父の日。
それは、毎年6月の第三日曜日にある、母の日と対をなす、父へ感謝を贈る日だ。
しかし、
「今年は臨兄に…何贈ろうか?クル姉」
「……布(ハンカチは)…?」
折原家の双子は、毎年毎年毎年毎年、五月に母の日と称して花を贈って、六月には小さな小物や日用品などを、『兄』、に、贈っていた。
これに『兄の日』とか『姉の日』とかあったらその日にも何か贈るくらい、これは年中行事である。
余談だが、以前敬老の日にハンドマッサージャーを贈ったら、全くもって微妙な顔をされたので、それ以来、勤労感謝の日に健康グッズを贈ることにしている。
「今年は、何か違う趣向にしようか!!」
「……?」
「ふっふーん、舞流ちゃんは考えました!!
臨兄の『旦那さま』を見つけて、臨兄にプレゼントしよう!」
「賛(賛成)…!」
かくして、お前達の兄は男だろうとか、それ以前に父の日に兄に物を贈るってどうなんだとか、本当の父親には良いのかとかそんなつっこみをはねのけ、二人は池袋の街へ繰り出した。
----------門田の場合----------
「門田さんは、どっちかって言うと臨兄のお兄ちゃんとかお母さんとか、そんな感じだよね!」
「は?」
「何々?イザイザがどうかしたの?」
池袋で最初にあったのは、門田達だった。パタパタと近寄ってそう呟いた舞流に、門田は目を丸くし、狩沢は…目を輝かせた。
「…兄、夫……捜(兄さんの旦那様…捜してる)」
「えっ、何その美味しい話!」
目をキラキラと輝かせて身を乗り出す狩沢だが、呆れたような渡草に止められた。
「うん、門田さんは何かちょっと違うかなぁ…?」
「…そう、か。選ばれたら選ばれたで微妙なので、俺は遠慮する」
「え~っ!?臨兄だよ、優良物件だよ!?顔は良いし優しいし家事全般できるし!お姉ちゃんじゃなくて良かったって思うもん!」
「何でだ?」
「すぐにとられちゃうじゃん!!」
「肯」
即答されたその答えに、それじゃあまず旦那を探すとか言う傍迷惑な思いつきを止めろと言いたいところだったが、言っても止まらないだろうと門田は代わりにため息をついた。
うん。無理だ。
「じゃあ、門田さんは誰なら臨兄の旦那さんに良いと思う?」
「ん?俺が言うのか…?あぁ~………」
しばらく唸った門田は、狩沢達に聞こえないように、双子二人に耳打ちする。
それを聞いて、二人は眉間に皺を作った。
「それが嫌なら、あとは普通に臨也の嫁探せ」
結果:どっちかって言うと、臨兄のお兄ちゃんかお父さん!
----------来良組の場合----------
「……兄、下…無(兄さんに年下は…駄目)」
「あ、やっぱりクル姉もそう思う~?臨兄には、やっぱいざという時甘やかしてくれる大人が良いよねっ!!」
二人は、休憩と称してファーストフード店の二階から、とある三人組を見降ろしていた。
学校の先輩であり、なかなかに面白い、三人組。
「臨兄は、やっぱ年下だと甘やかそうとする傾向があるからな~」
「…甘。優」
「だよねぇ」
結果:臨兄より年下は、ダメ!!
----------静雄の場合----------
「イッザッ兄ー!お邪魔しま……あれ、何で静雄さんがいるの?」
「あぁ、九瑠璃、舞流。どうしたいきなり」
「よぉ」
新宿の兄の家に行くと、そこにいたのは家主たる臨也と、いつものバーテン服ではない静雄だった。
「静雄さん何でいるの?」
「いちゃ悪いかよ」
「…………………………
悪(勿論悪い)」
「おいこら九瑠璃。手前今何か呟いただろ」
軽口をたたきながらも、双子は揃って静雄の向かいに座る。
すると、呆れたような顔で臨也がお茶を持ってきた。
「それで、どうした?何かあったか」
「うん?いやさ、臨兄への父の日プレゼントを探してて…」
「手前、父の日ももらってんのか…」
「や、こいつらがそう認識してるだけだって…。で?別に、まだ先だろ」
「……決…然、探…(決めたけど、何処にいるのかと思って…)」
「「は?」」
ある。じゃなくて、いる?
