいあい、池袋日常風景○選に数えられるほどのものじゃなかったのか?
何故こんなにも普通の家庭の朝の風景(新婚夫婦Ver.)みたいなことを繰り広げてるんだ!?
………セルティは実にすばらしく混乱していた。
二人に何も言わず、走り去るほどには。
「とりあえず運び屋さん、朝ご飯すぐ食べさせるからついでに静ちゃんを池袋…あれ?」
「ん~?」
「いつの間に帰ったんだろ…いない」
仕方ないかと新羅の豆を静雄に挽かせた臨也がリビングで待っているだろうセルティに頼もうと顔を出すと、そこに見慣れた彼女の姿はなかった。
「急ぎの仕事でも入ったんじゃね~か?」
「かなぁ…じゃあ仕方ないか。静ちゃん電車で帰りなよ。あと、そこのティラミス食べ終わってから帰りなよ」
「わーってるよ。今日の朝の分で残しといたんだよ」
「………おい」
一人ではない朝食が久しぶりだった臨也は、予想もしていなかった。
この光景がすぐに日常の一部と化すことを。
そして、二人は予想もしていなかった。
セルティが自分達の想像を超えた想像をしているということを。
その後、セルティは混乱のあまり、帰宅途中に出会った狩沢達にこのことを話してしまったが、門田のおかげで何故、静雄が新宿にいたのかは理解したという。
その代わり、変なフラグを狩沢に与えて………。
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