始まりは、夕食の後に出されたケーキ。
口に入れた瞬間、その食感に違和感を感じて。
「…?」
「兄さん?」
「え?あぁ、いや…」
次に、異様に甘いな。と思って。
それでも食べきったのは、弟達が美味しそうに食べているから。
もしかしたら、疲れていたり、夕食後で変に感じたのだろうか。
そう思って寝たのだが、色々と気になってやはり眠れず。
「…」
先日知ったばかりのメールアドレスを打ち込んで、送信。
眠れなかったせいで気付いていなかったが、
現在、午前四時十五分。
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「まったくもう、いきなりメールで叩き起こされたかと思えば…。静ちゃん。せめて時間を考えて送ってよね。わかってる?静ちゃんが早起きなのは理解したからさぁ」
「…わりぃ」
とある水曜日の午後。来神高校調理室。
午後の授業を堂々とサボっても最早何も言われない二人組は、そこにいた。
一方は椅子に座って飴をカリカリとかじり、他方は忙しげに泡立てたり混ぜたりしている。
「新羅やドタチンは不思議そうな顔してたし…。まったく、要望があるなら前日の放課後まで!って言ったでしょ」
「いいじゃねぇか。まだ作ってなかったんだから…」
「材料が無駄になったけどね。ま、明日に回せばいいけどさ~」
いつもと違い、臨也の嫌みのような言葉にも、静雄は全く反応しなかった。大抵料理中は大人しいのだが、今日はいつもより大人しい。
しおらしい静ちゃんなんて気持ち悪いなぁと考えつつも、臨也は作業を続ける。
手慣れたように真中に穴のあいた型にどろりとした生地を流し込み、いつの間にか設置されていた立派な最新式(学校に置くにはありえない)のオーブンに入れた。
「ふぅ!後は焼いて、冷めるのを待つだけだね。お茶飲む?」
「飲む」
そう言った静雄に紅茶を入れたカップ(これも普通調理室にない)を渡して、臨也は一息ついた。まったく、朝の四時に突然アラームではなくメールの着信音がするから、今日は少し寝不足気味だ。本当なら五時に起きるつもりだったのに…。
「臨也?眠いのか」
「誰かさんが起床時刻を一時間短縮してくれたからね~…焼き上がったら、冷めるまでの間に少し寝るよ」
静ちゃんだと焼き加減分かんないでしょ。
そう言うと、おそらく「今寝てろ」と言おうとしたのだろう口が閉じる。まったく、色んな意味で馬鹿正直な男だ。
「新羅とドタチンにメールしておこうかな。一人で食べたなんて後で新羅が怖いだろうしね。これがあるからって昼用に作ってこなかったし」
「あぁ」
「…静ちゃんってバカだよね」
「あぁ」
「……俺のこと好き?」
「あぁ」
「ちょっ…ちょっと静ちゃん!?質問の意味考えないで微妙な答えばっかり返さないでくれる?!」
「は!?あ、わりぃ。なんて言った?」
ダメだ。これはダメだ。
風邪はひいていないようだし、熱だけというのでもない。怪我もしている様子はないし、自分のように寝不足。というほどでもないようだ。
だが、ここで心配するのもめんどくさい。とりあえず今頃授業を受けている二人に、付け足しで『静ちゃんが壊れた。とりあえず後で診て』。と送り、臨也は通常四割増しでボケっとしている静雄を観察することにした。
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観察結果を言うと、ケーキが焼き上がるまで、終始静雄はボケっとしたままだった。
たまに紅茶は飲むのだが、冷めていても何も言わない。言ってきたら入れ替えてあげるのだが、何も言わないで放置。しかし、それでも、ボケっとしたまま冷めた紅茶を飲むだけである。
ちょっと…静ちゃん。思考能力まで筋肉になったとか言わないよね。いや、それはないだろうけど。
臨也も心中で一人ボケツッコミをするあたり混乱していると思われる。
が、それを悟ってくれる人はいない。
熱を取るためにケーキを型にはめたまま逆さまにすると、臨也は椅子を持って静雄の隣に来た。
物は試し。
まくら代わりに使おう。と机に寄りかかっている静雄の方に体重をかけるが、びくともしないし、気づいてもいない。
最近天気よかったのに…。明日雪かな……。
そう考えながらも、臨也は眠気に襲われて目を閉じる。
思考が落ちて行く時、頭に優しい感触がしたような、気がした。
