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その声を聞いた瞬間、身体が竦むのが分かった。
その姿を見た瞬間、懐かしさや嬉しさよりも、何かが崩れる気がした。
すべてが終わるより前、沙樹と共に池袋を出てから、ずっと会わなかった、その彼は背も伸びて、スーツが様になっていて、時間の流れを感じさせる。
彼の…竜ヶ峰帝人の顔が、嬉しさで染まる前に、正臣は沙樹の手を取って走りだした。
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懐かしい、しかし絶対に忘れないその姿を見た瞬間、帝人は嬉しさと共に、先日の差出人不明の書き込み、その理由をやっと理解した。
それはとある掲示板に書き込まれ、『大衆の帝王へ』という題名で、瞬く間にダラーズ内で流れた。
大衆…この池袋で、今も昔も、勝手に集まってそこにある最大の勢力はダラーズだ。解散しようと思えばできたが、臨也のいない今、それは何故かもったいないような気もした。
帝人は今、その連絡網を使って情報屋、というよりは探偵に近い真似事をしている。勿論、親しい人以外に己の顔を知らせてはいない。
その掲示板には、一言。
『来たる、新しい始まりの日。貴方の懐かしい出会いに、祝福を』
懐かしい出会い。
何のことだろうと思いつつ頭の片隅に置いていたのだが、それはこういうことだったのだ。見知らぬ女性と共に笑っている彼を見た時、そう確信した。
しかし、彼は、正臣は自分がもう一度その名を呼んで駆け寄ろうとした瞬間、その女性の手を引いて走り去ってしまった。
同じ大学に入学した杏里が、何があったのかと、不思議そうにこちらを見ているのに気づいて笑おうとするが、上手く、できない。
そうだ。正臣は、自分の足で池袋を出た。
もしかしたら自分や、池袋の知り合いとはもう会いたくないのかもしれない。というか、それしかあり得ないだろう。
そう考えながらとぼとぼと歩いていると、自分に影が差しこんだのが分かった。それは、人の形で。
「あ…!」
杏里の驚いたような声に、のろのろと帝人が顔をあげると、そこにいたのは実に意外で、池袋では死んだと噂されている、その人。
「い、ざや、さん……?」
「やぁ、帝人くん。杏里ちゃん」
高そうなスーツを着こなし、その隣に綺麗な女性を連れて、新宿の情報屋…死んだと噂され、自分もそう思っていた折原臨也その人が、そこにいた。
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一方、車に乗り込んだ波江は、呆れたようにため息をついた。
後部座席にいるのは、本来乗るはずだった二人ではなく、その高校時代の友人達。
なるほど、『友人と一緒にいてほしい』とはこういう意味だったのか。
しかし、正臣と再会し、正臣が沙樹と共にさっさと二人で帰ってしまうことも予想していたとは、相変わらず食えない、ついでに言うと悪趣味な男だ。
そんな悪趣味男が、子供達二人に言ったのは、『乗ってく?』という、ただ一言だったが。
「そういえば、入学おめでとう二人とも」
「えっ、あ、ありがとう…ございます…」
「はは、そんな警戒しなくても。情報屋はもう辞めたし、取って食べたりなんてしないよ?」
「嘘くさいわね」
「あっ、波江酷い」
波江と臨也のテンポの良い会話に、何か言おうと口を挟む前に帝人達は唖然とした。臨也にここまで言える人間など初めて見た気がする。
「それにしても、せっかく掲示板に書き込んでお知らせしたのに、逃がしちゃ意味がないじゃないか帝人くん。ちゃんとほら、捕まえとかないと」
「え?」
「書いたでしょ、懐かしい出会いに祝福を。ってね」
ミラー越しのにやりとした笑みに、あの書き込みは臨也のものだったのかと思うと同時に、納得する。臨也ならば、自分の正体を知っている。
しかし、何故…
帝人の疑問は、隣りにいた杏里によって問われることとなった。
「どうして、貴方がここに…入学式に来ていたんですか?」
その言葉に、少しだけ言葉を選ぶようなそぶりをしながら、臨也は楽しそうに笑った。
その笑みは、自分が池袋で見てきた、否、誰もが池袋で見てきたあの笑みとはどこか違う、嬉しさや優しさに満ちたそれだった。
「今日は、正臣と沙樹の入学式でもあるからね」
「……え?」
「そ、それってどういう…」
「俺達二人が、正臣と沙樹…正臣が女の子を連れてただろう?あの二人の保護者なんだよ」
何と言っていいのか。
予想外に尽きる言葉に、何処へ向かっているんですか。という事も聞けず、二人は目的地に着くまで呆然とする他なかった。
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一方、全速力で帰って来た正臣は、どうしたの?具合悪いの?と心配そうにこちらを見ている沙樹に大丈夫だと言いつつ、臨也と波江を置いて帰ってきてしまった事に気づいてがくりと膝をついていた。
帰りは一緒に、どこかで昼でも食べようか。と話していたのに。ついでに、電車使って帰ってくるより断然早かったはずなのに。
これは久しぶりに、内心ニヤニヤと笑いながらのウザいくらいの精神攻撃(言葉)が来るに違いない。
あぁもう、どうすればいいんだ…?
