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その日、池袋の街中を見るからにご機嫌と言う顔で歩く二人の少女が居た。
二人で手をつなぎ、平日・日中の池袋を歩く二人は、色々な雑貨屋をまわっては沢山のものを買って行く。
それは、夕方の時刻に差し掛かる頃には、二人の両手がふさがれるほどになっていた。
それでも、二人は困ったという顔一つせず、ニコニコと笑ってご機嫌である。
そんな二人は戦利品をベンチの脇に置いて、缶のプルタブを開けてふぅ。と一息ついた。
「いっやー、でも、流石に疲れたねぇクル姉!」
「肯…。否、楽…」
「そうだね、そろそろ迎えも来るしっ!」
二人が平日に、高校生とは思えないほどの買い物をしている理由…。それは、今日が二人の誕生日であったからだ。
奇しくも、というよりは、恐らく兄が電話で何か言ったのだろう、珍しく仕事に区切りをつけて日本に帰って来た両親から、今日だけ特別だと、黒に染まった、そのクレジットカードを渡されたのである。
その両親は、兄に連れられて今頃家でのんびりごろごろしていることだろう。あぁ、父は、兄の手伝いをして楽しく料理をしているかもしれない。折原家は、何故か男が料理好きという家系だ。母も上手と言えば上手だが、今家で作っているのは男二人だろう。何故かそう思う。
今日の夕飯はなんだろう。久しぶりに、家族五人での食事。前に五人で食べたのはいつだったかなんて、正確には覚えていなかった。
別に毎年通りでいいのにと兄に悪態をつきつつも、二人が浮かれてご機嫌なのは、随分前、誕生日だというのに全く帰ってこない親に、何で五人でお祝いできないのかと聞いたことを覚えていたからだろう。あれは確か、小学校の頃だった。
「まったく、イザ兄も覚えがいいというか、今更っていうか……」
「……嬉(でも、嬉しい)」
「だね!…お?しっずおさーん!」
「?…おぉ、九瑠璃に舞流か。どうした、私服で…そんな大荷物」
「えっへへー。誕生日のプレゼント!」
「へぇ…。誰にだ?」
「?私達のだよ。久しぶりに親が帰って来ててね、これで好きなものを買ってきなさいって!」
「……母……雑(母さん、大ざっぱだから)…」
そう言われて、静雄は二人の傍らにある四つの袋を見た。何処からどう見てもブランド物や、最近できた少し高めの値段の小物の店の袋。幽が愛用しているブランドのロゴが入ったものもある。
そして、突きつけられたカードの色は、黒。
どんな金銭感覚してんだこいつらの親は…。
普段はちゃんと節約しているように見える。しっかりとした金銭感覚を持っているように見えるのに、『親に貸してもらった』というそれだけで、この二人の金銭感覚は大いに変わるらしい。
と、いうことは、普段のあれは兄である臨也の教育ということか。
…それはそれで何だか妙に納得いかない。
「……で?そんな大荷物、持って帰れんのか」
「大丈夫だよ~!イザ兄が、仕事の資料を取りに行った帰りに拾ってくれるって」
「……久、兄、特(久しぶりに、兄さんの、特製ケーキ)…」
「そうだね、お夕飯もいつもより腕によりをかけてるよね。はぅ~…」
「あいつの、『特製』…?」
臨也の料理が美味い事は、静雄も知っている。むしろ最近では、日々、池袋の人間にそれが認知されるほど、臨也の菓子を食べている。
新羅に太るよ?と言われて、思わず拳を出したくらいには。
「おい、それってどういう…」
「あっ、噂をすればイザ兄!じゃあね、静雄さん!」
「……再(また)…」
西口公園の入り口、車道に面したそこに見えたのは、最近見慣れた蒼のスポーツカー。運転席から見えるのは、見慣れた、臨也の顔だ。
