某日、某所。
「それじゃあ、そう言うわけで素敵で無敵な情報屋さんの料理教室をしたいと思います」
「どういうわけっすか」
「正臣、ちょっと黙ろうか。俺だって何でこんな経緯になったか覚えてないんだよ」
臨也と正臣は、新宿の仕事場であり家でもあるキッチンではなく、とある場所の、家庭科調理室のような場所にいた。数人の女性を視界に入れながら。
「というか、何で俺が助手…?」
「沙樹も波江も今回は教わる側に行っちゃったんだから仕方がないじゃん。静ちゃん助手にしろって言うの?」
「………すみませんでした」
正臣は、すぐに静雄が大人しくエプロン着て臨也の手伝いをするという想像を放棄した。怖い云々以前にあり得ない。
「で、張間美香のリクエストで、今回はお菓子…。七月の旬物ってことで桃の果肉入りクリームタルト作ります。材料は各テーブルに置いてるから、他のテーブルのと混ぜないでよ~」
他のテーブルから、すぐに返事が帰って来た。まぁ、料理がど下手な人間がいるわけでもなし。大した問題はないだろうと、臨也は頷く。
「じゃあ、まずは―――――…」
こうして、臨也(と助手正臣)の料理教室は始まった。
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「そういや、杏里は誰にやんの?」
「え?」
「それそれ。ケーキ」
ケーキの焼き上がりを待つ間、オーブンを見ながらうろうろとしていた正臣は、ふと杏里に声をかけた。ちなみに、沙樹は今回杏里と共に波江と張間美香の緩衝材の役割の為、ずっと波江の隣にいる。これも仕事だからごめんね、と、実はバイト代まで出されていたりするというのは、どうでもいいようで重要な話。
「わ、私は……」
「帝人だったら、絶対、喜ぶと思うぜ」
言いにくそうに顔を紅くしている杏里に、相手の見当がついた正臣はにやりと笑って親指を立てた。すると、杏里が少しだけはにかむ。
「そうかな……」
「そーそー。あいつ結構甘いもん好きだしさ。俺が保障する」
特に杏里からだったら大喜びだ。とは言わず、慣れた調子でウィンクすると、今度こそ、杏里は肩の力を抜いたように笑って頷いた。
*****
「や、セルティ。上手く出来てる?」
『臨也…あぁ。ちょっと、桃を切るのが難しかったが…』
「普通のでも切りにくいのに、缶詰のコンポートだしね。でもまぁ、厚さとかは火が通れば問題ないし…。どー背新羅の事だから首を長く長くして待ってるからね。うるさくメールしてこないうちに届けないと」
『……………実は、もうメールが来ている』
10通ほど。とセルティがPDAで示すと、少しだけ臨也の頬が引きつった。呆れ、というよりは何だろう…。ある種の尊敬の念を持った、遠い目をしていた。
『臨也は、誰かにやるのか?』
「?」
『教える為にいくつか作っていただろう。タルト』
セルティが指さす先にあるのは、臨也が正臣を手伝わせて作ったタルト3つが焼かれているオーブン達だ。3つも作って後はどうするのだろうと、密かに疑問だったのだ。
まさか静雄達にやるのだろうか。と思っていた臨也は、少し考え込んだ後、あぁ。と声をあげた。
「妹達と、うちに来てる同業兼友人の欠食童子共の餌にする」
『……餌、か』
いや、煩いのを鎮めるから供物?いやいや、鎮痛剤?鎮静剤?まぁいいや、そんなもん。
と事も無げに言う臨也に、セルティはため息をついた。
『静雄にはやらないのか』
「へ?なんで静ちゃんにやらなきゃいけないのさ」
やっだなぁセルティ。どうしたの仕事疲れ?しばらく運びの仕事お願いするのやめよっか?
至極真面目にそう言う臨也に、セルティは静雄もまた大変だな。と、深く深く肩を落とした。
*****
「楽しみですね~、美味しく出来てるかな…」
「できてるでしょ。大丈夫よ」
一方、二人で同じテーブルで作っていた波江と沙樹は、自由に呑んでいいと言われていた紅茶で一息ついていた。
「波江さんは、そう言えば臨也さんのご飯の準備もしてますよね」
「えぇ。とは言っても、一緒に作ったり夜食の用意くらいよ。あとは情報屋の仕事の方だけ」
「でも、お料理上手で、羨ましいです」
やっぱり、できたのは弟さんにですか?