既に、その脳内は友人との再会云々よりも、如何に臨也の嫌味を回避するかで動いている。
この場合、嫌味を言われるという点では臨也の同僚達に頼ると余計危ない気もするし、波江は臨也と一緒に置いてきてしまった方なので、無理。
「正臣?」
「うぅ、沙樹…」
「だ、大丈夫だよ。臨也さん多分怒ってないよ。ね?」
うん。俺の癒しと味方は沙樹だけだな。
そう確信して感動していた正臣は、臨也がその再会を見越して、どうせ恥ずかしさと気まずさで正臣が逃げるだろうと考えていた、とは夢にも思わなかった。
やがて、二人の耳に、聞き慣れた車のエンジン音が入ってくる。
「ほら、帰って来た!謝ってさ、改めてお昼食べに行こうよ」
「……うん」
既に、二人は着替えている。こうなったら臨也達にも着替えてもらって、私服で食べに行こう。お祝いだからといって高い所に食べに行く必要もないし、どうせ夕飯は保護者二人が腕をふるっての宴会に決まっているのだ。
そう思って、サンダルをはいてそのドアを開けた時、正臣の目に飛び込んできたのはさっき遭って、逃げてきてしまった友人と、そしてもう一人の友人。
その耳に飛び込んできたのは、
「や~っぱり、帰ってきてたねぇ。正臣?」
お昼にピザ買って来たよ~と、意地悪げに笑っている声だった。
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「臨也さん、あの人達…」
「正臣の高校時代の友人だよ。同じ大学なんだ。ちょうど会ってねぇ」
「そうだったんですか」
居間。
正臣と帝人達を正臣の部屋に残し、飲み物とピザを一枚置いて、三人はもう一枚買ってきていたピザを食べながらテレビを見ていた。
「ごめんねぇ、お昼食べに行けなくて。夕飯は頑張るから」
「ふふっ、じゃあ、期待して待ってます。お買い物には行くんですか?」
「勿論行くよ。大抵の物は買ってあるけど、ちょっと足さなきゃね。あとお酒…」
「勝手に持ってくる人がいるから大丈夫よ」
「じゃあ、ジュースだけ買い足すかな。沙樹は、お客さんを駅まで送ってあげてね。同じ大学なんだしきっと仲良くなれるよ」
「はい!」
そんなのほほんとした二人を横目に、波江は小さくため息をついた。本当なら沙樹もあちらに残っていた方がよいと思っていたのだが、何を思ったのか、沙樹は『私、お邪魔かな?』といって、自分達についてきたのである。
今頃、正臣はどう話しているのだろう。罪歌の件は別としても、ダラーズや黄巾族、そして、そんた諸々の騒動を引き起こし続けたのが、たった一つの目的のためと聞いて、複雑な心境にならない人間などいない。
自分は、関わった当初に打ち明けられていたので、よくまぁ二面性を保ち続けられるものだと思っていたのだが。
周りのそういう心理を思って、臨也は池袋から消えることを選択したのだ。
「あの二人、夕飯まで招待しておくの?」
「それでもいいけど、そうなると終電が…。沙樹、聞いてきてくれるかな。俺ちょっと仕事片づけてくる」
「分かりました」
**********
その頃、帝人と杏里は、簡単に話すけど、という前置きで語られた今までの騒動の裏に、唖然とする他なかった。
切り裂き魔は全くの誤算とは言え、それを利用した事。
正臣も最初は巻き込まれた形だったが、それから、自分に出会い姿を消すまでも、ずっとその事情を知っていて行動していた事。
ダラーズを作り上げたのも、それらの情報網を利用して行動するためという事。
多くの、多くの出来事が、臨也のたった一つの目的のためであったという事。
それが、随分前に池袋で捕まった人間を見つけだすことであり、その時に臨也が大怪我を負い、それを機に、池袋、新宿から引き揚げた事。
それ故に、池袋の『日常』が変わった事。
そんな多くのことを語られたが、二人が一番驚いたのはこれだろう。
『折原臨也が警察官僚』という、そのあまりにも衝撃的な事実。
しかも、この仕事自体は中学時代からであり、つまり平和島静雄と『戦争』している間も、彼は警察であったという事だ。
「臨也さんが警察だってことは、誰にも言わないでほしい…。誰も信じないだろうけど、生きてるってだけで面倒事も増えるし、まだ裏じゃ色々と動いてて落ち着いてないんだ。門田さんとか、学生時代からの人達も知らないって言ってたから…。頼む」
「で、でも……」
安否ぐらいは、知らせてもいいのではないだろうか。そう言おうとしたが、先に杏里が正臣の言葉に頷いた。
「分かりました」
「あ、杏里?!」
「帝人くん、臨也さんが生きているという事を伝えるだけでも、そこから身の危険が広がります。多分、私達にも…。そう、でしょう?」