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「で…驚いた静雄がついよけて、臨也は頭を打った。と」
「そうなんだよ…。まったく、今日はろくに寝れてないんだから別に良いじゃん…」
「だ、だったら机にでも突っ伏してりゃいいだろうが!!」
「え~」
「え~じゃねぇッ!!」
「静雄、ケーキ飛んでるぞ」
放課後。
臨也のメールを不思議に思いながらやって来た二人が見たのは、自分達に気付いてハッと身を起こした静雄と、そのせいで爆睡していた臨也がバランスを崩して頭をぶつけるという、何とも言えない光景だった。
現在、臨也の頭には保冷剤と、それを固定するために包帯も巻かれている。
「でも美味しいね~。シフォンケーキ作ってくるのは初めてじゃない?」
「かさばるんだよ、これ。だから持って来たくなかったんだよ。それなのに静ちゃんがいきなりメールしてくるから…ここで作る事にしたの」
生クリームに苺を添えたシフォンケーキは、可愛らしく、そして甘さもちょうどいいものだった。
「だから…悪かったって……」
「だったら理由を教えてほしいな~?静ちゃんが通常六割増しでボケっとしていたことも合わせて」
にっこりと笑った臨也に、静雄がぐっと眉間に皺を寄せた。だが、新羅や門田もまた、心配そうに(新羅は目の奥が輝いているので半分面白がっている)のをみて、ため息をついて話し始めた。
「昨日…母親が奮発して買って来たんだけどよ…。60階通り近くに新しく出来た…」
「あぁ、ケーキ屋か。臨也、今日あそこに行ってみるんだろ?」
「うん。妹達が買ってきてって言ってたからね~。お金渡すとろくでもないことに使いそうだし、俺が買うって言った」
「臨也も大変だねぇ…。で?そのケーキ屋がどうしたの?有名パティシエがどうとか聞いたけど…美味しかった?」
新羅の問いに、静雄はぐっと拳を作って身を震わせた。
何か地雷でも踏んだのか?と三人が顔を見合わせると、静雄から絞り出すような低い、唸ったような声で、予想外の言葉が聞こえた。
「不味かったんだよっ…!」
「「「……は?」」」
「なんっかパサパサしてっし妙に甘いし、親は美味しいだのなんだの言いながら食ってんだけどよ…。不味くて不味くて……」
まくし立てるようにそう言った静雄に、三人は目を丸くした。そんなに不味かったのか。というか、これから買いに行く人間にそれはないんじゃないか…?
「…で?」
「それが、シフォンケーキだったから、本当に不味いのかと思って…」
「ちょ、静ちゃん!?俺のケーキを比較対象にしたわけ?!」
「うっせぇな。いっつも食ってるお前のだったら美味いと思ったんだよ!実際美味いし!!俺の味覚が変じゃないってことが証明されただろうが!」
「そーゆー問題!?てかさ、俺今からそのケーキ屋に行くんだけど!どうしてくれんの!?買う気なくなっちゃうじゃん!」
「俺が知るか!!」
言いあいを続ける二人を横目で見つつ、新羅と門田は呆れたようにため息をついた。
つまり、
静雄はその、母親が奮発して買って来たとかいう新しいケーキ屋の味が不満で。
しかし家族は美味しいというもんだから自分の味覚がおかしいのかと感じ、朝っぱらから臨也にメールして作ることを約束させた。というわけだ。
で、満足のいく美味しさだった。と。
「これってさ、臨也が凄いの?それとも静雄が鈍感なの?」
「俺は後者だと思うがな…」
臨也が美味しく作るのではなく、いや、美味しいのだけれども、それ以上に静雄が臨也の作った味が好きで、それに慣れたから不満に思ったのだろうという推測は限りなく当たっているのだろうけれども、面白そうなので二人は黙っておくことにした。
「てかさ、静ちゃんはもっと俺に優しさをくれてもいいよね?今日は無傷で帰れると思ったらたんこぶ作るし!」
「俺のせいかよ?!」
「静ちゃんのせいでしょお?!」
ギャーギャーと言いあいながらも、静雄は心中で目一杯叫んでいた。
絶対に口には出さないと心に決めている。
というか、決めてないと何か拙い気がした。
さわり心地が良かったから髪いじってたとか言えるか!!
あとがき↓
あんまり、不満に思う。ってところを出せなかったな…。でも、いかに静ちゃんが臨也のお菓子を愛しているかは出せた、と、思います…!
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