多分、それは気紛れだ。
いつもならカツラをかぶり、いつものジャケットを羽織って、そしてナイフを忍ばせて歩く、いつもの街並み。
それを今日は、地毛である長い黒髪をそのままに、先日優秀な助手に着せ替え人形にされて買った服にヒールを履いて、ナイフは小さなショルダーバッグに入れて歩く。
「珍しいわね」
そう、出かけてくると言った時に波江に言われた。それに自分はなんて返しただろう?あぁ、『何だか今日は天気がいいから』だ。
ちょっと履き慣れない靴に、靴ずれを起こさないかとひやひやしつつも、歩くのは池袋。
天気がいいと答えた自分に苦笑していってらっしゃい。と言ってくれた波江の為に、露西亜寿司の特上でも買っていこうか。確か、苦手なものはなかったはずだ。
そうしよう、と進路を変えた時だった。後ろから、少し聞き慣れた少年の声が自分にかかる。
「そこのおねーさん!暇ならお茶しませんか~?」
「き、紀田くん!」
あぁやっぱり。と思ったのは一瞬。学校帰りだろう来良の三人に、私?と聞き返した。
絶対ばれないという確信は、ある。
「そうですよぉー!どうです?近くに美味しいケーキ屋さんがあるんですが!」
「ケーキ屋さん?ごめんなさい。甘い物は苦手なの」
「あっちゃー!あ、でも、あそこコーヒーも美味しいんですよ!」
「さっき、そこのカフェで休んじゃったから、当分いいかな?ごめんね」
流石というべきか紀田正臣。
すり抜けようと思っても話題を向けてくる。しかもそのケーキ屋は波江に買って帰ろうかとさっきちょっとだけ考えた店だ。まさか、ショーウィンドウを眺めているところから見ていたのだろうか?
そんなことを考えつつも、臨美はふわりと笑った。それはもう、向けられた人間以外も足を止めるくらいに綺麗な微笑を。
「私なんかより、可愛い同級生と一緒に行った方がいいと思うよ。それじゃあね」
********************
「そういえば、今日は静ちゃんに会ってないなぁ」
露西亜寿司に夕方頃に取りに来る。と注文を告げてぶらぶらと街を歩きながら、ふと思い出す。
いつもならすぐに自分を見つける喧嘩人形と、今日は遭遇していない。
折角来たのだし会いたいな。誰か知らないかな。そう辺りを見渡すと、目に入ったのは見慣れたワゴンと、四人組。
その中に同級生を見つめ、臨美はにやりと笑った。
「よし。
京平くーん!!」
右手をあげ、臨美はあちらに分かるように手を振った。ちょっとはしゃぐ、子供っぽさを出すことは決して忘れない。
すると、こちらを見た門田が勢いよくコーヒーを吹きだした。
それを見届けて、ニコニコと笑いながら臨美は門田に抱きついた。
「おま、いっ…!痛っ…」
「『いきなり抱きつくな』って?やだなぁ京平君。高校の同級生に会ってちょっとはしゃぐくらい許してよ」
臨也、と呼ぼうとした門田の足を思いっきりヒールで踏みつつも、にこーと笑って見上げる。
苦労人&親属性の門田は、基本的にこれで折れてくれるのだった。うん。だからドタチン好きだよ。
「……はぁ。で?珍しいな、池袋に来るなんざ」
その格好で。と小さくつけたされたのが見えて、そうだね。と臨美は笑った。
「仕事のひと段落ついたから、まぁ、気分転換かな~。帰りに露西亜寿司でお土産買って帰るけど、それまで暇で。ね、静ちゃん知らない?どうせだから会って帰りたいな」
「あ?あぁ、あいつなら仕事中だったぞ。さっき取り立てに行くとこみたからな」
「そおか~…ん?」
「あ、えと…すんません。門田さんのお知り合いっすか?」
遊馬崎が、恐る恐るとこちらの顔をのぞいてきた。そういえば、ワゴン組全員がここにいたんだった。
「はじめまして。臨美っていいます。京平君に新羅君、あと静ちゃん…静雄君とは高校時代の同級生なんですよ~。ね?」
「…おぅ。お前がそう言うと違和感あるけどな…」
いい加減離れろ。と、頭をポンポンと叩かれる。それに元気良く返事をして、臨美は遊馬崎達に向き合った。
「皆さんのことも知ってますよー。これからも京平君のことよろしくお願いしますね」
「うん。まっかせて!」
「や、狩沢さん。世話になってるのは俺らの方っすよ…。というか、その服装のことを是非。絶対領域とか極めてますね」
「足ほっそーい!ねね、コスプレとか興味ある?!」
「やーめろお前ら…。しかしまぁ、可愛い同級生がいたもんだな。もてるだろ」
「え?はは。今のところ彼氏さんはいないです~」
「へぇ、そうだったのか」
渡草の問いにそう答えると、門田が意外そうな目で見てきた。
ちょっと、私を何だと思ってるっていうか、説明したでしょ色々。
その視線を受けて門田が思うことは一つ。
まだ、あいつと付き合ってなかったのか…。というか、今まで付き合ってなかったのか…?あれで?
そんな困惑をよそに、遊馬崎と狩沢が目をキラキラと輝かせながら臨美に話しかける。
「臨美さん臨美さん。いつもはどちらでお仕事してるんですかぁ~?」
「私?私は「なぁんで手前がここにいるんだぁ?臨美ぃ……」……………あれ、静ちゃんだ」
新宿ですよー。と答えようとした時だった。後ろからいつもは自販機かゴミ箱か標識を投げられた後に聞く声に、反り返って上を見る。
取り立てに行った。と門田から教えられたはずのその男が、臨美のすぐ後ろに立っていた。
「何で池袋にいやがる」
「天気がいいから、お散歩兼ねて来ましたー。ねね、波江に見てもらったんだけどさ、これにあう?変じゃない?」
不機嫌なのもなんのその。
ぱっと体を反転させて袖を引けば、呆れたようにはいはい。と頭を撫でられた。
「えーちょっと。はいはいって…それだけじゃ分かんないー」
「あ~。可愛い可愛い」
「む~~…」
「…え、門田さん。アレって…」
「あ?あぁ気にするな。いつものことだいつものこと」
「へ?いつ…も………?」
どうせ、仕事で缶詰になっていたから甘えたくなって出てきたんだろう。『臨美』の恰好なら、不審がられることも不気味がられることもない。まぁ、静雄は明日から大変かもしれないが。
一月は臨也の姿を池袋で見かけていないあたりこの予測で当たりだろうと、門田はため息をついて今だくっついている二人に声をかけた。
「おい、昼飯まだだろ。どこか行くか?」
「あ、行きたい行きたい!」
「手前のおごりだぞ臨美」
「え、静ちゃんのおーぼー!!」
すぐに口喧嘩を始めた二人に、恰好が変わっても、規模が小さいだけでやってることは変わってないな…。と門田はため息をついた。
あとがき↓
あれ、メロメロにできてないかも…?来良組難しい。とりあえず紀田くんにナンパしてもらいましたが…。うぅむ。
精進します。
下に、入れたいなと思っていて入れなかったセリフ。これでタイトル決めてたのです。
「てか、何で手前はそんなかっこできてんだよ。いつも通りにしてこいよ」
「え~たまにはいいでしょ。波江が折角選んでくれたんだよ~?三時間も着せ替えさせられて!ちょっとは着てあげないと可哀想でしょ。それに、」
「それに?」
「キレーなお姉さんは、皆好きでしょ?」
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