「…あぁ、杏里の言うとおりだ。臨也さんが警察だって知ってて、それでも情報屋時代から付き合いをしてる裏社会の人間もいるけど、逮捕したブローカーの仲間は、報復を狙ってる可能性も高い…。今までできるだけ潰してきたけど、落ち着くには時間がかかるんだ。臨也さんも、それまで…というか、必要に迫られて以外は、池袋には足を踏み入れないって言ってたし」
「……そう、なんだ」
帝人が思い出すのは、臨也が居た頃の池袋。『非日常』で溢れていたそれは、今や格段に『日常』に近くなった。
そして、その時を詳しく知る人間ほど、今の池袋に違和感を感じながら過ごしていた。
でもそれが、今の池袋の…『日常』。
「…分かった。誰にも、言わないよ」
そう言うと、正臣は申し訳なさそうに謝って、ありがとうと、ほほ笑んだ。
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さて、そんな会話も終わって、夕飯を食べていくかと聞かれた二人は、もっと話をしたいし、臨也の同僚達も来ると言われ、一旦家に帰って着替えてから、臨也達の家に戻ってきた。最初に来た時はあまり良く見ていなかったが、敷地も、家自体も大きいし広い。
これが、臨也の中学時代からの給料の積み立てだと言うから驚きだ。
「情報屋の稼ぎで生活できたから、使わずに貯めてたら買えたんだってさ」
「へ、へぇ…」
そんなに給料がいいのだろうか。なんて思いつつ案内されて家の中をぐるぐるとまわっていたら、いきなり後ろからがしりと頭を掴まれた。
「っ!?」
「んだぁ?ガキが二匹増えてやがるな」
「齊城さん!」
そこにいたのは、ワイシャツに黒のジャケットを着込んだ、随分と長身の、目つきの鋭い男だった。
何も知らない人間が見れば、そっち系の仕事をしているように見えるだろうその男は、面白そうに目を細めて帝人と杏里を見た。
「ふ~ん…」
「ちょ、齊城さん。帝人離して下さいよ!」
「お~、あいっかわらず元気そうだな。臨也の奴ぁ何処だ?」
「買い物からさっき戻ってきて、キッチンで仕込みしてますよ。てか早いですね」
「予想してたより早く終わったんでな。ほれ、酒」
「臨也さんのところに自分でもってってください」
そう正臣が返すと、齊城と呼ばれた男は、肩をすくめる。そして、慣れたように足を進め始めた。正臣達と共に。
どっちにしろ、途中まで道は同じだ。
「んで?どうだったんだよ入学式。かわいい女の子でも見つけたか?」
「ちょ、俺は沙樹一筋っすよ?!」
「そう言ってんならナンパ癖治せや。説得力ねぇぞ」
その男は、何だか静雄に似ている気がすると、帝人達は思った。
見た目とかではなく、その雰囲気が。
「っと。んじゃ、俺はこっちだな」
「そうですね…って、あ。齊城さん、この二人は…」
「いーって、知ってる」
「え?」
「夕飯の時にでも改めてでいいだろ。俺のことは軽くお前が紹介しとけ」
そう言うと、齊城は首だけで振り向いて、にやりと笑った。
「じゃーな、ダラーズの創始者と、妖刀持ちのおじょーさん」
正臣の部屋に戻ってから教えてもらったが、彼は臨也の情報屋時代の連絡役で、臨也の同僚らしい。
夕飯だと呼ばれた席で、臨也の上司や同僚、部下、正臣達の友人だという人達とも会ったが、全員がどこかで警察関係者だった。
自分達がこれから通う大学の先輩もいて、今度研究室においでとも誘われ、途中で酔っぱらった齊城にジュースに酒を混ぜられて倒れるなど、色々あったが……。
「正臣」
「ん?」
「…今日、会えてよかった」
また、今度は沙樹も一緒に、四人で大学生活を楽しみたい。
そう言外に言えば、正臣は頷いて、笑った。
仲良くなったのか、沙樹と杏里がそんな二人を見て、そっと笑う。
そんな子供たちの姿を見て、臨也もまたそっと笑った。
「い~ざ~や~く~ん…コップが空だぞおい」
「ちょ……継ぎ足すなよ」
そんな臨也に齊城が絡んで酒を継ぎ足す。
「…よかったじゃねぇか。ガキどもが仲直りしてよ」
「喧嘩してたわけじゃないよ…。ただまぁ、俺が原因だからね。仲立ちぐらいはしたいと思ってさ」
ただの、ちょっとした思いつきだったが、これでよかったとも思う。
またこの家のガキ人口が増えるなぁ。と、齊城はぼやいているが。
「さて…。とっておきの大吟醸があるんだけど、呑む?龍輔」
「呑む!」
どうやら、宴もたけなわ、とはまだ行かない、四月初旬のある日のことだった。
あとがき↓
思いっきり長くなってしまった…。まぁ、入れたい部分を追加しまくった結果ですね…。
この後、来良組は沙樹ちゃん交えて池袋に遊びに行ったり警察庁とかに行ったりするんです多分…。