静雄と臨也は揃って顔を見合わせたが、それで答えが見つかるはずもない。
なぜ『いる』なんだと臨也が聞くと、とんでもない答えが帰ってきて。
「臨兄の『旦那さま』見つけて、臨兄にプレゼントするの!!」
「ブッ!!」
静雄が、飲んでいた紅茶を噴き出した。
「し、静ちゃん、大丈夫?!」
「お、おぅ……」
「…不見(見つからなかった)」
「「当たり前だ!!」」
二人の声が揃う。
それを見て、双子二人は門田の言葉を思い出した。
「門田さんはさぁ?」
「ドタチンにも聞いたの!?」
「選ばれたら選ばれたで微妙だから遠慮しとくって言われて…」
「……(ドタチン、ありがとう…!でも、そこでこの二人を止めてほしかった…!)」
今頃池袋で、狩沢達の暴走を食い止めたり仕事をしたりしているであろう門田を思い浮かべ、臨也は天を仰ぐ。今後菓子折り持っていこう。一個だけ外れ付きで。
しかし、これだけで終わるはずもなく、
「でも、代わりにどんな人なら臨兄に合うかなぁって聞いたらさぁ」
「「聞くな」」
「『任せられるって点で言えば、静雄じゃないか』って言われてね?でも、いっつも喧嘩してるし…」
「それ、お前らが嫌なだけなんじゃねぇのか?」
「その前にドタチン何言ってんの!?」
「それ以前に、そうなるとお前らの父親役か?!それはぜってぇに断る!!」
静雄の、言い捨てるようなその言葉に、それまで黙って紅茶と菓子を食べていた九瑠璃が、じっと静雄を見つめて呟いた。
「兄…、夫、良?(兄さんの旦那様なら、良いの)」
それは、自分達の父親役になるから嫌だ。という風に聞こえていたからの問いだったのだろうが、数秒後、瞬く間に顔を紅に染めた静雄は、
「ンなこと一言も言ってねぇえぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
……と、捨て台詞を残して全速力で家を出ていった。
「…」
「……」
「………九瑠璃、舞流」
「え?あ、えぇっと…テヘ☆」
もしや怒ったか。と、臨也の低い声に対して誤魔化そうとした二人だったが、次の瞬間別の意味で焦った。
「俺部屋にいるから、食器片づけたら帰れ。波江が来たら仕事は机の上にあるって言っといて。で、俺は今からちょっと
ベランダから落ちて一階行って死んでくる」
「えっ、ちょ、臨兄!?」
「兄?!」
足を引きずるように歩きながら、臨也はベランダの方へと向かう。それはつまり、先程の言葉を実行しようとしているということで……。
「臨兄、臨兄?!落ち着こうよどうしたの!」
「…落、駄目(落ちたら駄目)」
「何を言う、俺は至極落ち着いてる。落ち着いてるから落ちてくるんだ」
「臨兄!?」
「……止(止まって)……!」
「だから、俺はちゃんと正気だって……」
「正気じゃないって!ちょ、臨兄、足掛けないで!乗り出さないでー!!!」
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「………で、飛び降り自殺しなかった代わりに、自室に籠って帰ってこないのね」
波江が仕事で事務所に来た時、その目に飛び込んできたのは、リビングでぐったりしている双子。と、部屋から一向に出てこない雇い主という珍妙な図だった。
「うん…本気で危なかった…」
「…10cm(10cmもなかった)」
「全く…。貴方達も、変なことでからかうのは止めてあげなさい。特にあの二人、変なところで純情だから」
喧嘩人形はともかく、うちの上司も妙に純情な傾向があり、しかも無自覚。
そう言う話題を振っても何も言わないが、自分のこととなるとそのツボが現れる。
「…さて、そうなると夕飯は私が作るのかしら…」
そうなると買い出しに行かないと。と、波江は立ち上がって臨也の自室の扉を叩いた。
「臨也、買い物に行ってくるけど何か足りないものある?」
「………な、ない、け、ど、あ、た、卵と牛乳と生クリームやっぱ買ってきて!」
「…分かったわ」
それで思い浮かぶのは、プリン。
昨日作ったはずの物が冷蔵庫から消えていたから、きっと、来てたとか言う喧嘩人形が食べたのだろう。
ということは、今、雇い主の顔は、九瑠璃にからかわれた時の平和島静雄のそれと同じくらい紅いに違いない。
想像して小さく苦笑すると、波江は舞流と九瑠璃に一緒に行くかと聞くことにした。
家に誰かいると、少しどころか今日一日ではクールダウンできないだろう。羞恥心発散の為に叫ばせなければ。
案の定、ついて行くといった二人を連れて、波江はマンションを出た。
遠回りしてくるから、さっさと復活してくれと思いつつ。
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顔が熱い。
妹達に言われて何とか飛び降りるのは止めたものの、臨也としては恥ずかしさで死ねると思わんばかりの事だったので、未だに思い出すとベランダに向かいそうである。
自分がからかわれたわけではないのにこうなったのは、静雄が九瑠璃の言葉を、否定と言える否定で返さず、赤い顔で良い逃げていったからだろう。
まるで、照れて九瑠璃の言葉を否定したように。
「いや、ない、ないないないないない………!!」
思い出すだけで顔が赤くなる。これは、何かの病気だろうか。今のうちに運び屋にでも頼んで新羅のところに連れてってもらって、診てもらった方が良いだろうか。いや、でも、えっと、その、池袋に行ったら会うだろう。確実に。
「ない、ない、から……!ちょっと嬉しいとか思ってないからー!!!」
『病気』の原因などとっくにわかりきっているのに、否定したくて叫ぶ臨也だった。
あとがき↓
ギャグを通り越して、戦争コンビが恋する乙女かという状態になってしまいました…。もっと、あれっ?な感じで落としたかったんですが…。
お相手は誰でも、ということでしたので、候補(?)を挟んで、やっぱり静ちゃん。ということにしました。
あんまり、騒動ともいえないと思いますが…、お納めくださいっ!!
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