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その日、幽が家の扉を開けると、見慣れない靴が一つある事に気がついた。
兄の靴の隣に、ちゃんとそろえて置いてある。学校の友人なのだろうか。
兄の靴も同じように置いてあり、きっとその友人がそろえてくれたのだろうと考えながら、兄がちゃんとお茶を出したりしているのだろうかと心配になって、幽は少々早足でリビングへの扉を開けた。
「ただいま、兄さ…」
「あれ、静ちゃんの弟君?」
そこにいたのは兄ではなく、深い黒い髪に、とても綺麗な顔をした、赤い目が印象的な、人。
「えっと…」
「あぁ、俺は折原臨也。はじめまして、幽君」
君のお兄さんから君の話はよく聞いてるよ。と、優しげに笑ったその人の名前は、兄から聞く高校での話に一番出てくる人の名で。
それが、臨也さんとの初対面だった。
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「テスト勉強してたんだけど、静ちゃんタバコ買ってくるって出かけちゃって。ごめんねー。テレビ勝手に見ちゃってて」
「いえ。兄が…すみません。お客さん置いて買い物なんて…」
そう言うと、臨也は目を丸くした後、君がそんなこと気にしなくていいんだよ。と快活に笑った。
「大体、静ちゃんが我が道を行く奴かなんて出会った頃から知ってるから大丈夫大丈夫。俺は慣れてるし」
「で、でも……すみません」
「あ~…うん。良いなぁ静ちゃん。こんな素敵な弟がいて」
「?」
項垂れていた幽は、いきなりの話題転換に顔をあげた。すると、臨也は疲れきったような顔でグイッと緑茶を飲み干す。
「うちの妹はまだ小学生なんだけど、もう、なんて言うか…。うん。可愛かったのは喋る前までかな。言葉覚えてからどっからそんな知識得るのかいらんことばっかり覚えやがって…」
「そう…なんですか…?」
「そう。あぁ、俺が悪いのかなー…それとも親が悪いのか…」
机に突っ伏して落ち込んだ様子の臨也は、何だか兄に聞いた時とは印象が違った。
『折原臨也』のことを聞いたのは兄の入学当初のみだったが、確か、悪い印象の物ばかりだった気がする。
でも、目の前のこの人は、おそらく項垂れていた自分に気を使って話題を変えてくれたのだろう。
その結果、落ち込んでしまっているが…。
「あ、あの、お茶のお代わり…」
「え、あぁ…。いいよ、自分で入れる。ね、ここって紅茶あるかな?パックでいいんだけど」
「?あったと思いますけど…」
いきなり言いだした臨也に困惑しながらも、幽は記憶を辿って紅茶のパックを取り出した。
「ありがと。あと、さっき静ちゃんに要求されてホットケーキ作ったからあれもあるし…」
「ホットケーキ?」
兄さん、お客さんに作らせちゃ駄目だよ…。
「静ちゃんにもまだ出してない、美味しい紅茶を淹れてあげるよ」
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「ん?紅茶…か?」
タバコと、ついでにアイスと喧嘩も買って帰って来た静雄は、玄関に入った途端ふわりと漂ってきた甘い紅茶の香りに目を瞬かせた。うちに紅茶なんてあったのか。
「臨也?…に、幽も帰ってたのか」
「や、静ちゃんお帰り。その様子だと喧嘩も買って来たね?袖、土ついてるよ」
「お帰り、兄さん…」
リビングに入ると、弟と臨也が紅茶を飲みながら教科書を広げていた。教科書は幽のものなので、教えてもらっていたのだろう。
「おぅ、ただいま。アイスも買ってきたけど…」
「後にした方がいいんじゃない?そもそも俺は、新羅とドタチンから何が何でも静ちゃんの赤点フラグをへし折れと言われてるんだから。まずは勉強しようねー」
「…チッ」
「はい舌うちしないー。ほら、今日はあとこの古文だけなんだから」
「……ほんとだな」
「まぁ、静ちゃんが解ければの話だけどね~?」
その言葉に殺気を放つ静雄だが、臨也はニコニコと笑って問題を突き付ける。本当に、歯牙にもかけず。
兄にそんな風に接する人間を初めてみた幽は、無表情の下で、ただただ驚いていた。
「だぁーかぁーらぁー!!ここは会話文じゃなくて地の分!現代文みたいに括ってないの。だからそこを先に見つけろってさっきから言ってんだろうが!!」
「んなもんわかるか!!大っ体、どっからどこまでがどいつのセリフなんかもわかりゃしねぇ!!」
「だからそれを理解しろっつってんの!あと、ここの助動詞は受け身ね!あとこっちは伝聞じゃなくて推定!!助動詞の活用法は表で出すって先生が言ってただろうが!!」
「俺と手前じゃクラスちげぇっつの!」
その後の喧嘩腰での会話に、更に驚いたが。
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三時間後。
お互い息を切らせつつも古文の勉強は終わったようで、静雄と臨也は教科書を片づけ出した。
「さて、そろそろお暇しよっかな。そういや、静ちゃんのご両親いないの?仕事?」
「え?あぁ…そういや、今日は近所の集まりで温泉とか言ってやがったな…。忘れてた」
