その日、来神高校は不気味な静けさをまとっていた。
朝から、というか、正確には朝のSHRが終わった頃から。
多分あれは、『嵐の前の静けさ』という奴だったのだろう。
事情を知らない人間から見れば、本当に小さな嵐。
「…あれ、今日は臨也は休みなのか」
「あ、やっほードタチン。おはよ。うん。妹が風邪引いたとかでお休みだってさ」
「…お前も臨也に影響されるな」
「ははははは。それはいやな影響だなぁ」
次の時間の英語で使う辞書をすっかり忘れていた門田が新羅か臨也から借りれないかと二人のクラスにやってくると、新羅の前方の席にいるはずの人間がいなかった。
「で…妹って、二人ともか」
「うん。薬は出したし、明後日には来れるだろうってさ。ごめんねって謝ってたよ」
「ま、仕方ないだろう。風邪ならな。静雄にも伝えておく」
「よろしく~」
英和辞書と和英辞書を二冊渡し、新羅は移動の為に立ちあがって、ふと、重大なことに気がついた。
同時に門田もまた、自分の発言から気づく。
「そうなると今日って…」
「臨也いないから、静雄、不機嫌…?」
その二人の呟きに、周囲の動きがピタリと止まる。まるで彫像か氷像のように。
しかし、二人はそれに気づかずにお互いの目的地へと向かうために歩き出した。
「…ま、なんとかなるか」
「頑張ってね…。僕も昼休みは協力するよ……」
しかし、二人は思いもしなかった。
この後、自分達の呟きを聞いたがために、何が起こってしまうのかを………。
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四時限目の終わり、屋上。
どんよりとした雲に覆われた空を寝転がって見上げていた。
門田から臨也が休みだ。と告げられて、じゃあ今日はうるさくならねぇな。なんて返したが、何というか…。物足りない。癪だが、臨也との喧嘩は日常になっていて。そして、その後に何となく一緒にいるのも日常だったから、一人でサボるのは久しぶりだ。
「…平和島。授業サボってお前こんなところにいたのか…」
「先生こそ、何してんですか。四時限目は俺のクラスっすよね。もう終りましたよ?」
「あぁ、そうだな。お前がそういうことを俺は予想してたさ……。あぁそうだ。これ、折原からだそうだぞ」
「…は?」
渡されたのは、小さな瓶の中に入れられたクッキー。
調理室にあるものと同じで、それは臨也もよく使っていた。
「昨日、妹さんが風邪だって連絡が職員室に来てな、その時に作ってったらしいんだ。確かに渡したぞ!じゃあな」
「…はぁ。ありがとう、ございます…?」
そそくさと立ち去る教師を見送りながらも、静雄は瓶をマジマジと見る。
あいつ、作り置きしてたのか。それもこんなぎゅうぎゅうに詰め込んで…。急いでたのか?まぁ、双子が風邪なら、流石のあいつでも焦るか…。
そう思いつつ、静雄は瓶のふたを開けてクッキーを数枚一気に口に放り込んだ。いつも作るそれより、サイズが小さかったからだ。
まぁたまにはいいかと、それを噛んだ瞬間。
「…?」
違和感を感じ、何かおかしいと再び数枚口に放り込む。
美味しいとは思う。だが、何か違う。
甘さとか食感とか、その他色々なものが。
「……これ…」
まさか。と瓶のふたを閉め、静雄は沸々とわいてきた怒りを抑えながら職員室へと向かった。
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「お、平和島?どうし…ブッ!」
教師陣が和やかに昼食を取る職員室へ入った静雄は、先程瓶を自分に渡した教師の顔に手に持っていた瓶を投げつけた。
「ちょ、平和島…!?」
「先生、さっき嘘つきましたよね…?これのどこがあのノミ蟲の作った奴だってんですか…?」
「え、あ、あれ!?そうだったか?!いや、先生間違えちゃったなー!!スマンスマン!」
冷や汗をかいて後ずさる教師に、更に怒りが募る。誰が作ったとかはどうでもいい。ただ、自分にそんな嘘をついた奴が許せないだけだ。よりにもよって臨也絡みで!
そう思いながら手近にあった椅子を担ぎあげて、その教師の方へ飛ばそうとした時だった。
「あっ、いたいた!しっずおー!」
「お前、職員室で何やってんだ…」
教師達にとってはある種の救世主たる、門田と新羅がドアのところに立っていた。
「屋上にいないから探したよ!さっさと食べないと昼休みが終わっちゃうじゃないか!」
「そうだぞ。あぁ、後これ」
全く!と怒ったようにしてる新羅とは対照的に終始呆れたようにしている門田が、ふっと笑って一つの袋を取り出した。
「朝、新羅が頼まれて臨也の家まで取りに行ったんだと。早くしないと俺達で食べるぞ」
「あ、いいねそれ!」
いつもと変わらない二人にこの惨状が見えないのかと叫びたくなった教師陣だったが、パ。と静雄が椅子を放して二人のところに向かうのを見て、目を見開く。
「食うにきまってんだろ」
「あ~。残念。僕が食べようと思ってたのに」
「うるせぇ!誰がやるか」
そう言ってそのまま出ようとした静雄だったが、ふと振り返って、件の教師ににっこりと笑った。
「…!?」
「先生、次こんなことしたら、俺本気で暴れますよ?」
ふざけてんじゃねぇぞ手前。
そう言外に脅していることを本能で悟った教師は、首が落ちるかと思うほどの勢いで首を縦に振った。
流石、来神最強、否、池袋最強の高校生である。
ちなみにその後、過ぎ去った嵐に、間接的にだが関わり、協力していた教師全員が安堵のため息と、二度としないと心に強く決めたそうだ…。
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屋上。
すでに五限目をサボる事を決意せざるをえない時間となっていた三人は、まぁ仕方がない。と腰を下ろした。
臨也が新羅に渡したという袋には、何故か弁当まで入っている。
「…何で?」
「あぁ、食ってみたいって前言ってたから」
「……そう」
臨也は良いお嫁さんになるなぁ…。あぁでもセルティには敵わないよあぁ会いたいよセルティー!!
と、新羅は前半苦笑しつつ、後半暴走しながら弁当を取り出した。今日は、そのセルティが作った弁当である。
「それにしても、何で暴れてたんだ?しかも職員室」
「ん?あぁ。騙されたんでちょっとな」
「「?」」
静雄が事の顛末を話すと、二人は疲れたようにため息をついた。
先生、それは怒られます。無断で食べちゃった時でさえ怒られるのに、臨也のだって騙したら流石に静雄も沸点超えます。
もう既に、臨也の味かどうかの区別に関してはつっこみを入れないことを決めている二人である。
面白いから。あと、黙っていた方が身の危険が少ないから。
「学校終わったらさ、プリントも届けに行くから臨也の家行こうよ。それも返さないと」
「そうだったな。明日には出てこられるといいんだが…」
「……俺はあの双子苦手だ」
「それは、最近臨也のお菓子を独占してるのが静雄だからじゃないの?」
そう言えば、朝行った時、『あの双子、わざと風邪ひきやがった』と臨也が愚痴っていたのを思い出した新羅は、流石臨也の妹。策士だ。と感心する。
だが、そこらへんの事実は静雄には言わない方がいいだろう。
「そういえば、今日は何だ?」
「………ジンジャーマンクッキー…」
「…器用だな本当に」
その後、職員室でキレたという話を聞いた臨也は、玄関で大爆笑したという……。
あとがき↓
どうやったら、静ちゃんを騙せるのか。で悩みました…。なので、双子の策略で臨也さんには欠席してもらい、こんな形に…。
いかがだったでしょう?
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