いつ頃からか、ネットで、人の噂で、チャットで、池袋の街が平和になったというものが流れた。
その頃は、僕も紀田くんも園原さんもテスト前で、そういう噂話をすることも少なく、また、勉強の為にまっすぐに家に帰っていたから、その実態なんて知らなかった。
でも、
その日、テストが終わったせいか久しぶりにゆっくりと歩いた池袋の街で、
僕達は、確かな変化を、この目で見ることになってしまったんだ。
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「…ね、紀田くん。あれ静雄さんじゃない?」
「ん?あぁほんとだ。仕事終わりかな?まだ昼だけど」
テストのおかげで二時過ぎには終わった学校帰り。久しぶりに遊びに行こうということになって出た池袋の街は、確かに噂通り静かだった。
だが、それもその原因たる平和島静雄と折原臨也が遭遇しなければの話だし、全く信じてはいない。
チャットで聞いた話では、『とある光景と引き換えに得た平和だ』とセットンさんが話し、甘楽さんが『そんなに不気味だとは思いませんけど、不気味らしいですよぉ~?』と語っていた。意味がわからない。
とりあえず声をかけようと追いかけると、そこにいたのは門田さん達と、岸谷さん、静雄さんに、折原家の双子姉妹と、静雄さんの弟さんの幽さんの、9人。
……と、何故かキャンプなどで使うテーブル3つと、その皿に載せられたケーキやプリン、ゼリーに…見た事ない物もある。
「あれ?紀田くん久しぶりだね~」
「えぇ。今日までテストだったんですよ。皆さんはどうしたんです?駐車場に集まって…このお菓子の数々は?」
「あぁ~…ちょっとな、」
「?」
門田さんが見た方向を見ると、静雄さんが青いスポーツカーの中を覗き込んでいるのが見えた。
あんな高そうな車、見た事ない…。そう思っていると、その運転席から出てきたのは、見知っている人物だった。
「ふぅ、全く、いきなり電話してきて…。まぁ、この間手に入れてた情報だからいいけど」
「…臨也さん?」
コートこそ着ていないが、眼鏡をかけているが、何だかいつもと雰囲気が違うように見えるが、それは確かに新宿の情報屋である臨也さんだった。
「や、帝人くん。久しぶりだね~。テストはどうだった?」
「え、何で知って…」
「この間、俺らがいた時の先生に会って。まだ来良にいるって言っててさ、テスト問題考えるのめんどくさいってぼやいてたから」
「そ、そうなんですか……」
本当に何でも知ってるなぁ。と思った時だった。臨也さんの身体が大きくこちらに傾いて、何事かと思って視線を上げると、後ろから舞流が臨也さんの首に腕をまわしていた。
ふと見ると、咄嗟の無意識か落ちないように、臨也さんの手は舞流を落とさないように抱えていた。まぁ、つまりおんぶだ。
「イザ兄ー!ね、お茶のお代わりってある?」
「…マイル…。はぁ、ポットにあると思うけど?」
「……空…(あれ、もう空…)」
「え、もうないの?だったらほら、そこのコンビニで買ってこい」
こちらに来た双子の片割れである九瑠璃は、舞流と反対に臨也さんの前方に抱きついた。それにはいはい。と頭を撫でて、臨也さんは諦めたようにため息をつく。
毎度毎度思うのだが、何故にこの兄妹は接触率が高いのだろうか。
「え~。イザ兄のケーキにはイザ兄のお茶がいいのー!」
「……良…(いいの…)」
「葉も持ってきてないし、お湯もありません。コーヒーは多めに持ってきてるんだからそれ飲め。ったく……静ちゃんくる前に飲みつくして食べつくすとかしようとするだけだろ」
舞流を降ろすと、臨也さんは二人をテーブルの方へと追い払う。しかし、双子二人は構ってもらって嬉しいというように笑顔で戻って行った。
………?
