「………」
目の前には、芸術品と思うだろう活け造り。
小さな鍋がついた膳。
小さな小鉢の中にある色とりどりの料理を前に、静雄は片手で顔を覆ってため息をついた。
「何してんの?静ちゃん」
何故俺は、ここにいるのだろう…?
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別に、目の前にいる臨也と旅行に来るのが嫌だ…とは言えないが、まぁ、そんなわけでもない。そもそもこれは企画されていたもので、どうせなら東北の温泉に行こうという話になっていたのだ。
よくもまぁ、怪我した場所、というかそちらに行けるもんだなと思って行ってみれば、スキーに温泉にと日常を忘れてくつろげる三泊四日。あとからこの日数は長いんじゃないかと新羅に言われるが、まぁ、それは別の話。
まぁ、それはいい。問題なのは。
【先日から続く記録的な積雪で、○○では一晩で100㎝以上の…】
「なんっで、帰れねぇんだよ…!!」
「しょうがないじゃん、雪で電車止まったし送迎バスも危ないから止まってるし、そもそも、除雪が終わってないし。いくら静ちゃんでもこの雪の中自力で帰ろうとしたら途中で雪に埋もれて死ぬよ?」
いいじゃない。お詫びにって露天風呂付きの部屋に変えてもらったんだから。
「だからってなぁ…」
「食事の方は追加料金だけどね。好きなだけ風呂入ってお酒飲んでいいじゃない。たまの休み、年末くらいさ」
そういう臨也は、刺身を食べながらあ、これ美味しいこれも美味しいと後でレシピでも聞く気なのか料理の名をメモっている。その目が必至で活け造りの方に行かないようにしているのは、金を出させている礼として見ないふりをしておいた。
まぁ確かに、少々寒いが部屋の露天風呂に入れるのはうれしいし、のんびりゆったりとした時間の流れは居心地の悪さとともに嬉しさも感じる。前に田舎でのんびり暮らせたらと誰かに話したことはあったが、こんな時間の流れなんだろうか。
「田舎でのんびりなんて幻想だよ静ちゃん。朝から晩まで野菜や米とかの世話はあるし、専業で食おうと思う人間ほどサラリーマン以上に忙しいだから」
「心を読むな。…って、なんだ、知り合いにいんのか?」
「知り合いも何も、はとこの家は農家だからね。兼業とはいえ子供でも米の種まきや稲刈りの手伝いをさせられたりするし、畑の草むしりなんて日常茶飯事って言ってたからね。そういうあいつも、農業系の大学に行ってるから、何だかんだで家を継ぐ気なんだろうけどさ」
「ほー」
初めて聞いた話だ。そうか、知り合いというか親戚に農家がいるから、あんな段ボール箱に大量に詰まった野菜が家に置いてあるのか。形は不恰好なれど美味しいそれらが手に入るのは、ある意味産地直送だからに他ならないという訳だ。
「というか、どうすんだよ…。トムさん達にクリスマスだからって飲みに誘われてたんだぞ…」
「うちだって、じゃじゃ馬娘たちに言われてたよ。まぁ帰ったら埋め合わせするさ。ニュースで雪のこともやってるだろうし、お土産買って、忘年会あたりで埋め合わせれば?というかそれしかないでしょ」
「あ~……ま、それしかねぇか…」
土産は、もう買ってある。来た初日にうまそうだと思った日本酒と焼酎を郵送で送ってもらうよう頼み、あとは仕事仲間たちに名物だという菓子を買って、狩沢達なんかには根付でいいかと二日目に買っておいた。
対して臨也は双子の妹達の他にも買う相手がいるらしく、随分色々と吟味していた。その中に恋愛関係の小さなお守りが付いたキーホルダーを買っていたのには驚いたが、物凄くいい笑顔だったので嫌がらせ八割だろう。
「年が明ける前には帰れんだろうな?」
「ま、ニュースでも曇りになる日があるってなってたし、女将さんが明日にでも送迎バス出せるようになるって言ってたからね。それにしても仏頂面だなぁ…。何、ケーキとかでなくて不満なわけ?」
「なっ!?ん、んんんんなわけねぇだろ!」
どもりながら一気に酒をあおる静雄を見て、あれ図星?と臨也は目を瞬かせた。確かにまぁクリスマスと言えばケーキとか洋食メインだろうが、まさかそれを期待しているとは思わなかった。
「ホテルとかだと怪しく見られそうだったから旅館にしたのに…。ホテルの方がよかった?」
「っぶ!!」
今度は噴出した。全くいったいなんなんだと呆れつつ、そういえば妹達からクリスマスの料理をリクエストされていたがあいつらはちゃんと食べたんだろうかと思いをはせる。
確か、波江も誘って、他にも何人か誘うとか言っていたが…。
とりあえず、新宿のマンションは先日鍵を変えて増やしてきたので大丈夫だろう。料理もすべて実家の方に置いてきたし。
「帰った時に舞琉達がケーキとか残してればいいけどね。まぁ、そんなに食べたいなら買えばいいんじゃない?」
「……………………………おぅ」
絶対残ってない。と確信しながらも、買ったのじゃ意味がない。という台詞を出すことができず、再び酒をあおってほぼヤケ酒になっている静雄だった……。
**********
「あ、しっずおさーん!どーだった、旅館、温泉!」
「よぉ。…まぁ、帰り遅くなっちまったけど、良かったんじゃねぇの?」
明後日には新年で、どこか浮かれたムードに包まれる池袋。年末最後の仕事とバーテン服で歩いていた静雄は、ニットの帽子と耳あて、手袋を身にまとい、いつもの制服と体操着ではない双子に出会った。
「そっかー。よし、クル姉!来年のクリスマスはそこに行こうってお願いしてみよう!今年は美味しい料理だったしさ!」
「……賛」
「あ、静雄さん、これ似合うー?」
「?あぁ、帽子とかか。暖かそうだし、色も揃いでいいんじゃねぇか」
白でも黒でもない、中間色のグレイがグラデーションで入る手袋は、手編みだろう。手の込んだものを買ったものだ。
「えへへ、でしょ!?臨兄の手作りなんだよ!!」
じゃあね~!と笑って走る二人はまた誰かにそれを見せびらかしに行くのだろう。あっちだこっちだと言い合いながら背中を小さくしていく。
一方静雄と言えば、何とも言いようのしがたい気分に襲われていた。
「………あいつ、本当に妹苦手なのか」
言いたいことはそれではなかったが、まぁ、仕方ないだろう。
あとがき↓
こんばんは、房藤です…。もっと早くに上げられたらと思いつつ、こんなにも遅くなってしまいました…。久しぶりの小説、久しぶりの静ちゃん視点で、少々「?」と思われる部分が多いかと思いますが、目をつぶっていただけたらと思います。
このころは、静ちゃんちょっと自覚。臨也さん無自覚どころか意識なし。な感じかな?とイメージしつつの一本でした。何だかんだで、双子には勝てない静ちゃんです。それでは、失礼します!
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