その日は、朝からおかしかった。
いつもより、気持ちよく、また布団に逆戻りすることなく起きることができた。
妹二人がいつものごとく起こしに来て、何故か開口一番『今日は休め』と言い出した。(絶対に裏があるに違いない)
そういえば、両親もいつも学校のことには何も言わないのに、珍しく休めと言っていた気がする。しかし、今日は誰かの誕生日でも記念日でも、誰かが何かを仕出かしたわけでもない。
何故だろうと考えつつも、いつも通り弁当と菓子を作って学校に向かった。そういえば、作っている最中妹達がうるさかった気がする。まぁいいか。
すると、行った先で新羅が妙に驚いていた。
しかも、物凄く慌てていたのだが、新羅にどうしたのか聞く前に静ちゃんが教卓片手に教室に来たので聞けずじまいだった。
鞄などは教室に預けて、何だかいつもより動けるなぁと校内を全力疾走。
昼まで走れたら最高記録だなとのんびりと思っていた時だった。
「臨也っ!!」
焦ったような声が聞こえて振り返ると、静ちゃんが物凄い顔でこちらに手を伸ばしていた。
どうしたの?俺、走ってる時に誰かに怪我させた?
なんで、
なんで静ちゃんが、痛そうな顔してるの?
そこで、ブラックアウト。
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「……あれ?」
「あ、よかったぁ。臨也起きたね!」
「新…羅…?」
目を開けると、そこは見られた保健室だった。見渡すと新羅の他にも、静雄や門田が心配そうな、でも少し呆れたような顔で立っていた。
特に、静ちゃん何故か心配そうな顔のまま怒ってる。
「あれ俺…走ってて…」
「倒れて、二階の非常階段から落っこちたんだよ。まぁ下に木もあって引っかかったから特に目立った外傷はなし」
「そ、か……」
「ついでに、41℃の熱ね。それでよく学校来たね~。まぁ走って熱も上がったんだろうけど、しばらく絶対安静」
「熱…?」
信じられない。と目を瞬く臨也に、気づいてなかったの?と新羅が脱力した。それに、門田も安心したように肩の力を抜く。
「まぁ、ちょうど昼休みだ。何かは食べたほうがいいな」
「そうだね、僕臨也の分も取ってくるから。静雄はここで待っててね」
そう言って二人が保健室から出ていくと、臨也は静雄の方を見た。さっきから全然動かない。
「静ちゃん?」
「……」
「ちょっと、こっちおいでよ。どうせ先生に説明してからくるんだろうから、二人ともまだ来ないし」
「………おぅ」
少し消え入りそうな声とともに、静雄は椅子ごと臨也のいるベッドの脇までやって来た。が、全く反応なし。しょうがないとため息をついて、臨也はポンポンと静雄の頭を叩いた。
「で?何でそんな暗くなってんのさ」
「……るかった…」
「え?」
「俺が気付けてたら…熱上がんなかったかもしれねぇし、倒れなかっただろうし……」
「あぁ。別に良いよ。俺だって新羅に言われてやっと実感したというか…自覚してフラフラしてきたしね。今まで全く気付かなかったんだから。静ちゃんが謝る事ないよ」
全く、変にネガティブになっていると思えばそこなのか。いつもは容赦なく標識に机に教卓、この間はグランドピアノを持ち上げようとしていたので流石にそれはやめさせたが、常日頃物を投げてくる癖に何故ここでは謝るのか。
「気にしないで…。ね」
「…ん」
借りてきた猫というか、異様に大人しくて不気味なだなぁと感じながらも、臨也は上半身を起こした。
「おい、起きたら…」
「お昼食べるんだったら起きないと。それとも何?静ちゃんが食べさせてくれるわけ?」
「んなっ……!」
変わらない臨也のからかいの一言に、思わず静雄が怒鳴ろうとした時だった。
「はーい。お待たせ~…って。静雄、臨也の相手しててくれたの?ありがと。そのまま寝てたら薬のめないからさ」
「え、あ、いや……」
「静雄の分も持って来たぞ」
狙っているのかいないのか戻って来た新羅と門田が、二人に弁当を手渡す。
もう一つの箱はオレンジピールのパウンドケーキだと言うので、食後に食べることにした。
病院というか、新羅の父に見てもらうということになったので、臨也は放課後まで保健室で休ませることにした。熱が上がっていようとあそこまで走れたのだから、おそらく歩けはするだろう。
やがて食べ終わると、新羅がパウンドケーキをウキウキと出し始める。それに反して、臨也は薬を飲んでベッドにもぞもぞと戻り始めた。
「臨也は?お弁当それだけって…少ないよ?」
「もともと食欲ないからね…さっさと薬飲んで放課後まで寝るとするよ。ケーキは皆で…って、静ちゃん。食べるの早…」
「ちょ、全部切り分けてから食べようよ……。静雄?」