「え、あれ臨也さんが作ったんですか!?」
「?うん。そうだけど……。あぁ、君達はテスト前だから知らなかったんだね。数週間前からこうなんだ。今日は特別多く作ったけど…」
「す、凄いですね…。こんなに……」
「ま、暇だったからね。どうせだったら食べる?園原さん」
「良いですか…?」
遠慮がちに尋ねる園原さんに勿論。と笑った臨也さんは、開いてる椅子を指差した。
「帝人くんに紀田くんもどう?狩沢達はもう限界みたいだし、後は静ちゃんとうちの双子が食いつくすだけだから。幽くんは、もう少しで仕事の時間だろ?」
「はい…。ご馳走様でした。久しぶりに食べれて嬉しかったです」
「はは、俺のでよかったら。あぁ、これあげる。中身はクッキーね。疲れた時は甘い物って言うし」
臨也さんがとりだした可愛らしいラッピングのそれには、10枚程度のクッキーが入っていた。
それを見て、紀田くんが小さく呟く。
「どっからだしたんだ…?今……」
同じことを思っていた僕はそれに僅かに頷きながらも、クッキーを嬉しそうに受け取って仕事に向かう幽さんを見送った。
「で?君達も食べる?」
「良いんですか?」
「別に良いよ。言ったでしょ、静ちゃんと双子に食いつくされるって。あの食いっぷり見てるのも嬉しいけど、たまには他の人が食べてるのもみたいんだよ…。………嬉しそうに食べてくれるなら、なおさらね」
ふわっと笑った臨也さんの視線の先には、周りから勧められたケーキを口に入れてパッと幸せそうな顔をした園原さんがいた。あぁ確かに、自分が作ったものであんな風に笑われたら、嬉しいかもしれない。
そう思って、僕は園原さんの隣に腰かけた。
「ね、どれが美味しい?」
「えっと…これ、かな」
だから、その後の紀田くんと臨也さんの会話を、聞くことはできなかった。
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「……変わりましたね、臨也さん」
「そう?何も変わってないよ。相変わらず俺は情報屋だし、静ちゃんと喧嘩もする」
「でも、噂してますよ。『池袋が平和になった』って、皆」
「ははは。ま、最近は面白そうなこともないし、面白くしようとも思わないよ。こんな事態になってるからね」
そう言った臨也の視線の先には、帝人を含めた皆が、思い思いにお菓子を食べているのが見える。
帝人から聞いた『とある光景と引き換え』というその光景は、このことだったのだろう。平和島静雄が、折原臨也のつくった菓子を何も言わずに食べているなんて、確かに心臓に悪い不気味な光景だ。
「……何か、あったんですか?」
「…高校を卒業する時にさ、この光景とおさらばしようって、そう思って静ちゃんに色々押し付けたのに。まさかこうなるとは思ってなかったんだよね…。しかも人数増えてるしさ」
「答えになってませんよ」
「君も、聞きたいことと別のこと聞いてるよね。混乱してる?」
はぐらかされたことと図星をさされたことに思わず眉間に皺を寄せたが、ため息をついて口を開く。
何だか本当に、テストがあって遠ざかっている間に、池袋は変わったようだ。
少しだけど、でもそのうねりは大きく。街は魔物だと、昔この人に言われたことを思い出す。
「……看護婦さんからよく聞く、沙樹への見舞いのお菓子とか…臨也さん、だったんですね」
「あぁ………ま、ご想像にお任せするよ」
半分肯定しているような問いと共に背を押され、帝人達の元へと連れて行かれる。本当に、この人は変わった気がする。
でも、もしかしたら…
これが、この人の『ホントウ』なのかもしれない。
あとがき↓
全員喋らせるのは…無理でしたっ…!ワゴン組と新羅は、お腹いっぱいなのでコーヒー一筋です、多分。
でも臨也は作りすぎたとは思ってない。何故って?食べつくす人間が三人もいるからです。
現代編(?)の一番最初から、大体3週間後の出来事。高校のテスト前の期間って2週間ぐらいでしたっけ……?
正臣と臨也って、結構書くと楽しいコンビ。
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