朝、ウキウキとして両親が出かけたことをすっかり忘れていた。確かに泊三日だと言っていたので、帰ってくるのは明後日だ。
「そういう手前ん家はどうなんだよ?」
「ん?あぁ、今は二人とも日本にいるよ。いやー、双子の相手を一人でしなくていいってのはありがたいよね」
どこか、親への認識を間違っている発言である。
「そっか…。どんな人かすっごく興味があったんだけど仕方ない。次の機会としよう」
「どういう意味だ。てか臨也。そういうわけで何か作れ」
「ハァ?」
「腹減った。いいだろ、手前ん家親いるんだったら」
「……まぁ、ねぇ…」
三時のおやつと言ってホットケーキ三枚も焼いたのに…。と悪態をつきつつも、何故か食関連の頼みは断れない臨也である。
「静ちゃんは兎も角、成長期の幽君に乱れた食生活をおくらせるのは可哀想だよね…しょうがない、か」
「どういう意味だ」
「そーゆー意味。静ちゃんも手伝ってよー。手伝うくらいできるでしょ」
「あ、俺も…」
手伝います。と、言おうとした時だった。
臨也に襟を掴まれている兄が、ふっと笑っていいからと手を振る。
「幽は部屋で宿題やってろ」
「そうだね。さー静ちゃん。一品ぐらい作りなよ。てか冷蔵庫の中に物あるの?」
「あぁ?多分…」
やっぱり、兄さんが前に言っていた印象と結びつかない。というか、何でお客さんなのに作らせてるんだろう。良いのかな?と、当然のように臨也をキッチンに立たせる静雄に、幽は少々不安になったのだった。
1時間もすれば、流石に宿題も予習も復習も終わって暇になってくる。ついでにお腹もすいてきたので、やはり下に行って手伝おうと幽がドアを開けると、今まさにノックしようとしている体勢の兄が立っていた。
「兄さん?」
「あぁ、悪い。できたから呼びに来たんだけどよ…。宿題は終わったか?」
「うん。大丈夫」
そうか。と言って階段を下りる兄についていくと、美味しそうな香りが漂ってきた。
「わ…。これ、本当に作ったの?」
「ほとんど臨也がな。おい、お前も食ってから帰るだろ?」
「折角だからそうしたいかな。あぁ、今味噌汁持ってくる。静ちゃん、箸ってどれ使えばいい?」
「あぁ、確か右の棚に入ってる」
母のエプロンを借りたのだろう臨也は、存外、それが似合っていた。
というか、高校生が肉じゃがやピーマンの肉詰めなどを綺麗に作れるということが凄い。手慣れているのだろうか。
「あ、静ちゃん、言ったからには好き嫌いなく食べようねー。そうしないとテスト対策の課題増やすよ。幽君はデザートあるからね~」
「わーったよ」
じゃ、いただきます。
そう言って食べ始めた二人に、慌てて幽も手を合わせて食べ始めた。
「そういえば、新羅が明日化学の対策プリント持ってくるって。あとドタチンは世界史と日本史ね」
「そんなに、テストあるんですか?」
「一日三教科ぐらいだけど、早いうちに覚えるものは覚えといた方がいいからね。全く、ヤバいならヤバいってさっさと言ってくれればいいのに」
「学年上位のお前らに言えるかよ」
「や、静ちゃん。使えるものは使おうよ。静ちゃんに教えることで俺達は復習にもなるし、些細なミスに気づくっていうメリットだってあり得るんだよ?新羅も怒ってたからね。次怪我したら容赦ないかもしれないよ」
「げ」
話によると、テストは来週末かららしく、確かに、対策を練り始めるにしては遅いかもしれないと幽も考えた。
「ま、やればできるんだしね。俺達が叩きこむんだから半分以上は取ってもらわないと」
「赤点取らなきゃいいじゃねぇか」
「え~?教師陣の既に追試作ってる奴らの鼻あかしてやりたいとは思わないわけ?どうせなら追試免れた時間で他のことした方が有意義だよ。有意義」
臨也は、よほど自信があるらしい。自分が点を取る事にしても、静雄に取らせることにしても。
やはり兄に対してここまで言う人間は初めてみた幽は、やればできるんだから。と言われた時、兄の顔が少々赤くなったのを見逃さなかった。
何があって、兄が臨也に抱く印象や態度は変わったのだろう。
いつも喧嘩ばかりしているらしいと聞いていたのだが、話を聞いていると友人もいて、喧嘩は相変わらずのようだが、楽しそうに過ごしていることが分かった。
それに、
「それより静ちゃん。器用にピーマン残してるけど、それ余計に食べにくくなるって知ってるよねわかるよね?」
「………おぅ」
兄に、ここまではっきりものをいう人は、やはり初めてだ。今まで先生も、親戚も、両親でさえそんな風に言ったことはなかったのに。
そう思った瞬間、幽は自然に、するりとその言葉を口にした。
「臨也さん。兄さんのお嫁さんに来てください」
苦さを味噌汁でごまかしていた静雄と、それを微笑ましくもニヤニヤと笑いながらお茶を飲んでいた臨也は、思わずそれを噴き出し、あるいは気管に入らせるほど驚いたが。
一応明記させていただくと、その次の日も、勉強ついでに臨也は夕飯を作って食べて帰ったらしい。
あとがき↓
何だか幽君視点になっちゃいました。幽君難しい…。
料理シリーズ設定ではありますが、お菓子ではなくて普通のお料理にしてしまいました…。
こんな感じでよろしかったでしょうか…?