両手の荷物を慌てて掴んで走って行く二人に、『特製』についての追求から逃げられた気がする静雄だったが、後で臨也本人から聞くか。と、トムとの待ち合わせ場所へと歩き出した。
**********
一方、臨也の車に乗り込んだ二人は危ない危ない。とため息をついていた。危うく、兄の、臨也の『特製』の秘密を話してしまうところだった。
「静ちゃんといたみたいだったけど…。どうかしたのか?」
「ううん~、そんなに荷物持ってどうしたって聞かれただけ!」
「?そうか。なら帰るぞ」
「はーい。あ、ねぇ、もうお夕飯の準備は終わったの?」
「……菓…(ケーキは)?」
「お前ら…もうその話に行くのか。大体は終わってる。ケーキは盛り付けだけだ。後は見てのお楽しみ」
「え~」
臨也がいつも作るケーキは、それはそれでとても美味しい。
でも、誕生日や記念日に作るものは、いつもと比べて数が少なかったりサイズが小さかったりするけれど、その数倍美味しいのだ。
それがどうしてかなんて、二人は聞いたことはない。ただ、記念日だから、いつもよりぐっと想いをこめて、丹精込めて作っているんだと、親に言われた事がある。
それを知っているのは、臨也の幼馴染な友人達と、今現在も来良高校で家庭科教師をしている女性、そして、折原家の人間くらいだ。
故に、自分達と同じくらい、否、高校時代の一時期はほぼ臨也のケーキを独占していたと言っても過言ではない静雄に、この事を易々と教えるわけにはいかないのだ。
「この秘密は絶対守らなきゃね、クル姉!」
「……護…」
新たな決意に燃える二人に、それをミラーで見た臨也は首を傾げた。この双子は、せっかくの誕生日だというのにまた何かやらかして、それを秘密にしようとしているのか。
どうにかしてその秘密とやらを吐かせるか、それとも見てなかった事にするか。…即選ぶのは後者だ。間違いない。
「まぁ、大目に見よう…今日だけ」
この呟きを聞けば、いつも大目に見てるじゃないか。とつっこみを入れる人間も多数いるだろうが、幸いなことにそれを言う人間は車内にはいなかった。
「ほら、そろそろ着くからな。カードはちゃんと母さんに返せよ」
「…分…(わかった)」
まったく普通のクレジットカードもあるだろうによりによってブラックカードを渡すとは、流石の臨也も予想していなかった。二人が出かけた後で言われて、つい説教体勢に入ろうとしたほどだったが…。まぁ、荒く使っているようには見えないし、いいだろう。
自分はまともではないと自覚しているはずなのに、家族といると自分が一番まともなんじゃないかと、時々思う臨也だった。
「夕飯楽しみだね、クル姉!」
「肯」
既に心は食卓に。と言った感じで笑いあう二人に、そう言えばまだプレゼントをやっていなかったなと、臨也が思い出す。
二人の部屋の、それぞれのベッドに置いたままだ。とある知り合いに作ってもらった、同じ色でデザイン違いのワンピースと、パーカー。夕飯前にできたらきてもらおう。と、臨也はさりげなく荷物を部屋に持って行け。と言って車のエンジンを止めた。
ちなみに、その日の夕飯はフランスのコース料理に、デザートは『特製』のザッハトルテと、父作のパンナコッタ。
そして、臨也はこだわって作ってはいるが別段『特製』と意識しているわけではなく、静雄の問いに後日首を傾げることとなり、そんなところを九瑠璃と舞流が乱入してうやむやにしてしまうという光景が、池袋で何度か見られるようになった。
特別な日に、特別に貴女達に贈る、甘美で美しい、贈り物。
あとがき↓
折原家で始まったリク企画だったので、折原家で締めてもらいました。
始めて具体的に出てきた折原家両親…。しかし喋ってません。そして、何となく母子ならぬ父子のキッチンでの料理風景を…。面白そうだなと思って、つい。
少々短いですが、臨也さんの『特製』ケーキについてでした。