「臨也、腹減っ…」
「今作ってるから、テレビでも見て待っててよ静ちゃん」
新宿、某高級マンション。
朝の七時、いつもと同じ時刻に、臨也はいつもと違って二人分の朝食を作っていた。
「そうは言われてもよ…」
「え~静ちゃんったら、俺んちにはそういういかがわしいビデオとかはないし朝からそれを見るなんて」
「分かった普通にニュース見るからその口閉じろ」
フライパンを器用に返しながら、言い負かされてリビングに戻る静雄の気配に臨也は苦笑する。
昨日、また何故かは分からないが泊まった静雄は、やっぱり何故かまた朝食を食べてから池袋に戻るのである。
今日は浪江は休みなのだが、これで浪江が居ると二人の間で少々火花が散っているような幻覚を見る。まぁ、臨也は気のせいだと思っているのだが。
「っし。こんなもんかな」
基本和食派の臨也は、味噌汁の味見をして頷く。一人だと作りやすい洋食にしてしまう率が高いのだが、複数だと、和食のほうが作りたくなる。
「静ちゃん。ご飯、もうよそってあるから持ってきてくれる?」
「?あぁ、分かった」
「あと、出来たら冷蔵庫から漬物ね」
「…おぅ」
さらっと付け足された注文に、盆はどこにあっただろうかと思いつつ、静雄はキッチンへ行って冷蔵庫を開ける。
目的のものを取ると、いつも自分が飲む牛乳を見つけて、少しだけ口の端に笑みが乗った。
そしてふと、視線を巡らせると、色々なものがバランスよく収納されている中に、一つの皿を見つけた。
「………」
数十秒後、静雄は冷蔵庫のドアが開いているという警告音に、慌ててドアを閉めた。
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「あれ?静ちゃん遅かったね。漬物見つかんなかった?」
「あ……あぁ、ちょっと別のところ探しちまってた」
「…ふ~ん?まぁいいや。食べよー」
「お、おぅ」
頂きます。と手を揃えて、二人は朝食を口に運ぶ。
…さて、何か落としたか壊したか。ばれていないとでも思っているようだが、挙動不審である。
しかし、皿でも割ったのだろうと思っていた臨也は、それはいちいち怒ることでもないと何も言わなかった。………静雄が帰った後、冷蔵庫を、開けるまでは。
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その日の午後、池袋。
至極楽しそうに歩く臨也の手には、ケーキの入った紙袋が入っていた。今日は、初めての試みであるケーキを作ったのだ。そう、初めての試みで。
「あっ、ドッタッチーン!!」
「臨也…まぁいいか。どうした?」
「新作ケーキを作って見たんだけどね?食べて欲しいと思って!あ、静ちゃんも発見。やっほー静ちゃ~ん」
「いぃぃざぁぁやぁ…ブクロには「ケーキ作ってきたよ?」……寄越せ」
あっさりとガードレールを元の位置に戻した静雄に、本当にこいつらは早くどうにかなってくれないだろうかという万感の思いをこめつつ、門田はため息をついた。
「…ほら、二人ともこっちに来い。駐車場の中のほうがいいだろう」
「はーい」
「おぅ」
返事だけはしっかりしている。
常に苦労人ポジションの門田にとっては、この二人の喧嘩の仲裁など、それこそ日常茶飯事である。それゆえに、高校時代は一時期色んな意味で有名となりつつあったのだが、まぁ、それはまた別の話。
既に切り分けていたらしい臨也が取り出したケーキは何やら今まで見たことがない色だった。…緑色である。
「着色料でも入れたのか」
「ううん?あ、試しにプリンも作って見たんだ!面白いでしょ~」
確かに、今まで作ってきたことがない色だから、面白いといわれれば面白いかもしれないが…
疑いもなく口に入れた静雄は、普通に美味しいと思っているのかパクパクと口に入れていく。
「お茶はね。セイロン茶にしてみたんだ~。これはこの間、知り合いの同業からもらったの」
「…危なくはないよな」
「俺家で飲んでるよ」
その言葉に、少し安心しつつセイロン茶を飲む。臨也と同業。といわれると、一瞬口につけるのをためらうのは、やはり、『情報屋』という仕事が、恐ろしく変な人種によって構成されていることを、目の前の人間によって実感しているからだろうか。
「…へぇ、面白い味だな。うまいし」
「えへへ。ありがとー。静ちゃんプリンはどお?」
「…普通に美味い」
「ほんと!?よかったー。実は、最初に作ろうと思ってたものが材料不足でさ。冷蔵庫の中にあったやつで作ったんだよねー」
「へぇ、この緑はその色か」
「そうなんだー。実はそれねぇ、
ピーマンケーキなんだよv
プリンにもピーマン入ってるし」
その瞬間、静雄の動きは石像のように止まった。
「しばらくさ、それ作ってこようと思うんだよ。にんじんケーキとか、ほうれん草のとか~。とりあえず、冷蔵庫に入ってたからピーマンにしてみたんだー。狩沢達にも感想聞きたいから、明日もこれ作ってくるね!」
「え?あ、お、おぅ……良いんじゃないか?た、たまには……」
そう答えつつ、門田は固まったままの静雄を見る。
表情は見えないが、何か焦っているようだ。
「静ちゃんも、たーっくさん食べてよね!ピーマン好きでしょ?」
あれ、静雄はピーマン嫌いじゃなかったか…?
そう思うが、何やら二人の間の空気が恐ろしくて何も言えない。
「いっやー、ほんと!冷蔵庫の中にあったカットフルーツがなくなってたときは焦ったけど、おかげで野菜ケーキなんて新しいジャンルには入れて俺は幸せだよ!うん。それで静ちゃん、俺に言うことはないかな~?」
「食ってすいませんでした」
にっっっこりと笑った臨也に、静雄は深々と、ためらうことなく頭を下げる。
その行動に、あぁ、またつまみ食いしたんだなと。いや、この場合は盗み食いしたんだなと、門田は確信しつつプリンを食べる。うん、言われなくては、いや、言われても分からない。ピーマンの味のひとかけらもしない。
カットフルーツということは、今日は本当はフルーツタルトかフルーツケーキだったんだなと思いつつ、そこらへんでやめてやれ。と、今までのことを掘り返して説教中の臨也を止める。
もはや、臨也の家に静雄が行くことには何の疑問も感じていない門田であった。
ちなみに、この後、しばらくの間は、静雄はつまみ食いも盗み食いもせず……否、それ以前に折原宅のキッチンには入らせてもらえなかったらしい。
あとがき↓
しつけ。というよりは説教ですが・・・。一万hitのところで、間違えて入れてしまって来神時代を書いたので、現代編でお送りしました。こんな感じでいかがでしょう?
ちなみにピーマンケーキもプリンも、実際にあって、そんなに野菜の味はしないらしいです。
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