二口三口。と口の中に入ったかと思うと、静雄の動きがぴたりと止まった。
何が起こったのだろうかと新羅が目の前を包丁を持った手で行き来するが、全く反応しない。
何だ。まさか臨也の風邪が移ったのか。と門田が体温計を出そうと立ち上がる。それとほぼ同時に、静雄はいきなり寝る体勢の臨也の方を見た。
「し、静雄…?」
「おいどうした?」
「………」
「…………しず、ちゃん?」
薬のせいか目がとろんとしていて既に半分眠っている臨也の頭に、静雄の手がおかれる。
存外優しい手つきで髪が撫でられたかと思うと、手が離れた時には臨也は眠りに入っていた。
「え~…と、静雄サン?」
「あ、ほら、まだケーキある…って。おい、全部食べるな!」
やはり今日の静雄はおかしい。と二人が同時に思った時だった。いきなり、新羅の手元にあったパウンドケーキを静雄が奪い取って、抱えるようにして食べ始めたのだ。
「ちょ、三時のおやつ!」
「や、まだ三時じゃない…。って、おい、そんな一気に食べなくても……」
今日はいつもより小さめのサイズだったからだろうか。
5つほどに切られていたケーキはすぐになくなり、新羅が打ちひしがれる横を静雄は無表情で出ていった。
「全く…。臨也に続いて静雄まで風邪とかじゃないよね?そんなことになったらもう、学園中が大パニックだよ天変地異が起こると皆が確信するよ」
「そこまで……。ん。あぁそういうことか」
「?」
「これ、食ってみろ。さっき静雄が取る前に一切れ持ってたんだが…」
門田が半分に割って新羅に差しだしたのは、臨也のパウンドケーキだった。
あったんだありがとう!と新羅が口に入れると、口内に広がるのは明らかに甘さではなく…。
「しょっぱい…。と、辛いと苦いと…。うん。臨也ではありえないくらい、まずいね」
「あぁ、な…。だから食べていったんだろ」
自覚していなかったとはいえ、風邪をひいていたのに、作ってきてくれて。
「そういえば、静雄が臨也のお弁当からつまみ食いしてたけど…」
「あの中身も、味付け変だっただろうな…。絶対」
眉間に皺を寄せながら静雄は食べていたが、臨也は平然と食べていた。風邪で味覚が変になっているのかもしれない。
「無理して食べるとか…。全く、素直じゃないなぁ」
「素直だったら、毎回ちゃんと礼も言ってるだろ」
深くため息をついて、二人はくぅくぅと寝ている臨也を見て、屋上に逃げただろう静雄を思い浮かべる。
「まぁ、それくらいの橋渡しは僕らがしないとダメかな」
「俺らが食べたことは知らないだろうからな」
全く世話が焼ける。と、それでも楽しそうに二人は笑った。
一方屋上では、静雄が一人タバコを吸いながらボケっと空を見上げていた。
「ったく、体調悪いならやすめっつの…」
非常階段の手すりからふらりと落ちていくのを見た瞬間、体全体から血がなくなるかと思うくらい青ざめたのは、すぐに思い出せる。
とっさに伸ばした手が届かなくて、絶望しかけたのも覚えている。まだ少し、染みついている。
だから、寝ている臨也がわざわざ手を伸ばして自分の頭に触れてくれた時、やっとほっとしたのだ。
「っつうか、紅茶は薄いのかよあの野郎…」
手元にはこっそり持ってきた、いつもの紅茶が入った魔法瓶。
後日、教室でこっそりと教えられた事実に、一拍置いて臨也が赤面するのは、また、別のお話。
あとがき↓
あれ?ギャグにしようと思ったらほのぼの&シリアスっぽくなってしまった…。まぁ、でも、二人の世界(?)を書けたから、いいか…な?
ちなみに入れようとして合わないから抜いた物などはこちら↓
「ちょ、イザ兄イザ兄!それ塩だよ塩。ソールートー!!」
「ん~…あぁ、塩、か。塩…」
「あぁっ、違う、そっちは砂糖って…混ぜないでってばイザ兄ー!!」
「………変(やっぱりおかしい…)?」
「絶対風邪だって。イザ兄、学校行くのやめて寝ててってば。ちょ、あ~!!違う違うそれは鷹の爪~!!」
&
「静ちゃん…ちょっと俺のところから取んないでよ」
「んじゃあ俺のやるから寄こせ」
「は?もぐっ…。ちょ、静ちゃん?」
「良いからさっさと食って寝やがれ」
&
「とりあえずさ、風邪を引いた臨也を台所に立たせないようにしないとね」
「そうだな。見た目が普通な分、無意識に凶器になるなぁこれは…」
&
「というか、失敗作だろうがなんだろうが俺が食うって感じだったよねぇ」
「鬼気迫るものがあったよな。食べるって約束でもしてたのか?」
「意地?や、もしかしたら僕達に食べさせたくなかったとか!!」
「………お前な」
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