そう沙樹が聞くと、波江は仕事場では見せた事もないように、恍惚とした顔でほほ笑んだ。
「えぇ、せっかくだしね。あぁ喜んでくれるかしら…」
「喜びますよ。波江さんのお料理美味しいし」
「そうね、そうと決まれば臨也、私はこれ終わったら帰るわよ」
「あ~はいはい」
「臨也さん」
いつの間にか来ていた臨也は、疲れたようにため息をついた。自分も大概歪んだ人間愛を持っているが、絶対に波江には負けていると思う。良い勝負だよ。と周りに言われたこともあるが。
「あとどれくらいですか?」
「ン~、タイマー通りで後5,6分。一応、竹串用意しといてね。…と、なーみーえーさーん。トリップするのは良いけど片付けまでは手伝ってよ~おーい…。聞いてねぇし」
波江はもう出かける気なのか、ラッピング用のリボンや箱などを取り出していた。準備手伝ってくれたからだろう、その手がラッピングボックスを迷う事なく見つけるのは容易い。
「ふふ…私が手伝いますよ」
「そお?んじゃ、お願いしよっかな…。そのお礼に、正臣に一日、沙樹に尽くすことを仕事で入れてあげよう。明日一日で良いかな?」
「わぁ、ありがとうございます」
ニヤリとも二コリつかぬ笑顔でそう臨也がいうと、沙樹は至極嬉しそうに手を合わせて喜んだ。
すると、何処から聞いていたのか正臣が少し顔を赤くしながらも慌てたようにこちらへとやってくる。
その正臣に、臨也は楽しそうに、沙樹は少しだけ悲しそうに、しかし異口同音に口を開いた。
「ちょ、そこ二人!?何勝手に話してるんすか!」
「「え、嫌なの?」」
双方の表情にもの凄い差異はあるものの、言っている事は同じだ。グッ、と言葉を詰まらせた正臣は、もうどうにでもなれ。とうなだれる。
「嫌じゃないです…」
「だろ?良かったね沙樹。正臣が尽くすって」
「やだなぁ臨也さん。正臣はいつも私に優しいですよ」
「はは。これは一本とられたなぁ。じゃあ、いつも以上に優しくしてもらっておいで?」
「はーい」
「…頼むから、止めてください…」
この二人、意外と性格が悪い。いや臨也の性格の悪さは折り紙つきだが。
相乗効果で正臣に苦労人フラグが舞い降りるのは、もはや日常茶飯事であった。
「楽しそうだね、紀田くん」
「杏里…この状況良く見てくれよ……」
*****
「やっぱり、君は料理上手いねぇ」
「そうですか?」
「そうそう」
正臣を散々からかったあと、臨也が向かったのはそろそろ時間だとケーキを出す準備をしている張間美香の元だった。
レシピさえ渡せば大丈夫ではないのかというくらい、張間美香の手際は良かったので、今日はあまり接触していない。
「で、君もこれは誠二君に?」
「勿論です!誠二さん以外に食べさせるつもりはありませんから!!」
「…味見は、しなよ。まぁ、波江も私に行くって言ってたから、面倒なことにだけはならないようにね」
そういうと、保証はできません。と、実に良い笑顔で返される。この場合、二人の女性(一人は姉)から愛されている誠二を哀れむべきなのか、羨むべきなのか…。いや、絶対に前者だけども。
「はぁ、まぁ……いいか」
臨也はもうどうでもいいと、後に起こる面倒事を丸投げした。面倒の一言に尽きる。それに…
「そろそろいーかなー」
タルトが焼き上がる時間だった。
**********
さて、そんな色々もあって焼き上がったそれらは、作り手によって多少の差はあるものの、綺麗に焼き上がった。
それに波江が先に取り出していたラッピングボックスから好きなものを選んでもらって包ませ、後は誰かと食べてね。と、沙樹と正臣を残して、全員帰らせた。今頃、各々の目的の人の元へ行っていることだろう。
「あぁ~…何かどっと疲れたかも」
「そうですか?私は楽しかったですよ」
片づけをしながらの会話は、専ら先程までの『お料理教室』だった。臨也としては、こうも人に教えるという事はめんどくさいものだったのかと少しだけ、母校の教師陣を見直した。
「……はぁ」
「臨也さん、何一人でだれてるんですか。片付け終わりましたよ」
「早くここから帰りましょう?」
「うぁ、はーい…っと。夕飯何が良い?」
「作ってくれるんですか?」
「うん。もう…今日は仕事する気ないし」
「あ、じゃあデザートはこれで…」
「沙樹が作ったのは全部正臣が食べるようにね。今日一日で」
「今日一日っ!?せめてもうちょっと味わわせて下さいよ!!」
パタリ。と、その扉が閉められて、その部屋からは誰もいなくなる。
さて色んな想いと思惑を乗せたそれらは、どのようにして届けられるのだろうか?
あとがき↓
あんまり、お料理教室感がだせませんでしたっ…!指定されあ女性陣は、とりあえず出せましたが…いかがだったでしょう?男一人じゃかわいそうだと思って正臣君も出しましたが…><
皆に渡すところは、どうにも書けませんでした…。もっと誠二君のキャラを把握して、できそうだったら加筆修正でおまけのように書きたいとは思ってます…(汗)
タイトルは、場所とかそう言ったものに関して。
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